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19/21

第19話:作者より先に

 翌日の放課後、照明卓の前に椅子が一つ置かれていた。

 俺が普段座っている椅子ではない。部長が客席から運んできたものだった。

「稽古を始める前に、昨日の続きをします」


 部員たちは舞台と客席に分かれて座っている。日向は舞台の端に腰を下ろし、相手役は昨日五行を削った台本を持っていた。静は客席の一列目にいる。


 俺は照明卓の前に置かれた椅子へ座った。

 照明を操作するためではない。部員たちから質問を受けるための椅子だった。

「全部を今日中に終わらせる必要はありません」

 部長が言った。

「今後の稽古に関係することから確認します」

 最初に手を挙げたのは衣装係だった。

「橘以外の役にも、誰かを見て書いたところはある?」

「本人の動作を記録して、そのまま移したところはありません」

「絶対に?」


「はい」

 そこで言葉を切った。

「ただ、部員の声や動きから受けた影響まで、全部分けることはできません」

 衣装係はすぐには頷かなかった。

「橘のときみたいな記録は?」

「ありません」

「分かった」

 返事は短かった。納得したのではなく、質問への答えを一つ受け取っただけだった。


 音響係が手を挙げる。

「今まで、作者として稽古に指示を出したことは?」

「匿名で、演技についての返事を送ったことがあります」

「部長を通して?」

「はい」

「それ以外は?」

「照明として意見を言いました」

「でも、その中に作者の考えが混ざっていなかったとは言えないんだよね」


「言えません」


 自分の中では分けていたつもりだった。けれど、照明を考えるときも、俺はその台詞を書いたときのことを知っていた。知らなかった部員たちと、同じ位置から舞台を見ていたわけではない。


 相手役が台本を膝へ置いた。

「俺が聞きたいのは、なんで黙ってたか」

 全員の視線が俺へ集まった。

「脚本だけで選ばれたかったからです」

「名前を出したら、選ばれないと思った?」

「それもありました」

「それも?」

「作者だと知られた状態で、稽古を見るのが怖かったです」


「何が?」

「書いた意図を聞かれることが」

 相手役が眉を寄せた。

「作者なのに?」

「はい」

「聞かれたくないのに、演じてほしかった?」

「はい」

 自分で答えてから、その二つが並んだ。

 読んでほしかった。演じてほしかった。けれど、書いた人間としては見られたくなかった。


「都合いいな」

 相手役が言った。

「はい」

 部長は止めなかった。日向も俺を見ていた。俺の代わりに説明する言葉は出さなかった。

 次に、小道具係が静を見た。

「冬木は、いつから知ってたの?」

 静は座ったまま答えた。

「如月くんのところへ確認に行ったとき」


「かなり前から?」

「そう」

「どうして黙ってたの?」

「私が言うことではないと思ったから」

「でも、冬木だけは知ってる側だったんだよね」

「そう」

 静は否定しなかった。

「作者が稽古場にいると分かっていたから、私は如月くんの反応も見ていた」


「作者の正解を探してたってこと?」

 音響係が尋ねた。

「違う。どこで作者として口を出すのか見ていた」

 静が俺を見る。

「だから、何も知らなかった人たちと同じ場所にいたとは言わない」

 小道具係は続けた。

「知ってて黙ってたことは、どうするの?」

「黙っていたのは、私の選択」


 静は膝の上の台本を閉じた。

「聞かれたことには答える。正しかったことにはしない」

 部長が部員たちを見る。

「今日はここまでにします」

 誰も異議を出さなかった。

「質問は残しておいてください。稽古のあとでも、別の日でも構いません」

 部長が、俺の座っている椅子を指した。

「如月は照明へ戻って」


「はい」


 立ち上がる。照明卓へ戻るまでの数歩を、全員に見られていた。

 席に座り、変更表を開く。作者だと知られる前と同じ照明卓だった。けれど、そこへ戻った俺を、もう誰も以前と同じようには見ていなかった。


「昨日短くした第二幕から確認します」

 部長の声で、部員たちが位置についた。

 机と椅子は、最初から舞台上に置かれている。


 日向が椅子へ座る。相手役が舞台へ入る。

 短くした会話を交わしたあと、相手役は椅子の背を持った。昨日決めたとおり、机の中へ戻す。日向が、その手を見る。相手役は椅子から離れ、舞台袖へ向かった。


「止めます」

 部長が言った。相手役が振り返る。

「何かありました?」

「まだ分からない。もう一度お願いします」

 同じ場面を繰り返す。相手役は椅子を戻した。日向が待つ。相手役が去る。

「止めます」

 今度は静が声を上げた。部長が静を見る。

「何?」


「椅子をきちんと戻すと、戻ってくるつもりがあるように見えすぎる」

 相手役が椅子へ手を置いたまま止まった。

「昨日は、戻る理由を動きで残すって話だった」

「残しすぎていると言ってるの」

 静は客席から舞台を見たまま言った。

「椅子を元の位置まで戻したら、最後に戻ってくることが、ここでほとんど決まってしまう」

 相手役が俺を見る。

「作者としては?」


 全員の視線が照明卓へ向いた。

 答えようとして、止める。昨日、日向が自分の考えを先に置いた。今日は、相手役が自分で考えた動きについて聞かれている。


「先に、どうしたかったか聞かせてください」

 相手役が少しだけ目を細めた。

「俺に?」

「はい」

 相手役は椅子を見る。

「戻るつもりはない。でも、このままにしていくのも嫌だった」

「どうして?」

「アキが座ってたから」


 椅子の背を握り直す。

「元に戻したかったんじゃなくて、このまま置いていくのを迷った」

 静が言った。

「でも、今の動きだと、迷ったようには見えない」

 相手役は椅子を机から引き出した。一度、元の位置へ押し戻しかける。途中で手を止めた。

「じゃあ、戻そうとして、やめる」

 手を離す。椅子は机の中へ入り切らず、途中の位置に残った。

 相手役が日向を見る。

「これなら?」


 日向は椅子と相手役の手を順に見た。

「その手が離れてから、次の台詞を言いたい」

「分かった」

 部長が俺を見る。

「脚本としては?」

「五行を削ったままで伝わります」

「作者の答え?」

「台詞に必要な情報が残っているかどうかの確認です」


 部長がストップウォッチを持った。

「時間も見ます。もう一度」

 相手役が最初の位置へ戻る。日向が椅子へ座る。

「始めます」


 短くなった会話を交わす。相手役が立ち上がった。椅子の背へ手を置く。机の中へ戻しかけ、途中で止める。指が離れる。

 日向は、その手が離れてから次の台詞を言った。相手役が舞台袖へ去る。


「止めます」

 部長が時間を見る。

「昨日とほぼ同じ」

 音響係が手元の表を確認した。

「なら、前奏は昨日の長さで入れます」

「お願いします」


 相手役が台本へ書き込む。俺の答えを先に聞いたあとではなく、自分が言ったことと、自分で選んだ動きを。


 その日の稽古では、ほかにも何度か視線が俺へ向いた。台詞の意味を確認するとき。立ち位置を変えるとき。照明を調整するとき。

 俺は、そのたびに先に答えなかった。演者がどうしたいのか。担当が何を変えたいのか。それを聞いてから、脚本に必要な情報か、照明としての判断かを分けて答えた。


 稽古が終わるころにも、視線はなくならなかった。ただ、誰も最初から俺の答えだけを待つことはなくなっていた。


 部長が明日の予定を黒板へ書いた。

『本番』

 その下に、集合時刻と開場時刻が並んだ。

 部員たちが片づけを始める。机が運ばれ、途中の位置に残っていた椅子も舞台袖へ戻された。

 最後に、照明卓の前に置かれていた椅子を部長が持ち上げた。

「質問は、明日で終わりではありません」

「はい」

「本番が終わってからも聞きます」

「はい」


 部長は椅子を客席へ戻した。

 照明卓の前には、もう椅子はなかった。それでも、聞かれることは残っていた。

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