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未来AIの戦術が理解できない俺、室町で名将と呼ばれる  作者: 堀吉 蔵人


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手ぶらの道

興味をお持ちいただきありがとうございます !

三日後が来た。


 景は朝から何をすればいいか分からなかった。刀を持っていくのか。持っていかないのか。食い物は。水は。草鞋の紐を何度も結び直して、何度目かで紗那に手を掴まれた。


「そこはもう結んだ」


「分かってる」


「分かっていない。景殿は今、足元を見ている」


 二歩先を見ろ、と言われたのを思い出した。山道での話だ。だが今日はどこに二歩先があるのか分からない。寺で待っている相手の顔すら見えない。


 広間では武士たちが朝飯を食っていた。量は昨日より少なかった。景が寺に行くことは、館の主と紗那と猟師だけが知っている。武士たちには「西の偵察に出る」と伝えた。嘘ではない。嘘ではないが、本当でもない。最近、そういう言葉ばかり使っている。


「KM-07。今日のことで、何かある?」


《交渉対象の情報が不足しています。過去の行動パターンから推定可能な要素は、寺を拠点化していること、偵察員を拘束後に釈放したこと、会談を要求したこと。これらから、当該勢力は即時の敵対を意図していない可能性があります。ただし、確度は低く、罠の可能性を排除できません》


 罠の可能性を排除できません。


 知ってる。そんなことは景にも分かる。分かった上で行くのだ。行かなければ何も変わらない。変わらなければ、米が先に尽きる。


「KM-07。もし罠だったら」


《逃走経路の確保を推奨します。寺の周辺地形データが不足しているため、具体的な経路提案は困難です》


「困難です、って」


 景は胸元から手を離した。使えない。いや、使えないのではなく、使える場面ではない。KM-07は戦場のデータがあれば動く。確率が出せれば提案する。だが今日は確率が出ない。データがない場所に、景は一人で歩いていく。


 紗那が庭の隅にいた。景が出ていくと、紗那は腕を組んだまま空俵を見ていた。


「紗那」


「何だ」


「行ってくる」


「行くな」


「昨日も言った」


「今日も言う」


 景は紗那の横に立った。二人で空俵を見た。朝の光の中で、偽物の兵隊は少し情けなく見えた。藁がはみ出している。笠がずれている。夜なら兵に見えるが、昼間はただの案山子だ。


「紗那。止めるなら、理由を聞かせて」


「理由は三つある。一つ、相手が分からない。二つ、一人で行けば捕まる可能性がある。三つ、景殿が捕まればここは終わる」


「三つ目だけが本当の理由でしょ」


 紗那は何も言わなかった。


「俺が捕まったら、紗那が代わりにやればいい」


「代わりにはできぬ」


「なんで」


「武士たちは私の言葉では動かぬ。景殿の言葉を、私が訳すから動く。元の声がなくなれば、訳もなくなる」


 景はその言葉に詰まった。核と殻。紗那がかつて使った言い方だ。景が核で、紗那が殻。殻だけでは中身がない。


「じゃあ、殻も連れていく?」


「一人で来いと言われた」


「言われたけど」


「条件を破れば、交渉の前に信用を失う。会う前に終わる」


 景は頭を掻いた。行けと言うわけでもなく、止めきるわけでもない。紗那自身が答えを持っていない。景が行くリスクと、行かないリスクの、どちらが大きいか分からないまま、二人とも立っている。


「景殿」


「うん」


「刀を持っていくな」


「え?」


「手ぶらで行け。何も持たずに来た人間を、斬る理由は少ない。刀を持った人間は警戒される。手ぶらの人間は——」


「手ぶらの人間は?」


「話を聞く気がある、と見える」


 景は腰の刀に手を伸ばしかけて、止めた。


「怖いんだけど」


「怖いまま行け。怖くない顔をしろとは言わぬ。怖い顔で来た人間のほうが、相手は本気だと思う」


「紗那、それ——慰めてる?」


「事実だ」


 景は笑いそうになった。笑えなかったが、口元が少しだけ動いた。


 昼前に出た。


 紗那は門まで来た。猟師は山道の入り口まで案内してくれた。そこから先は景一人だった。


 西への道は、第11話で偵察に出した武士たちが通った道だ。あの二人は捕まった。一人は戻り、一人は寺に拘束された。その拘束された一人が、昨日戻ってきて「会いたい」と言った。


 同じ道を歩いている。


 景は胸元に触れた。KM-07は何も言わなかった。データがない場所では、AIは沈黙する。未来の技術は、未知の人間の前では役に立たない。


 木の間を歩きながら、景は自分の手を見た。何も持っていない。刀もない。米もない。地図もない。


 あるのは、名前だけだ。


 橋で鹿島を止めた男。空俵で敵を欺いた男。北の村に米を預けた男。誰がつけたのか分からない「軍師」という呼び名。


 その名前に、どれくらいの重さがあるのか。寺の向こうにいる相手が、その名前をどう受け取るのか。


 分からないまま、歩いた。


 道は細くなっていった。木が増え、空が狭くなった。風が変わった。山の風ではない。建物の風だ。人がいる場所の、煙と土の混じった空気。


 角を曲がると、屋根が見えた。


 寺だ。


 門の前に人が一人立っていた。小柄な影。笠を被っていて、顔が見えない。


 景は足を止めた。


 心臓が鳴っている。手が震えている。KM-07は黙っている。紗那はいない。


 一人だ。


 景は息を吸った。吐いた。もう一度吸った。


 そして、歩き出した。


 手ぶらのまま。

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