第一話「雨宿り宮の客」
雨が降る夜だけ、灯る宮がある。
人はそれを「雨宿り宮」と呼んだ。
叶わぬ恋を抱えた者だけが辿り着くという、噂の小さな宮。
そこに住む代筆師は、誰の素性も問わず、
ただ墨を磨り、想いを文字に変える。
代筆師の名は紗月。
歳の頃は三十も半ばを過ぎ、その美貌は誰の目にも触れぬまま、雨音の中に隠れて生きてきた。
「想いは、紙に乗せてしまえば軽くなる」
それが紗月の口癖だった。
自分自身の想いは、とうの昔に涸れ果てたものとして、墨壺の底に沈めたまま。
その夜も、雨は静かに屋根を叩いていた。
灯心の炎が揺れる中、紗月は文机に向かい、誰かの叶わぬ恋文を清書していた。
「御免」
低い声が、戸口から響いた。
顔を上げた紗月は、息を呑んだ。
立っていたのは、見たこともない上等な甲冑を纏った男だった。肩にかかる赤い房飾り――それは、敵国・燕の将軍位を示す証だった。
なぜ、敵国の将軍がこんな辺境の宮に。
警戒に身を硬くする紗月の前で、
男は静かに膝をつき、頭を垂れた。
「夜分に失礼する。代筆を頼みたい」
「……依頼の内容次第では、お断りすることもございます」
努めて平静を装い、紗月は答えた。
男――蒼玄と名乗ったその将軍は、懐から一通の古びた包みを取り出し、机の上にそっと置いた。
「亡き許嫁へ、最後の手紙を書いてほしい。これが、その遺品だ」
包みを開いた瞬間、紗月の指先が止まった。
紅い組紐。
幼い頃、自分が妹に贈った品だった。
見間違えるはずがない。十数年、片時も忘れたことのない色だった。
「これ……は」
声が震えた。逃げるべきだと、頭の片隅で警鐘が鳴る。けれど、足は動かなかった。
蒼玄が、初めてゆっくりと顔を上げた。
雨の灯りに照らされたその瞳が、紗月をまっすぐに捉える。
「お久しぶりです」
そして、十数年、誰にも呼ばれたことのなかった名を、男は静かに口にした。
「――紗月様」
雨音だけが、宮の中に響いていた。
紗月は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
なぜ、この男が自分の正体を知っている。
なぜ、妹の――死んだはずの妹の遺品を、この男が持っている。
凍りついたように動けぬ紗月の前で、蒼玄はもう一度、深く頭を垂れた。
「どうか、話を聞いていただきたい」
その声には、敵国の将軍という肩書きに似合わぬ、隠しきれない切実さが滲んでいた。
雨は、まだ止みそうになかった。
コマ割り・演出メモ ――――
【扉絵案】
雨の中、闇に浮かぶ小さな宮。灯心の灯りが一つだけ点る。タイトルを雨粒越しに見せる構図。
【コマ案】俯瞰の遠景→宮に寄っていく3コマ展開。雨音の擬音を大ゴマに。
【見せ場】文机に向かう紗月の横顔。灯りに照らされた睫毛の影、墨の匂いが漂うような静謐な構図。ヒロイン初登場の決め絵。
【見せ場】ヒーロー初登場。扉が開き、雨を背負って立つ蒼玄のシルエット→次のコマで顔のアップ。甲冑の質感、赤い房飾りの色を強調。
【見せ場】組紐のクローズアップ。紗月の指先が止まる描写を大ゴマで。サスペンスのコマ。
【最大の見せ場・第1話ラスト】蒼玄の顔のドアップ、雨粒が頬を伝う演出。紗月の見開いた瞳に蒼玄が映り込む構図。次話への引きとして、ページ全体を使う大ゴマ推奨。
【ラストカット】2人の小さなシルエットを遠景で。雨だけが降り続くコマで暗転、次話へ。




