街道の宿場町ダレ
荷帳の抜き書き。
王国歴1651年 刈入れの月 ダレ
売り こまごま(針、紐、飾り釦)。仕入れ なし。宿と飯と噂ひと晩ぶん。
余白に。三本松の女将に馬の名を言い当てられる。二年ぶりだというのに。
ダレという町の名を聞いて、ああ、と膝を打つ読者は少ないと思う。それでいい。ダレは南方の街道筋にある、ごく当たり前の宿場町で、名物と呼べるものは特にない。多かれ少なかれ、ああいう町は方々の街道にある。それでもこの本にダレを入れるのは、私の暮らしの大部分が、実のところこういう町でできているからだ。ミルヴァやヴェレンの話は書いていて景気がいいが、行商人の一年の泊まりを数えたら、九割はダレのような町である。
宿場町というものの作りを、少し書いておく。荷車で数日歩くと、次の宿場に着く。長くても四日ほど。街道はそういう間隔で町を置いていて、ダレはその置き石のひとつだ。町の背骨は街道そのもので、大通りの両側に宿と酒場と店が並び、裏に住まいと畑がある。端から端まで歩いて小半刻。旅人が要るものは一通りそろっている。まっとうな宿、まっとうな飯、荷車の修理、替えの馬、井戸の水、それからひと晩ぶんの世間話。町はずれの辻には車大工と蹄鉄屋が固まっていて、朝いちばんに煙が上がるのはあの辺りになる。住んでいる人たちは、旅人の顔ぶれで季節を知る。羊毛の荷が増えれば高地の毛刈りが済んだころ、香辛料の荷が増えれば南の港に船が着いたころ、という具合である。
商人として書き添えるなら、ダレには公定の秤場がある。広場の隅に監理局の検印を受けた大秤が据えてあって、ダレで量った目方は街道筋のどこでも通る。商人同士の目方の喧嘩は、ダレの秤で量り直そう、のひとことで終わる。ああいう物差しが一本立っているだけで、街道ぜんぶの商いが楽になる。名物のない町の、あれがいちばんの名物かもしれない。
飯の話をする。ダレの宿の飯は、豆と塩豚の煮込みに、固いパンと漬け菜が付く。それだけだ。街道筋のどの宿場でも出る、まるで同じ献立である。ところが、これが宿ごとに味が違う。豆の煮え加減、塩豚の脂の出し方、鍋の年季。同じ絵札で勝負しているのに手の内が違うのだから、常連は自然と味で宿を選ぶようになる。私は三本松の煮込みが好きだ。豆が煮崩れる寸前で止めてあって、汁にパンを浸すと、塩豚の脂の甘みが染みてくる。それから早飯といって、出立に合わせて夜明け前から竈に火を入れ、熱い麦粥を一杯食わせて、昼に齧る堅焼きを持たせてくれる。三本松の堅焼きは昼になっても固くならないと評判で、大げさだと思っていたが、通ってみると本当だった。種を訊いたら、女将のマルテは笑うだけで教えてくれなかった。宿の飯というのは、うまさの種類が家の飯とも料理屋とも違う。明日も歩く体のための飯である。
宿の飯は相席がならいで、初対面でも同じ鍋をつつく。ただし、相手の荷と行き先を根掘り葉掘り訊かないのが作法だ。話したい者は自分から話す。あの距離感を、私は街道の飯の味のうちだと思っている。
さて、私にとってのダレの話をする。十七で独り立ちして、父の荷車を降りて、最初に一人で泊まった町がダレだった。宿は三本松。父と何十度も泊まった宿だ。勝手は知り尽くしているつもりだったのに、帳場で宿賃を数え間違えて、顔から火が出た。先代の女将は、いまのマルテの母にあたる人だが、何も言わずに勘定を直して、部屋の鍵をよこした。そして翌朝、門口で水を一杯出してくれた。長逗留の客が発つ朝に宿が水を出すのは、あのあたりの古い見送りの作法で、飲み干して椀を伏せて返すと、この宿に借りはない、また来る、という意味になる。父の連れとしてではなく、一人の行商人として受けた、初めての見送りの水だった。椀を伏せて返しながら、この商売でやっていける気がしたのを覚えている。大した根拠もない話だが、ああいう気は、大した根拠のないときに湧くものらしい。
もうひとつ、ダレには私の恥が住んでいる。大通りの中ほどに車輪亭という古い酒場があって、ここの座興が掛け合い唄だ。二人が交互に一句ずつ、相手の仕舞いの言葉を拾って返し合い、返せなくなったほうがその晩の酒代を払う。二十歳そこそこのころ、よそ者歓迎の声に乗せられて受けて立ち、三句で沈んだ。酒代も払った。ここまではいい。問題はそのあとで、悔しまぎれに絞り出した私の負け句を、店の親父のボルドが気に入ってしまった。以来ダレに寄るたび、見も知らぬ客が私の句を歌っているのを聞く羽目になっている。誰の句かは誰も知らない。しかも文句が年々すこしずつ変わって、こないだ聞いたのは元の句より出来が良かった。自分の恥が自分の手を離れて、町の持ち物になって、勝手に育っていく。悔しいような、まんざらでもないような、妙な心持ちである。ボルドに言わせると、昔、唄集めの婆さまが同じ卓で沈んだこともあるそうだから、私の句もいい仲間を持ったことになる。
いまでも年に何度も、ダレには当たり前に泊まる。当たり前に泊まれる町のことは、当たり前すぎて書き落とすところだった。うちの娘がこのごろ、独り立ちの話を口にする。いつかあの子が一人でダレに着いて、三本松の帳場で宿賃を数え、翌朝、門口で水の椀を受け取る日が来るのだと思う。そのときは、たまたま同じ宿に居合わせたふりでもして、少し離れたところから、見ないふりをしてやるつもりだ。




