第三話「亡き者の名」
紗月は、震える手で髪飾りを握りしめた。
「これは……あの夜、確かに失くしたものです。誰にも、話したことのないはずの」
蒼玄は、紗月の動揺を見つめながら、静かに口を開いた。
「あなたが桐宮の家を追われた夜――この飾りを拾ったのは、私です」
「あなたが?」
「当時、私はまだ将軍ではなかった。隣国を行商して回る、一介の旅の者だった。雨の中、行き倒れかけていた幼い娘を助けたことがある」
紗月の心臓が、大きく跳ねた。
「その娘の名は――蘭。あなたの、妹君だ」
息が止まった。
「蘭が……生きて、いたのですか」
蒼玄は、ゆっくりと頷いた。
「あの夜、蘭殿は錯乱したように泣いていた。『姉様を陥れてしまった』と、何度も。誰かに脅され、嘘の証言をさせられたのだと」
紗月の視界が、滲んだ。
「ならば……蘭は、罪を犯してなど」
「ええ。蘭殿は、本当のことを伝えようと家に戻ろうとした。だが、それを阻む者がいた」
蒼玄の声が、わずかに低くなった。
「桐宮の家督を狙っていた、分家の者です」
紗月は言葉を失った。十数年、自分を裏切ったとばかり思っていた妹が、本当はずっと、自分を救おうとしていたのだという事実。
「では蘭は、今も……」
「生きています。私が、密かに匿いました」
紗月の目から、堪えきれない涙がこぼれ落ちた。何年も凍らせてきたものが、音を立てて崩れていく。
「なぜ……今になって、私に」
蒼玄は紗月の前に膝をつき、その手をそっと取った。
「蘭殿が、ようやく本当のことを話せる時が来た、と。それに……」
蒼玄の瞳が、まっすぐに紗月を見据えた。
「私自身も、ずっとあなたに会いたかった。あの夜、雨の中で泣いていた幼い娘を助けた時から、いつか姉君に会って、真実を伝えると誓っていたのです」
紗月の手を包む蒼玄の手は、大きく、そして温かかった。
「あなたを苦しめた十数年を、取り戻したいわけではありません。ただ――」
蒼玄は、紗月の手をそっと持ち上げ、額に押し当てた。
「これから先、あなたが一人で雨に打たれることがないように。それだけを、誓わせていただきたい」
紗月は、震える声で問うた。
「分家の者は……今も、桐宮に?」
蒼玄の目に、初めて鋭さが宿った。
「ご安心を。すでに、証拠は揃っています。あとは――」
その時、宮の外で、馬の嘶きと複数の足音が響いた。
蒼玄が即座に立ち上がり、紗月を背に庇う。
「来たか」
戸口に映る、複数の人影。
紗月は、息を呑んだ。
その先頭に立つ男の顔に――見覚えがあった。
―――― コマ割り・演出メモ ――――
【扉絵案】髪飾りを握りしめる紗月の手の震え。
【最大の見せ場】「蘭」の名が出た瞬間の紗月の顔、瞳孔が開くような驚愕の表現。大ゴマ推奨。
【回想インサート】幼い蘭が雨の中、泣きながら「姉様を陥れてしまった」と訴えるカット。涙と雨が混ざる絵で感情を強調。
【感情の見せ場】涙のクローズアップ→蒼玄が静かにそれを見守る構図。台詞なしの「間」のコマを1つ挟むと余韻が出る。
【ロマンスの決め絵】蒼玄が紗月の手を額に押し当てる構図。横顔のシルエットで魅せる構図。
【緊迫の引きコマ】戸口に映る複数の人影のシルエット→先頭の男の顔に見覚えがある表情のアップで次話へ。




