聖都メリディア
荷帳の抜き書き。
王国歴1637年 青葉の月 メリディア
仕入れ 検印付きの薬草ひと箱、香木三本。売り なし。この街では、売るより買う。
余白に。効くといい。
メリディアに初めて行ったのは商いのためではなかった。あのとき街道を急いでいたのは、行商人ではなくて、娘としてだったからだ。
その前の年の冬、父が倒れた。長年の行商は、見た目より体の芯を使う。荷を担いだ肩や膝から先に駄目になるのかと思っていたら、そうではなくて、芯の火が細くなるように弱っていった。母と代わる代わる看ながら、春を待って、私は荷車を出した。効く薬草を探すならメリディアだ、と教えてくれたのは、ダレの三本松の先代である。森の薬草は効きが違う、ただし検印のない品は掴むな、と。
メリディアは、深い森を背にした聖都だ。街道の半日手前から、白い大聖堂が見えてくる。森を背負って建つその姿は、街の建物というより、森への門のようだった。大門をくぐると、大聖堂へ向かってまっすぐな大通りが伸びていて、中ほどの十字の大交差点を、土地の人は真中の辻と呼ぶ。石畳の隙間から下草が芽を出す街で、掃いても掃いても緑が入り込んでくる、と住人は半分自慢のようにこぼしていた。よそ者は三通りいる。巡礼と、病人と、薬草を求める者。あのときの私は、後ろの二つを兼ねていたようなものだった。
薬草市は夜明けとともに開く。薬草は朝露のあるうちが勝負だそうで、市の入り口には教会の役僧が座って、検印の紙札をひとつひとつ検めている。私は薬草にはまるで暗い。並んだ乾し草の善し悪しなど、見ても分からない。それでも困らなかったのは、この街の売り買いに、値切りというものがないからだ。森から出た物の値は教会の定めで決まっていて、吊り上げも駆け引きもない。値切りは挨拶、が信条の私には、はじめ窮屈に思えた。だが、荷台に病人の顔を積んで買い物をする身になって、ようやく分かった。値の駆け引きがないということは、足元を見られる心配がないということだ。藁にもすがる客から搾らない、と街ぐるみで決めてある。あの朝の私のような人間が、毎日この市には来る。だからこの決まりなのだと思い当たって、役僧の前で少し、目の奥が熱くなった。
施療院の人に容体を話して、薬草を見立ててもらった。検印付きの箱をひとつと、それから香木を三本買った。病間で焚くと眠りが楽になる香木だという。荷はそれだけで、あんなに軽い帰り荷を運んだことは、それまでもそれからもない。軽いのに、あれほど落とすまいと思いながら運んだ荷もない。
薬は、よく効いた。父は床から起き上がって、粥の文句を言うくらいには戻って、その冬をひとつ越えて、次の冬に逝った。私が二十八の年である。メリディアの薬草を恨む気はまったくない。あの薬草が買ってくれたひと冬のあいだに、私は父とずいぶん話をした。仕入れの手筋、貸し倒れの見分け方、母と出会った市のこと、それから、おまえの値切りは母さん譲りで俺より上手い、という話。あのひと冬は、私が銭で買ったもののうちで、いちばん高くて、いちばん安い買い物だったと思っている。
その後のメリディアは、商いの街になった。薬草と香木は荷が軽くて値が良く、届け先の薬種商には必ず喜ばれる。一緒になってからはトバンの得意先筋も引き継いで、いまでは年にひとつふたつ、決まって通う。通ううちに、最初の年には目に入らなかったものが、だんだん見えてきた。
たとえば飯だ。メリディアはキノコの天下で、森の縁から届くキノコの種類が数え切れない。焼く、煮る、揚げる、詰める、干して戻す。商業区には前菜から締めまで全部キノコで通す店まであって、冗談だろうと思って入ったら、本気だった。締めの一皿が出るころには、キノコというものの懐の深さに、こちらが頭を下げていた。傘の厚いのを炙っただけの一皿が、下手な肉より肉らしいのだから恐れ入る。それから森のタルト。砂糖も蜂蜜も使わず、森の果実の甘みだけで組み立てるという、この街でいちばん上等の菓子だ。よそ者が何のつてもなく買える品ではないのだが、秋のメリディアでは、落ちた木の実や果実は拾った子供のものになる決まりがあって、子らはその籠をタルトの家に持ち込んで、焼き損じと換えてもらう。私は籠を提げた子らに小間物の釦を握らせて、焼き損じの端を一切れ分けてもらった。行商人の搦め手である。甘いというより、明るい味がした。あれが売り物にならない理由は、たぶん値の付けようがないからだと思う。
一度だけ、神殿の庭の木々の中にいる、芽吹の民を遠くに見たことがある。大聖堂の裏手にある門が唯一の聖樹海に続く道で、人が勝手に入っていい場所ではないため、普段まみえることはできない。その木々の間に立っていたそれは、木のようで、人のようで、こちらを見ているようで、見ていないようだった。連れの薬種商が黙って帽子を取ったので、私も倣った。七種族に会いたいというだけで道に出た人たちの一団が、昔からあるのだと聞く。あの日の帰り道だけは、その気持ちが少し分かる気がした。
いまでも香木は、商いの仕入れと別に、自分用に一本買う。父の命日に焚くためだ。病間の眠りのための香りを、いまは命日の膳の前で焚いているのだから、妙な使い回しだが、父は道具の使い回しのうまい人だったから、笑って許すだろう。荷帳をめくると、あの年のメリディアの頁には、余白にひとことだけ書いてある。効くといい。効いたよ、と、いつか余白に書き足してやろうと思ったまま、まだ書けていない。この本のこの頁を、その書き足しの代わりにしようと思う。




