学都ヴェレン
荷帳の抜き書き。
王国歴1652年 刈入れの月 ヴェレン
売り 珍品十三品(内訳は書きようがない)。仕入れ 透かしの入った便箋ひと束、諸国の噂ひと山。
余白に。品も買わずに話ばかり聞きたがる客あり。損はしていないのだが、どうも調子が狂う。
商人には、それぞれ荷の底というものがある。どの市でも売れ残って、捨てるには惜しくて、荷台の底に沈んでいく品たちのことだ。片方だけの銀の燭台とか、読めない文字で書かれた薄い本とか、何に使うのか誰にも分からない銅の環とか。よその市なら、使い道がないの一言で終わりだ。ところが世の中には、そういう荷の底が売れる街が一つだけある。それがヴェレンだ。独り立ちをし、行商人となってからは、年にひとつふたつはこの街へ通っていた。荷の底を空にして帰れる市は、世界でここだけだからだ。
ヴェレンは学院の街だ。城壁の代わりに学院の壁があちこちに立って、その隙間を市場と家々が埋めている。朝は講義の鐘がいくつも重なって、街ごと鳴っているようになる。道行く人の懐には必ず紙が入っていて、歩きながら読むものだから、人混みの流れがよその街より遅い。最初は苛々したが、慣れてみると、この遅さが性に合った。急かされない街というのは、荷を売る側には有難い。
定期市では、品物より来歴が値を決める。どこで、誰から、どういう品として手に入れたか。それを語れない売り手は相手にされないし、逆に語りさえ確かなら、用途不明の銅の環にも買い手がつく。私の片方だけの燭台は、結局どこかの学院が見本にと買っていった。何の見本になったのかは、いまも知らない。ひとつ確かなのは、来歴を偽ったらこの街では終わりだということで、値を吹っかけるのは商いのうち、来歴の嘘は盗みと同じ、というのがヴェレンの線の引き方だ。私はこの線引きが好きだ。
もっとも、長年のヴェレン通いの理由は、荷の底だけではない。この街には、世の中の動きが人と紙と一緒に集まってくる。広場の書き付け板には各地の相場と港の入り船が貼り出され、写しを売って歩く書き売りの学生から、小銭で諸国の話が買える。ヴェレンで聞いた話が半年後の商いを決める、と商人仲間はよく言うが、あれは大げさではない。私も一度、北の峠道が雪崩で春まで塞がるという話を書き売りから買って、その冬の仕入れ先をそっくり変えたことがある。荷は無事、話の代金は銅貨三枚。あんな安い保険はなかった。ついでに言えば、訳語学院には誰でも使える訳し窓口があって、遠国の証文や手紙を訳してもらえる。南の港で掴まされた読めない証文を持ち込んだら、若い学生が辞書と首っ引きで訳してくれて、代金は要らない、面白い言い回しを覚えたから、と笑われた。そういう街なのだ。
昼は決まって学生通りで食べた。学生と、それから食えない学者のための、安くて量の多い食堂が並ぶ通りだ。世界中から人が来る街だから、諸国の田舎の飯がそのまま生き残っていて、故郷の味を出す店に同郷の学生が集まる。私はここで、旅した街の味に何度も再会した。オルメの潮煮の匂いを嗅いだときは、思わず店に入って、坂の町の話を店主と小一時間してしまった。皿を早く下げる店は嫌われる通りで、一杯の汁で夕方まで粘る学者を誰も追い出さない。ああいう寛容は、腹の減った時分を覚えている者にしかできない。
さて、テオ先生の話をしなければならない。序に書いた出会いの、こちらは市側から見た顛末になる。長年通った街で、あんな客は初めてだった。あの日、私の床几の前に立った若い男は、まず銅の環の来歴を訊いた。私は口上を語った。我ながら良い口上だった。男はそれを一言も逃さず書き留めて、それから顔を上げて、で、ほんとうのところは、と訊いたのである。呆れて、つい笑って、ほんとうのところを話した。そうしたら、そちらも書き留めた。口上も、ほんとうのところも、両方だ。値切りもしなければ買いもしない。それなのに、話し終えたとき、なぜだか悪い商いをした気がしなかった。あとで市の連中に聞いたら、皆同じことを言った。あの学者に話を聞かれた売り手は、妙に機嫌よく店をたたむのだそうだ。人の話の聞き方で飯を食える男というのは、いるものである。
テオ先生は地誌学院の人で、祖父君は昔、諸国の内界を歩いて紀行を書いた学者だという。孫のほうは旅をせず、市に日参して、商人の荷帳やら宿帳やら、暮らしの紙切れから世界を描き直すのだと言っていた。祖父が歩いた道を、孫は紙の上で歩き直しているわけだ。私の荷帳が欲しがられた理由も、それで得心がいった。断ったことは変わらないが。
ヴェレンを発つ朝、テオ先生は門まで見送りに来て、書いてくれるかどうかの返事を、次に来るときでいいと言った。返事の代わりに、私は銅の環をひとつ、餞別だと言って押しつけた。売り物を人にやったのは、あれが生まれて初めてだった。この本を書き始めたいまになって思うが、あのとき返事はもう済んでいたのだと思う。
売れない荷が売れる街というのは、つまり、人の話を最後まで聞く人間が多い街ということなのだろう。私はヴェレンで、荷の底と一緒に、ずいぶん長いこと胸の底に沈んでいた話もいくつか売った気がする。買い手はたいてい、品を買わないあの男だった。テオ先生はいまだに私から何ひとつ買っていない。それでいて、私の話をいちばん高く買った客は、たぶんあの人である。




