表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来AIの戦術が理解できない俺、室町で名将と呼ばれる  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/27

伝わる嘘と伝わらない本当

興味をお持ちいただきありがとうございます !

翌朝、鹿島が動いた。


 見張りの武士が駆け込んできたのは、朝飯の前だった。


「渡しの方から、人が増えています。十人は超えます」


 広間が一瞬で張り詰めた。昨日まで五人だった監視が十人以上に膨れている。渡しを塞ぐだけなら五人で足りる。増えたということは、塞ぐ以上のことをするつもりだ。


「来るのか」


 館の主が低く言った。


「まだ分かりません。ただ、川沿いに下流へも人を出しているようです」


 下流。津田の陣がある方向だ。鹿島が津田と繋がろうとしている。渡しに蓋をしたまま、下流で津田と手を組む。


 景の胸元が震えた。


《渡河点における兵力増強と下流方面への展開を検出。二勢力の連携準備と評価。挟撃態勢への移行が始まっている可能性。推奨行動、情報欺瞞による敵方の判断遅延。具体的には、こちらの戦力・配置に関する虚偽情報を、制御可能な経路で敵方に到達させること》


 情報欺瞞。虚偽情報。制御可能な経路。


 景は一語ずつ噛んだ。嘘を流す。嘘を、相手に届く道で流す。相手に届く道——


「村だ」


 声に出した。


 紗那が振り向いた。


「村?」


「北の村の人が、川向こうと行き来している。向こう岸の相手に会っている。あの経路を使えば、向こう岸に情報を届けられる。嘘の情報を」


 紗那の目が鋭くなった。


「村を使うのか」


「使うんじゃない。村に——本当のことを言いに行く」


「本当のこと?」


「俺たちの状況を話す。米がどれくらいあるか。武士が何人いるか。ただし——」


 景は自分でも考えがまとまらないまま喋っていた。


「数を多めに言う。米は二十俵あると言う。武士は三十人いると言う。本当は七俵で十五人だけど」


 紗那の表情が変わった。考えている顔ではなかった。景の言葉を追いかけようとして、追いつけていない顔だった。


「待て。村に嘘の数を教えるということは——」


「村の人が向こう岸の相手にそれを話す。向こう岸の相手が津田か鹿島に伝える。伝わった数字は、嘘だ」


「村がそれを話すとは限らない」


「話さなくてもいい。話したら嘘が伝わる。話さなかったら——村がこちらの味方に近づいたってことだ。どっちに転んでも損はしない」


 紗那は長く黙った。


「景殿」


「うん」


「それは——」


 紗那が言葉を選んでいた。いつもの速さがなかった。


「村を試しているのか、使っているのか」


「試してない。ただ——」


 景は口ごもった。正直に言えば、何をしようとしているのか自分でもよく分かっていなかった。KM-07が言った「制御可能な経路で虚偽情報を届ける」を、景なりに噛み砕いた結果がこれだった。だが噛み砕きすぎて、形が変わっている気がする。


「紗那。止めるなら止めて」


「止めない。だが、私が行く」


「え?」


「景殿が行けば、軍師が直接来たと村は取る。重すぎる。私が行って、世間話のように話す。米が最近よく入る、人も増えた、と」


「世間話で嘘を——」


「嘘ではない。米は入っている。北の村から山菜も来た。人は——空俵を数えれば二十に見える」


 景は目を見開いた。空俵。あの偽物の兵隊。庭に並んだ藁の人形。あれを「人」に数えるのか。


「それは嘘じゃないか?」


「嘘ではない。数えてみろと言っていないのだから。見た目の話をしているだけだ」


 紗那の声は平らだった。嘘と本当の境目を、紙一枚で渡るような言い方。景にはその感覚が掴めなかった。だが紗那にとっては、これが「世間話」の範囲なのだろう。


「行ってくれ」


「承知」


 紗那は昼前に出て、夕方に戻った。


「話した。長の弟に会えた」


「反応は」


「驚いていた。こちらに余裕があると思わなかったようだ」


「余裕なんてないけど」


「余裕があるように見えた。それで十分だ。問題は——」


 紗那が声を落とした。


「村の長が、もう一つ聞いてきた」


「何を」


「渡しの鹿島は、いつ動くのか、と」


 景は息を止めた。村の長が鹿島の動きを聞いている。それは、村が鹿島を気にしているということだ。気にしているのは——


「怖いんだ。村も」


「そうだ。鹿島が動けば、村も巻き込まれる。北にいるから安全というわけではない。戦が広がれば、道の上にいる村は踏まれる」


「何て答えた」


「分からぬと答えた。ただ、こちらは備えていると言った」


「備えてないけど」


「備えている顔をしているだけで、備えていることになる」


 景は額を押さえた。顔。見た目。空俵。嘘ではない本当でもない話。全部が紙の上の城みたいだ。吹けば飛ぶ。だが吹かれるまでは城に見える。


 夜、景は庭の空俵を数えた。十六体。


「KM-07。鹿島が十人に増えた。下流で津田と繋がろうとしてる。あと何日持つ」


《現在の態勢が維持された場合、敵方の包囲完成まで推定三日から五日。ただし、北方村落を通じた情報欺瞞が成功した場合、敵の行動に二日程度の遅延を生じさせる可能性あり》


 二日。嘘が効けば二日だけ伸びる。


「二日で何ができる」


《渡河点の防衛準備、または撤退準備》


「防衛か撤退か」


《はい》


 二つに一つ。守るか逃げるか。


 景は空俵を見た。偽物の兵隊が月の下に並んでいる。守るなら兵がいる。逃げるなら道がいる。どちらも足りない。


「紗那」


「何だ」


「村の長が鹿島を怖がっている。俺たちも鹿島が怖い。怖い相手が同じなら——」


「言うな。それは、今言えば早い」


「でも——」


「早い。まだ嘘が届いていない。届いてから考える」


 景は口を閉じた。紗那が「早い」と言うのは二度目だった。前回は浅瀬の主を疑うなと言った。今回は、村を味方にするのが早いと。


 早すぎる手は、相手の手を塞ぐ前に自分の手を見せることになる。


 そう言いたいのだろう。たぶん。


 庭の隅で、空俵が一体倒れていた。風だろう。景はそれを起こして元の場所に戻した。藁が手のひらに刺さった。


 偽物の兵隊を直しながら、景は思った。


 この戦は、本物の刀より先に、嘘と見た目と噂で決まるのかもしれない。


 それが名将のやることなのか、ただの臆病者のやることなのか、景にはまだ分からなかった。

面白かった ! 続きに興味ある ! と思われた方は、ブックマーク、★評価をぜひお願いします ! 感想やレビューも嬉しいです。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ