第二話「凍えた記憶」
紗月は、震える指先で組紐をそっと机に戻した。
「お話を、と仰いましたが」
声が掠れた。
蒼玄は紗月の様子を見て、
それ以上踏み込もうとはせず、ただ静かに答えた。
「今夜は、これだけで構いません。……驚かせてしまったことは、詫びます」
意外なほど穏やかな返答に、紗月は戸惑った。敵国の将軍といえば、戦場で名を轟かせる冷酷な男だと聞いていた。
だが目の前の蒼玄には、そうした気配が一切なかった。
「依頼の手紙は、後日改めて」
蒼玄はそう言って立ち上がると、戸口へ向かいかけ、ふと足を止めた。
「外は、まだ雨が強い」
そう呟くと、自らの羽織を脱ぎ、紗月の肩にかけた。
「……何を」
「風邪を引かれては困る。私の用件のために、あなたを煩わせているのですから」
紗月は反射的に羽織を返そうとしたが、
蒼玄の手がそれを制した。
大きな掌が、紗月の肩に触れる重みは、不思議なほど優しかった。
「これしきのこと、お気遣いなく」
「いいえ。あなたのことは……一つも、疎かにしたくない」
その一言に、紗月の心臓が小さく跳ねた。
誰かにこんな風に扱われたのは、いつ以来だろうか。
蒼玄が去った後も、肩にかかった羽織の温もりだけが、いつまでも残っていた。
その夜、紗月は久方ぶりに、過去の夢を見た。
――十数年前。
紗月はまだ、名門・桐宮家の長女として、何不自由ない暮らしをしていた。
妹の蘭は、紗月によく懐いていた。姉様、姉様、と袖を引く幼い声を、今でも覚えている。
だがある日、桐宮家に縁談が持ち上がった。相手は隣国の若き公子。家のため、紗月は望まぬ婚約を受け入れた。
その矢先、事件は起きた。
公子が何者かに襲われ、命を落としたのだ。そしてその罪は――紗月になすりつけられた。
「姉上が、邪魔な縁談を厭うて、刺客を放った」
そう証言したのは、他ならぬ妹の蘭だった。
紗月は、何一つ申し開きをすることができなかった。誰も、紗月の言葉に耳を貸さなかった。家を追われ、桐宮の名を剥奪され、紗月はただ一人、雨の夜にこの宮へと辿り着いた。
あの日以来、蘭がどうなったのかは知らない。
ただ、半年後――蘭は流行病で死んだ、という報せだけが、風の噂で届いた。
紗月は、目を覚ました。
頬に、知らぬ間に涙が伝っていた。
「……どうして、今になって」
紗月の胸の中で、消したはずの問いが、再び音を立てて疼き始めていた。
数日後の雨の夜、蒼玄は再び宮を訪れた。
今度は、何も言わず、ただ一つの小さな包みを差し出した。
紗月が震える指でそれを開くと――中から出てきたのは、見覚えのある、紗月自身の古い髪飾りだった。
桐宮の家を追われた、あの夜に失くしたはずの品。
「これを……どこで」
紗月の声に、蒼玄は静かに、しかし確かな声で答えた。
「あなたに、本当のことを話す時が来たようです」
―――― コマ割り・演出メモ―――
【扉絵案】雨に濡れた羽織を肩にかけられる紗月の手元。温もりが伝わる構図。
【見せ場】溺愛フラグの第一弾。羽織をかける蒼玄の手、驚く紗月の表情をアップで。
【小ゴマ】紗月の心音を効果線で表現。頬がわずかに赤らむカット。
【回想ページ】トーンを変えて回想とわかるように(砂目トーン等)。幼い紗月と蘭が手を繋ぐ穏やかなカット→一転、暗転して事件の示唆。
【ショッキングカット】幼い蘭が指をさす構図。紗月の絶望の表情を大ゴマで。回想の中でも最も重い1枚。
【引きのコマ】髪飾りのアップ→紗月の驚愕の表情→蒼玄の意味深な顔、の3コマ展開で次話へ。




