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僕たちには未来へ羽ばたく翼がある  作者: 和泉 きよ


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13/19

13.自由を嫌う人

 自由。


 その言葉を聞けば。


 たいていの人は、良いものを想像する。


 好きな場所へ行ける。


 好きなものを選べる。


 誰かに決められずに生きられる。


 僕だって。


 つい最近までは、そう思っていた。


 でも。


 協議を終えてから。


 少しだけ考えが変わった。


 自由を望まない人もいる。


 正確には。


 自由が広がることを、怖いと思う人がいる。


 そのことを。


 僕はまだ、十分に理解していなかった。


   ◇


 その日の放課後。


 作業室に入った瞬間。


「……何だ、これ」


 机の上に、一枚の紙が置かれていた。


 白い紙。


 そこには。


 大きな文字で書かれていた。


『空を開放する必要はない』


 その下。


『翼は誰にでも必要なものではない』


 さらに。


『今ある仕組みを壊すな』


 僕は紙を持ち上げた。


「誰が置いたんだろう」


 紬が後ろから覗き込む。


「分からない」


「脅迫?」


「そこまでじゃないと思う」


「でも、反対意見ではあるね」


「うん」


 僕は紙を机へ戻した。


「どう思う?」


 紬に聞く。


「どうって?」


「嫌な感じ、しない?」


「少しは」


 紬は紙を見つめる。


「でも」


「うん」


「この人たちだって、自分が守りたいものがあるんじゃない?」


 また、その言葉だった。


 紬は。


 いつも人の反対側を見る。


 僕にはそれが不思議だった。


「自由を嫌う人が?」


「自由そのものが嫌いなんじゃないかもしれないよ」


「じゃあ何が?」


「自由になった結果、何かを失うのが怖いんじゃない?」


 僕は黙った。


 自由。


 それ自体が怖い。


 そんなことが本当にあるのだろうか。


 そう思った。


 でも。


 少し考えれば。


 分からないでもない。


 これまで正しいとされてきたものが。


 明日から『選択肢の一つ』に変わってしまったら。


 今まで優れているとされてきたものが。


 特別ではなくなったら。


 自分が積み重ねてきたものは。


 どうなるのだろう。


 その不安は。


 きっと大きい。


   ◇


 数日後。


 新たな企業が、僕たちに接触してきた。


 前回の企業とは別の会社だった。


「ぜひ、我々と共同事業を組んでいただきたい」


 担当者は笑顔だった。


「新型翼には、社会を変える力があります」


 また同じ言葉だった。


 でも。


 今回の提案には。


 前回とは少し違う部分があった。


「大規模な量産設備をこちらで用意します」


「……」


「販売網も構築します」


「はい」


「海外展開も可能です」


「……」


「そして」


 担当者が一枚の資料を差し出す。


『新型翼普及推進計画』


 大きな市場予測。


 利用者数。


 想定利益。


 将来的な標準化。


 そこまでは。


 なるほどと思った。


 問題は。


 その次だった。


「普及を進めるため」


 担当者が言う。


「まずは利用者を一気に増やしたいと考えています」


「一気に?」


「はい」


「どれくらい?」


「初年度で、現在の十倍」


 僕は資料を見る。


「そんなに急いで?」


「技術は広がるほど価値がありますから」


「……」


「多くの人が使い始めれば、自然と社会も変わります」


 その言葉が。


 なぜか引っかかった。


 社会を変える。


 確かに。


 僕もそう思っている。


 でも。


 『使う人を増やすこと』と。


 『選べる人を増やすこと』は。


 同じではない。


「飛ばない人には?」


 僕が聞いた。


「もちろん選択肢として残します」


「でも、普及目標は?」


「利用者数です」


「……」


 そこに。


 数字があった。


 人間の生活ではなく。


 市場としての数字。


「それなら」


 僕は資料を閉じた。


「僕たちの考えとは、少し違います」


「どのあたりがでしょう?」


「使う人数を増やすことが目的になってる」


「はい。それが普及ですから」


「違う」


 自分でも驚くほど。


 強く言っていた。


「この翼の目的は、利用者を増やすことじゃない」


「……」


「選択肢を増やすことです」


 担当者は少し困った顔をした。


「ですが、利用者が増えなければ、選択肢も広がりません」


「それはそうです」


 僕は頷く。


「でも」


 資料へ視線を落とす。


「選ばない人を数に入れない社会を作りたくない」


 会議室が静かになる。


「……桐生さん」


「はい」


「理想論では、事業は成立しません」


「分かっています」


「ならば」


 担当者が少しだけ笑った。


「どこまで現実的に考えているのか、見せていただきたいですね」


 その言葉には。


 挑戦するような響きがあった。


 僕は。


 何も言わなかった。


   ◇


 その日の夜。


 空中都市では。


 別の場所で。


 一人の少年が空を見ていた。


 学校を終えたばかりらしい。


 背中には、最新型の翼。


 周囲の人間よりも性能が高い。


 でも。


 彼は飛ばなかった。


「お前、飛ばないの?」


 友人が聞く。


「今日はいい」


「せっかく新しい翼なんだから」


「別に」


「もったいないじゃん」


 少年は黙った。


 しばらくして。


「……俺は」


「うん」


「翼を持ってるから偉いのかな」


 友人は笑った。


「何それ」


「最近、そういう話ばかり聞くから」


 少年は空を見る。


「新型翼が普及したら」


「うん」


「翼を持ってる意味がなくなるって」


 友人は少し黙った。


「そんなことないだろ」


「でも」


 少年が言う。


「今まで、俺たちは選ばれた側だった」


 その言葉には。


 誇りと。


 不安が。


 同時に混ざっていた。


「地上の人たちが同じように飛べるようになったら」


「……」


「俺たちって、何なんだろう」


 友人は答えられなかった。


 そして。


 少年も。


 その答えを持っていなかった。


   ◇


 翌日。


 僕たちは空中都市側の学校から招かれた。


 もちろん。


 地上学校と空中学校が同じ学校になるわけではない。


 それぞれの学校は。


 今まで通り別々だ。


 今回は。


 共同研究の説明会のための訪問だった。


 空中校の校舎は。


 地上の学校とは、まるで違った。


 広い窓。


 空へ直接つながる発着設備。


 飛行訓練用のスペース。


 それらが当たり前のように整えられている。


 歩いている生徒たちの背中には。


 当然のように翼がある。


 僕は。


 少しだけ昔を思い出した。


 ここにいたことがある。


 ただ。


 今の僕は。


 地上から来た人間だ。


 その違いを。


 周囲も意識しているらしい。


 視線を感じる。


 珍しいものを見る目。


 嫌悪ではない。


 でも。


 歓迎とも言えない。


「桐生朔」


 名前を呼ばれた。


 振り向く。


 一人の男子生徒が立っている。


「何?」


「少し話したい」


 僕は頷いた。


「いいよ」


 彼は。


 僕たちから少し離れた場所へ移動した。


「新型翼を作ってるんだよな」


「うん」


「本当に」


「飛べるよ」


「そういう意味じゃない」


 少年の声が低くなる。


「それが、何をするものなのか分かってるのか?」


「……」


「地上の人に翼を与える」


「うん」


「誰でも空を飛べるようにする」


「誰でも、とは限らない」


「でも、そうなるんだろ?」


「可能性はある」


 少年は。


 少し苛立ったように笑った。


「だったら、同じじゃん」


「何が?」


「俺たちから、特別なものを奪うってことだよ」


 その言葉に。


 僕は息を止めた。


「奪う?」


「翼を持っていることが」


 少年の目が。


 まっすぐ僕を見る。


「俺たちが生まれた場所そのものなんだ」


「……」


「空中都市で暮らして。


 翼を学んで。


 飛び方を覚えて。


 それが全部」


 拳を握る。


「意味がなくなるかもしれない」


 僕は。


 すぐには言葉を返せなかった。


 この少年が。


 技術に反対しているだけではないことが分かったからだ。


 彼が守りたいのは。


 『特別』という言葉。


 それだけではない。


 自分が生きてきた時間。


 家族。


 友達。


 誇り。


 思い出。


 それら全部だった。


 僕が翼の普及を考えるとき。


 数字や制度のことばかり見ていた。


 でも。


 変化の向こう側には。


 『自分の居場所がなくなるかもしれない』と感じる人がいる。


「僕は」


 少し考えてから言った。


「君たちのものを奪いたいわけじゃない」


「でも、奪われるんだ」


「何が?」


「……特別であること」


 その言葉が。


 静かに胸へ刺さった。


 僕は少しだけ時間を置いてから。


 答えた。


「特別であることを、翼だけに任せなくてもいいんじゃないかな」


「……どういうこと?」


「空中都市で生まれたこと」


「うん」


「そこで暮らしてきたこと」


「うん」


「そこで積み重ねた文化」


「……」


「それまで全部なくなるわけじゃない」


 少年は黙った。


「新型翼ができても」


 僕は続ける。


「君が生きてきた時間まで、誰かに奪われるわけじゃない」


 彼は。


 何かを言いかけた。


 でも。


 何も言わなかった。


「それでも」


 少しして。


「怖い」


 そう言った。


 僕は頷いた。


「うん」


 否定しなかった。


 怖いなら。


 怖くていい。


 変わることを嫌ってもいい。


 反対してもいい。


 その自由だって。


 守らなければならないのだと思った。


   ◇


 その帰り。


 澄乃が隣を歩いていた。


「どうだった?」


「難しかった」


「何が?」


「正しいことを言っても、相手の怖さは消えない」


「うん」


「だったら」


 僕は歩きながら考える。


「正しいことを言うだけじゃ、駄目なんだろうな」


 澄乃が僕を見る。


「朔」


「ん?」


「それ、前からそうだったよ」


「そう?」


「うん」


「いつ?」


「私が翼を朔に返したとき」


 その言葉で。


 思い出す。


 紬のこと。


 翼を持っていることが辛くなって。


 自分で返した少女。


 もし誰かが。


 『翼を持っているほうがいい』と言い続けていたら。


 彼女は。


 自分の人生を選べなかったかもしれない。


「そっか」


 僕は笑った。


「僕、結局」


「うん」


「自分が正しいと思ってることばかり見てたのかも」


「少しはね」


「少しなんだ」


「少し」


 澄乃が笑う。


「でも、ちゃんと考えようとしてる」


「……ありがとう」


 そのとき。


 少し前を歩いていた紬が振り返った。


「二人とも、何話してるの?」


「自由について」


「難しい話してるね」


「うん」


 紬が笑う。


「じゃあ、私も一つだけ」


「何?」


「自由って」


 少し考えて。


「嫌いになってもいいものなんじゃない?」


 僕は足を止めた。


 澄乃も止まる。


「どういうこと?」


「自由になったからって」


 紬は言う。


「必ず喜ばなきゃいけないわけじゃない」


「……」


「変わりたくない人もいる」


「うん」


「その人が、変わりたくないって思う自由もある」


 僕は。


 その言葉を聞きながら。


 今日会った少年を思い出した。


 彼は。


 僕たちの翼を嫌っていた。


 新しい自由を怖がっていた。


 でも。


 その感情を間違いだと決めつけることはできない。


「自由を広げることが」


 僕は言った。


「誰かの自由を奪うことになったら、意味がない」


「そういうこと」


 紬が頷く。


「だから、反対してる人を敵にしないこと」


 その言葉を。


 僕は胸に刻んだ。


   ◇


 その夜。


 作業室の扉を閉める。


 机の上には。


 今日一日で集めた資料。


 新型翼の設計図。


 企業の提案。


 行政の資料。


 そして。


 昼間に会った少年の顔。


 いろんなものが。


 頭の中を行き来していた。


 僕は一枚の紙を取り出す。


 そこに。


 新しく書いた。


『自由を望まない自由』


 少し変な言葉だと思った。


 でも。


 必要な言葉だった。


 その下に。


『反対する自由』


『使わない自由』


『変わりたくない自由』


 さらに。


『怖がる自由』


 ペンが止まった。


 自由というのは。


 好きにすることだけではない。


 嫌だと言うことも。


 立ち止まることも。


 変えないことも。


 そこに含まれている。


 だから。


 僕たちが作る翼も。


 『飛べる』という一つの価値を。


 新しい正義として押しつけてはいけない。


 そうでなければ。


 僕たちは。


 今までの社会と。


 違う形で同じことを繰り返す。


 空中都市では。


 翼を持つことが価値になった。


 新しい世界でも。


 翼を持てることが価値になる。


 もしそうなったら。


 何も変わっていない。


 僕は。


 設計図の一番下へ。


 一文を書き足した。


『自由を、新しい義務にしない』


 その言葉を見つめる。


 まだ。


 具体的な方法は分からない。


 制度も。


 技術も。


 教育も。


 何も完成していない。


 でも。


 一つだけ。


 はっきりしたことがある。


 翼に反対する人がいる。


 自由を怖がる人がいる。


 その人たちを。


 排除してはいけない。


 むしろ。


 その人たちの声を聞かなければ。


 本当の意味での自由にはならない。


 僕は窓を開けた。


 夜の風が入ってくる。


 遠く。


 空中都市の灯りが見える。


 その中には。


 今日会った少年もいるだろう。


 翼を誇りに思う人。


 翼を怖いと思う人。


 翼を失った僕。


 翼を手放した紬。


 みんな。


 違う場所にいる。


 だからこそ。


 一つの答えに押し込めてはいけない。


 僕は思った。


 自由とは。


 全員を同じ場所へ連れていくことではない。


 全員が。


 違う場所にいたまま。


 それでも選択を奪われないことなのだ。


 そのとき。


 机の上の小さな部品が。


 窓から入った風で転がった。


 カラン、と音がする。


 僕はそれを拾った。


 小さな部品。


 まだ何の役にも立たない。


 でも。


 これから大きな翼の一部になる。


 社会も。


 きっと同じなのだろう。


 一人一人の小さな意見。


 一つ一つの違い。


 それらを無理に削って。


 綺麗な一つの形にするのではなく。


 違うまま組み合わせて。


 初めて、一つのものになる。


 僕は。


 壊れた部品を箱へ入れた。


 そして。


 新しい設計図を開く。


 これから作る翼には。


 もっと大きなものを。


 もっとたくさんの人の声を。


 組み込まなければならない。


 自由を望む人のためだけじゃない。


 自由が怖い人のためにも。


 飛びたい人のためだけじゃない。


 飛びたくない人のためにも。


 そのためには。


 まだまだ。


 考えなければならない。


 僕はペンを握った。


 その先にある未来は。


 思っていたより。


 ずっと複雑だった。


 そして。


 だからこそ。


 面白いと思った。


 ――自由を作ることは。


 翼を作ることより。


 ずっと難しい。


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