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未来AIの戦術が理解できない俺、室町で名将と呼ばれる  作者: 堀吉 蔵人


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借りた道の先

興味をお持ちいただきありがとうございます !

景は朝の地図を見ながら、ある考えを育てていた。


 浅瀬は村の道だ。借りて使う。村が渡る時間を避ける。それは決まった。だが——渡った先に何があるか、景はまだ知らない。


 向こう岸。川の向こう。津田がいるはずの土地。鹿島が渡しを押さえているのは、こちらからの動きを封じるためだ。だが浅瀬を使えば、こちらからも向こうを見に行ける。


 見に行ける。


 景はその言葉を頭の中で何度も転がした。


「KM-07。渡しが封鎖されてる間に、向こう岸の敵の動きを知る方法は」


《代替渡河点を利用した偵察が最も低コスト。ただし、偵察員の露見リスクが存在。推奨条件、単独行動、短時間滞在、接触回避。渡河点の利用は既存の通行パターンに合わせることで発覚確率を低減可能》


 既存の通行パターンに合わせる。


 村の人が渡る頃に合わせる。それなら、浅瀬を歩く人影が一人増えても目立たないはずだ。


「紛れちまえばいいんだ」


 景は呟いた。村の人に混じって渡れば、向こう岸で見ている者がいても区別がつかない。そういうことだろう。


 紗那に話した。


「向こう岸を見に行きたい」


「景殿が?」


「いや、誰かを。若い武士を一人。浅瀬を渡らせて、津田の動きを見てきてもらう」


 紗那は少し黙った。


「いつ」


「村の人が渡る時間に合わせて。朝早く、霧が出る頃。村人に紛れれば、向こう岸で見ている人がいても、一人増えたことに気づかないんじゃない?」


 紗那の眉が動いた。


「紛れる、というのは」


「村の人が渡るタイミングで、少し後ろからついていく感じで。もちろん声はかけない。遠くから同じ時間帯に渡るだけ」


「景殿」


 紗那の声が少しだけ硬くなった。


「それは、村の道を『借りる』のではなく、村の人を『使う』ことになりかねぬ」


「使うつもりはない。ただ同じ時間に——」


「同じ時間に渡れば、向こう岸の者は人数が増えたことに気づく。気づいた者が村の人間に聞く。お前の連れかと。村の人間は知らぬと答える。すると向こう岸の者は、浅瀬を使っている見知らぬ人間がいると知る」


 景は口を閉じた。そうか。紛れるんじゃない。巻き込むんだ。


「じゃあ、別の時間に。村が渡らない時間帯を使って——」


「それなら、ただの浅瀬の利用だ。紛れる意味がない」


「意味がないなら、そっちのほうがいい」


 紗那は長く息を吐いた。


「なぜ向こう岸を見たい」


「津田がどこにいるか分からない。渡しに鹿島がいるのは分かった。西に寺を押さえた誰かがいるのも分かった。でも津田だけが見えない。見えない敵が一番怖い」


 紗那はしばらく考えてから言った。


「分かった。ただし条件がある。渡すのは猟師殿にしろ。武士を渡せば、万が一捕まったときに我らの手の者だと分かる。猟師なら山の者が川を渡っただけで通る」


「猟師さんを危険にさらすの?」


「猟師殿のほうが山と川に慣れている。武士より生き延びる確率が高い。それと——」


「それと?」


「渡る時間は、昼にしろ。村が使うのは朝と夕方だ。昼なら重ならない」


 景は頷いた。止められかけた。でも止まらなかった。紗那も、最後の一歩を引かなかった。


 翌日の昼、猟師が浅瀬を渡った。


 景は館で待った。紗那も待った。何もできない午後が、ゆっくりと過ぎた。景は庭の空俵を数えた。十六体。また増えている。


 広間では武士たちが刀の手入れをしている。飯の量が減っていることを、誰も口にしなかった。口にしない代わりに、手入れの音が丁寧になっている気がした。


 夕方近く、猟師が戻った。息は切れていたが、顔は無事だった。


「向こう岸、見てきました」


 裏の井戸端で、三人が集まった。


「津田の陣は、渡しから下流に半里ほどのところです。旗が三本。人数は遠目で二十から三十。動いている気配はありませんでした。ただ——」


「ただ?」


「陣のそばに、新しい小屋が建てられていました。昨日今日のものではない。板壁で、屋根もしっかりしていました」


「小屋?」


「米蔵のような造りです」


 紗那の目が光った。


「津田は腰を据えている」


「腰を——」


「急いで攻めるつもりなら、小屋は建てぬ。小屋を建てるということは、長く居座るつもりだということだ。津田はこちらを一気に潰すのではなく、締め上げるつもりでいる」


 景は背中が冷えた。一気に来てくれたほうがまだましだ。締め上げられるほうが苦しい。道を塞がれ、米を断たれ、味方が減る。その間ずっと、あの小屋の中で飯を食っている敵。


《敵方の長期包囲態勢を確認。現在の消耗速度が維持された場合、こちらの持続可能日数は——》


「言わなくていい」


 景はKM-07を遮った。数字は今、聞きたくなかった。


「猟師さん。渡るとき、誰かに見られたか」


「いいえ。ただ——」


 また「ただ」が来た。景はもうその言葉に慣れつつあった。良い報告の後には、必ず「ただ」がつく。


「帰りに浅瀬を渡ったとき、石の上にまた足跡がありました。新しいものです。泥が湿っていました」


「朝の村人のだろう」


「それが、方向が違いました。北からではなく——西からです」


 三人とも止まった。


 西から。今まで浅瀬を使っていたのは北の村の人間だ。北から来て、向こう岸へ渡って、北へ帰る。だが今日の新しい足跡は西から来ている。


「西には、寺を預かった者たちがいる」


 紗那が低く言った。


「寺の方面から浅瀬に来た者がいる。今日、昼間に。猟師殿が向こう岸にいた間に」


「同じ時間帯ということは——」


「猟師殿を見た可能性がある」


 景は拳を握った。


 津田の場所は分かった。人数も。長く居座るつもりだということも。それだけなら、良かった。


 だが西から来た足跡が、全部を台無しにしかけている。寺を押さえた連中か。赤い旗の十人か。どちらにしても、あの浅瀬に誰かが来た。猟師さんが渡っていた、その間に。


「紗那」


「分かっている。浅瀬が、にぎやかになりすぎた」


 にぎやかになりすぎた。米を通した。猟師を通した。今日は偵察まで通した。使い方を選ぶはずだったのに、選ばなかった。


「紗那。俺の判断、まずかったか」


「偵察は必要だった。津田の構えが分かったのは大きい。だが——」


「だが?」


「道は使うほど減る。使わない道だけが、最後まで残る」


 景はその言葉を胸に受けた。使わない道だけが残る。それは逃げ道の話だ。逃げ道は使った瞬間に逃げ道でなくなる。


 庭の空俵が、月の下で並んでいた。十六体。偽物の兵隊。本物の道がどれだけ残っているか、景はもう正確には数えられなかった。


 確かなことは一つだけだった。


 津田は急がない。こちらが先に干上がるのを、小屋の中で待っている。

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