イブ
あぁ暑い
夏は暑いよ
めちゃ暑い
扉のドアノブが回る。声はこの家の誰のものでもない。優人は身構えた。
「…誰ですか?」
「おっと。これは失礼。警戒させてしまったようで。」
そりゃそうだろう、と優人は思った。なんで名前を知っている?
ドアノブがキュッと音を立てる。手を離したようだ。
相手は何か考えたのか、少し時間があいた。
「…ま、良いでしょう。入りますね。」
「いやいやいや!入れるわけ無いですよ!」
「いいんですか、そんなにしゃべるとご家族の方に見つかってしまいますよ。ワタシが。」
「僕に何も問題ないじゃないですか!」
またしてもドアノブが回る。優人は何とか止めようとする。
「大丈夫ですよ。ワタシはあやしいものじゃぁ断じてございやせん。」
「怪しい言い方しないでください!」
「冗談ですって。」
ドアノブは未だガチャガチャと音を立てている。どんなにおちゃらけた雰囲気でも、この家に入ってきて、騒いでいる時点で十分に怪しいのだ、いれるわけにはいかない。
「はぁ…。」
ドアノブから手を離したのか、静かになった。
「だから、怪しいものじゃありませんって。」
扉の向こうに全ての聞き耳を立てていた優人には、その声が上手く聞き取れなかった。なぜか?
優人は思いっきり振り向いた。焦りと恐怖が目ににじむ。
声の主は、部屋に入ってきていた。
「なっ、どっ、どうやって…!?」
「あ、ワタシとしたことが、急ぎすぎましたね。」
そういうと、声の主は小走りでこっちに走ってきた。
と思うと、呆然としている優人の横を通り抜けて、扉を開け、丁寧に閉めて、ドアノブをガチャガチャし始めた。
「怪しいものじゃないですから。開けてくださいよ。」
「…、もういいです…。どうぞ…。」
急な展開にうんざりした優人は、弱々しくドアノブをひねった。
扉の開いた先にいた相手は、顔をみると、少し嬉しそうな顔を浮かべている。
まるで何かのおもちゃのような身なりの人…で、
黒い筒状の帽子をかぶり、艶のある髭をたくわえて、質の良さそうな真っ赤な服に黒いブーツを履いていた…、黒いブーツ?
「ちょ、なんで靴履いてるんですか!?」
「あ、これは失礼しました。」
そういうとその人は指をパチっと鳴らした。ブーツは音もなく消えた。
「…それで、あなたは?」
「はじめまして、優人様。いえ、正しくははじめましてではありませんが、それはよしとしましょう。」
そういうと、相手は一礼して、部屋の中へと入ってきた。もう拒否する理由も、拒否する気もなかったため、素直に中へと迎えた。
「ワタシは異変にして、『混沌』の使者の一人、セミスパトと申します。以後、お見知りおきを。」
「…ここって夢の中ですよね。」
「え?あぁ、はい。よく気づきましたね。」
いや、こんなぐちゃぐちゃに事が進んだら気づくよ、という感想は胸のなかにしまっておく。
「ま、嘘ですけど。」
「へ?」
「ここは現実ですよ。」
「えええぇっ!?」
都合の良い夢か何かなら、このおかしな状況も納得できたのだが、現実なら話は別だ。聞きたいことは山程ある。
「どっ、どういうことですか!?僕はさっきまで宿で寝ていたはずじゃ!それにあなた、異変なんですか!?それになんですかその服装は!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください。」
「無理です!!」
こっちにきてから、言ったことと考えていることがずれるわ、よくわからない話を聞かされるわでとてもストレスが溜まっていた。そのせいか、いつもより勢い込んで話してしまう。
「まずはですね。ここは現実ですが、その中でも過去のものです。」
「それでここは!?」
「あなたの家ですよ。優人殿。」
「…本当なんですね!」
天井を見上げる。やっと情報が整理できた。つまり、自分は過去の世界の自分の家に戻って、夜ご飯を食べた…、と。…え、なんでこうなった。
「そうですね。…、質問は色々出てくると思うので、ひとまずワタシに説明させてもらいますが。」
セミスパトはコホン、と咳払いをし、手をくるっと回して説明を始めた。
「まず断っておくのは、ワタシは異変ですが少なくともあなたに敵対するものではございません。」
「…それを信用できるものはありますか?」
「ないですね。信じてほしいとしか。」
「…。」
微妙な反応を見せると、セミスパトは少し沈黙してたあと、腰にさしていた短剣の柄を撫でた。
「やろうと思えば、ワタシはあなたを殺せます。今すぐに。」
柔らかい雰囲気から一変して、その服装にふさわしい、明確な敵意と鋭い殺気を見せてきた。
思わず後退りする。
「それをしないということが、ワタシのできる証明です。」
「…分かりました。」
セミスパトは剣から手を離して、続けた。
「さて、まずはあなたの記憶から説明しましょうか。」
「というと…?」
「あなたも気づいているかと思いますが、あなたには家族の記憶というものが消えています。」
それはわかりますね、とセミスパトは小さく確認してきた。
「それの原因となったのが、『秩序』という勢力です。」
「『秩序』…?」
「現在、『秩序』のトップに君臨するものが、《不尽の魔王》という存在。」
それを聞いて、ある記憶が蘇ってきた。後院…、彼が最後に語ったことは、《不尽の魔王》という得体のしれない存在についてだ。
「『秩序』の勢力に対抗しているのが、ワタシたち『混沌』という勢力です。」
「ワタシたちの力はずばり、『世界のバランスを変えること』。」
セミスパトは指で大きく一周、円を描いた。
「もちろん、世界に影響を与えるということは、どちらかの力が強いというのは何かと不都合が通じるわけです。」
「…つまり、いつもは拮抗している、ということですか。」
「そうです。…こういう風に話していると言うことは、つまり、このバランスが崩れている、ということですね。今は『秩序』が強いです。」
なるほど、とりあえずセミスパトの今まで言っていた事の理解はできた。
…それが、今この家にいることと何の関係があるのだろうか?
「『秩序』が強いとですね、世界の均しが起こります。とはいっても、普段のように少しバランスが崩れる程度では、生物の作るどうしようもないゴミのような物を、何日かかけて勝手にリサイクルする程度の力に収まるのですが…」
セミスパトは自分の机の横にあったゴミ箱からペットボトルを取りだすと、腰の剣を抜いた。
「こちら、種も仕掛けもないペットボトルでございます。」
なんか始まった。
「こちらを剣でばばっと斬ると…?」
ペットボトルが宙に浮く。その後、ガガガガッと切れ味の悪い、粗い音がしたと思うと、サーッと音がして、ペットボトルは跡形もなく消えた。
「ご覧の通り消えてなくなってしまいました!」
セミスパトは剣をくるくる回した。
さっきの話を踏まえると、つまり…
「『秩序』の力が強くなりすぎた、ということですかね?」
「御名答。『秩序』の力はその名の通り、世界を巻き込んだ均しになっています。命だとしても、ただのゴミだとしても、山だろうと海だろうと『秩序』に沿わなければ削除され、別のものへと交換されます。」
くるくると回った剣は、その手のひらから滑り落ち、部屋の床に刺さった。
「『秩序』に消された者たちの補完…、それがワタシたち『混沌』の現在の役割です。といっても、補完するのは消えると不都合なもののみですが。」
なるほど、と優人は思った。今まで家族という存在をぼんやりと忘れていながらも、特にそれを疑問に思ったり、違和感に感じたりしたことがなかったのはそういうことだったのだろう。
「…つまり、僕が過去の世界の家族と会っているのは、最終的な記憶の補完、ということですかね?」
「んー、まぁ、半分くらいはそうとも言えます。が、実をいうと全然違う目的でしてね。」
いちいち人々を過去の世界に送りつけ、記憶を補完するのは流石にコストがかかりすぎるのでやらない、とセミスパトは説明した。
「補完するといっても、記憶を誤魔化せるように細工することが多いんですね。」
「じゃあ、僕はなんでここに?」
「と、いうわけで、ここからが本題です。」
セミスパトはコホン、と咳払いをした。
「ワタシたちは、あなたたちに依頼をお伝えしたく参りました。」
一層鋭い目が、優人に向けられる。
「力の拮抗という秩序を乱すもの…、《不尽の魔王》を、討伐していただきたい。」
夏休みなのに、サボってたやつ、手をあげてー!
はーーーい!
…すみませんでした。
・セミスパト
『混沌』の使者の一人。一人称は「ワタシ」
追記
『秩序』の力について、結構影響がわかりやすそうなのに、今まで全然描写されてなかったよね?と思ったそこのあなた。鋭いですね!
…鋭いですね()




