第17章 白塔の門
弥生二十二日、朝。白塔の門の前で、テオは手燭の火を消した。
日はもう山の縁を離れていた。門の前の庭には白い砂利が敷かれ、朝の光を返している。火がなくても足もとは見えた。テオは芯を指の腹でつまみ、細い煙が消えるまで見ていた。風はなかった。山から下りてくる冷たい空気が、砂利の上をゆっくり流れていた。
門は灰白色の石を組んだものだった。両脇の柱の上に、塔の形が彫られている。炎の芯は細く尖り、その下に小さな環があり、台座は下へ広がる三段の段になっていた。石は夜の露をまだ抱えていて、指で触れると冷たかった。表面には小さな欠けがいくつもあった。長く風に打たれた跡だと、テオは思った。
テオは胸の刺繍に手をやった。灯火の印は芯が丸い。皿の下は短い脚が一本きりだ。並べて見れば、別の印だと誰でも分かるだろう。
門の脇に、灰色の手袋をした男が立っていた。五十ほどに見える。
「門番です」と男は言った。名は言わなかった。
「灯火教会から、立会いに来ました。テオといいます」
「立会い」
門番はテオの胸の印を一度見た。それから砂利の上に並んだ一行へ目をやった。その目は無口な男のもので、急ぐところがなかった。
ダリオは大剣を背にして、腕の布を新しいものに替えていた。リナは杖を両手で持っている。フィンは懐から手帳を出して、もう開いていた。鴉のケスは門の左の柱の上に止まっていた。
エルノは一行の中ほどにいた。両の掌を胸の前で合わせ、革紐は手首から指の根もとまで巻かれている。結び目はダリオの帯へ回っていた。白い法衣の袖の焦げが、朝の光で二つはっきり見えた。
門の脇の小さな戸が内から開いた。白い法衣の二人が、ゆっくり出てきた。
男は痩せていて、手袋をしていた。女は背筋がまっすぐで、手に手帳と小さな算盤を持っている。女はイルザだと、テオは小屋で聞いて覚えていた。
「ご苦労でした」と男が言った。声は小さかった。「治安隊の方。ここまで、よく守ってくださいました」
「引き渡しを」とフィンが言った。
*
フィンが手帳の間から引き渡し状を抜いた。二つに折ってあった紙を広げ、テオにも読めるように、門の柱の前へ置いた。紙の端は、長く懐にしまわれていたせいで角が丸くなっていた。
上の段に、裁き役の朱色の丸印が捺されている。その下に、受け取りの欄があった。欄は白いままだった。
「受け取りの印がなければ、報酬は半分です」とフィンが言った。誰に言うでもない声だった。
イルザが欄の横へ、『弥生二十二日』と書いた。手つきは速く、字は細かい。それから、『メルヒオル』と受け取り手の名を書いた。
受け取りの欄の余白にも、イルザは細い字で囚人の名を書き添えていた。『エルノ・ファルク』。その綴りの一字だけが、上から書き直されていた。
テオは、どの字が直されたかを見分けられた。見分けられたが、何も言わなかった。訊かれなかったからだ。
メルヒオルが袖の中から小さな箱を出した。蓋を開けると、白い蝋の棒が一本入っていた。イルザが門の脇の灯に、その蝋の先をかざした。
灯の炎は尖っていた。テオの手燭の炎は丸く揺れる。蝋の焦げる匂いは、油より甘かった。
蝋が溶けて、白い雫が一つ落ちた。メルヒオルは小さな判を取り、雫の上へ押し当てた。塔の形が、白い蝋の上に細く残った。
フィンが手帳の頁を繰り、引き渡し状と見比べた。炭の棒で何かを書いてから、顔を上げた。
「日付、受け取り手の名、白塔の印。三つ揃いました。印は、ありました」
「ありました」とメルヒオルが言った。
テオは一歩、前に出た。
「賢者様。僕は、白塔の裁きに立ち会いたいと、大聖堂から言われて来ました。立会いの務めが、まだ済んでおりません。中へ入れてはいただけませんか」
メルヒオルは、声をさらに小さくした。
「白塔の裁きに、外の者は入れません」
「そうですか」
「門の前までが、外の者の場所です」
「では、僕は見ておりません、と報告します。裁きは見ておりません。門の前までは、見ました」
メルヒオルは少しのあいだ黙っていた。
「それで、結構です」
「僕は、見ていないことを見たとは言えません」
「存じております」
*
「六枚か」とダリオが言った。
「銀貨で、百二十枚です」とリナが言った。袖の中で指が数えていた。「袋が重くなります」
「髭の分はおまけしてくれないのか」
「おまけは、ないです」
ダリオは鼻を鳴らし、門の柱の上を見上げた。
「鴉、降りてこい」
「ここでいい」とケスが言った。
ダリオが帯の結び目に指をかけた。固く結んだ結び目は、解くのに少し時間がかかった。
「賢者。髭の貸しは、どうする」
「白塔へ伝えておきます。よく効く薬があった、と」
「そんな薬があるか」
「嘘です」
エルノはそう言って、わずかに口の端を上げた。ダリオが短く笑い、結び目が解けた。革紐の端が帯から離れると、ダリオはその端を門番へ渡した。門番は灰色の手袋で受け取り、引かなかった。
リナが杖の先で砂利を一度つついた。
「賢者さん。火は、小さく、長く、ですよね」
「そうです。一度に大きくしないで」
リナが大きくうなずき、杖を握り直した。
フィンが囚人の麻袋を門番に渡した。
「替えの下着と、黒パン二つ。囚人の荷です」
門番は袋の口を見て、うなずいた。
エルノがテオのほうを向いた。
「テオさん。門の前まで、来てくださってよかった」
「僕は、来ただけです」
「それで十分です」
*
門番が、革紐の端を持ったまま、門の敷居へ向かって歩いた。エルノは砂利を踏み、その後ろに続いた。袖の中で指が組み替わる音は、テオには聞こえなかった。
敷居の前で、エルノは一度も足もとを見なかった。そのまま越えた。
越えたあと、エルノは振り返った。両の掌を、胸の前で合わせる。革紐の巻かれた手が、祈りの形になった。
テオには、それが祈りなのか別れなのか、分からなかった。分からないものを、分かったふうに言うことはできない。
門番が門の扉に手をかけた。重い音がして、扉が閉まった。扉の隙間から白い光が一筋漏れ、それもすぐに消えた。鐘の音は、しなかった。
門の上で、ケスが羽を一度たたんで、また開いた。首を傾げて、一行を三つずつ数えているように見えた。ケスは何も言わなかった。
フィンが手帳を閉じ、懐にしまった。
「行きましょう」
ダリオは髭の右端を指でつまみ、門に背を向けた。リナは杖を持ち直して、砂利の上を歩き出した。砂利が、足の下で細く鳴った。
一行は、来た道を下りはじめる。




