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宝石の街セルナ

荷帳の抜き書き。

 王国歴1644年 白霜の月 セルナ

 売り つるはし二十丁、縄五十束、フェルト靴十二足。仕入れ 銀の飾り針三十本、砂糖の宝石ふた箱。

 余白に。贋の青玉を掴まされかける。助けてくれた御仁に礼を言ったら、嫌な顔をされる。


 セルナで儲けたければ、石を掘ってはいけない。掘る人に鶴嘴を売るのだ。これは父の教えで、私が父から受け継いだ商いの知恵のうち、いちばん元手が掛かっていない割に、いちばん役に立っている。


 セルナは宝石の街だ。街の中央、昔は宿場の市場だったという広場に内界の門が立っていて、街はその門を芯に、年輪のように育った。門のまわりに機構の支部と大商館、その外に屋根付きの大市場、細工の工房の区画、そのまた外に商店と宿。掘りに入るには鑑札が要って、日帰りの刻限があって、出てきた者は必ず機構の検めを通る。掘り出した原石はいったん全部、機構の買い取り台に載る決まりで、台に載らないような小さな屑石だけが、拾った者の物になる。この一線の話はあとでもう一度書く。


 市場は屋根市といって、迷路のような屋根付きの大市場である。天窓から落ちる光を真鍮の鏡と吊り灯が受けて、通路じゅうがちらちら光る。金銀細工の小路、石留めの小路、飾り針の小路と、細工ごとに小路が分かれていて、店先では職人が客の目の前で石を留めてみせる。私はここで飾り針を仕入れる。セルナの値打ちは石より細工で、良い工房の刻印が付いた銀の針は、村々の嫁入り支度で堅く売れる。よそ者が半日で道に迷う市場だが、迷って知らない小路に出るのも、あそこでは楽しみのうちに入る。


 一攫千金の街だから、人の顔ぶれに幅がある。掘りに来た者、細工の腕で立とうという者、競りで化けさせようという者、そのどれでもなくなった者。昨日まで屑水晶を売っていた男が絹をまとって歩くのも、その逆も、セルナでは誰も振り返らない。私はと言えば、最初に書いたとおり、掘り手に鶴嘴と縄と靴を売る。ヴェルツの打ちフェルトの靴は坑の冷えに強いと評判で、毎年きれいにはける。石で儲けようと思ったことは一度もない。ないのだが、一度だけ、危ないところまで行った。


 屋根市の外れで、青玉をひと粒、破格の値で持ちかけられたのである。訳ありの品だが石は本物だ、と売り手は言った。急いでいる者の売り急ぎは、行商にとっては拾い物の定番で、石に暗い私にも、その青はよく見えた。手付けを打つ寸前、通りがかりの初老の男が横から石を一瞥して、売り手に何か短く言った。売り手は石を引っ込めて、そのまま消えた。男は私に、買わなくてよかったな、とだけ言って行こうとするから、慌てて礼を言って、せめて名前をと食い下がったら、ひどく嫌な顔をされた。あとで屋台の親父に聞いたら、あれは大商館の目利き頭のガレオという人で、若いころは名うての贋作師だったそうだ。いちばん上手い贋物を作った男がいちばん確かな目になる、というのが商館の言い分らしい。当人は、俺は自分より下手な嘘を見つけているだけだ、と言っているという。うまい商売訓のようでもあり、身も蓋もない身の上話のようでもあり、私はあの言葉を、荷帳の余白に書いて帰った。


 月に一度の大競りの晩は、街ごと浮き足立つ。競り札を持てるのは大店だけだが、立ち見の回廊は誰でも上がれて、私も一度だけ見物した。諸国の宝物と美術品が次々に台に載って、女主人が扇を閉じるまで槌は打たれない。セルナの競りに掛かった、という一句がそのまま一級品の証文になるのだと聞いて、得心した。あの晩に売られていたのは石でも絵でもなくて、信用である。行商人が耳の色糸や蔵の焼き印を頼りにするのと、根っこは同じ話だ。桁が七つばかり違うだけで。


 セルナの味といえば、くず石焼である。屑肉と野菜の切れ端を香辛料で炒めて、薄い生地に包んで、窯の壁に貼りつけて焼く。くず石街の朝の屋台には列ができて、私も掘り手たちに混じって並んだ。中身はその日の運次第で、当たり外れがあるのを、住人は、石と同じだ、と笑う。私のは豚の耳が当たった。こりこりして、当たりだった。それから砂糖の宝石。果実の砂糖漬けを石の形に磨いた菓子で、ひと目は本物と見紛う。紅玉に青玉に水晶、箱に並んだところは宝石箱そのものだ。うちの子らへの土産はいつもこれで、上の娘は食べる前に必ず窓の光に透かす。あれは食い物の楽しみ方としてはだいぶ贅沢だと思う。


 セルナを語る以上、くず石街と金夜街の話もしておきたい。この二つはセルナの外縁で背中合わせになっていて、間を隔てるのは路地一本きりである。金夜街は、一発あてた者と、あてた者から金を集める者の街だ。宝石商の大店、両替屋、仕立て屋、それに賭場が並んで、夜通し灯りが落ちない。賭場で身代を溶かす者も、借金で沈む者も珍しくないそうで、路地の向こうとこちらを、人は生涯に何度も行き来するのだと聞いた。行きも、帰りも、である。片やくず石街は、機構の買い取り台に載らない屑石で糊口をしのぐ人たちの街で、壁が掘り屑の石積みでできている。夕日の刻、その壁が安物の水晶ごしに鈍く光って、街全体がぼんやり明るむ。きれいだと言うと住人はいい顔をしない。それでいて、夕方になると、みんな外に出て立っている。


 金夜街の質屋の店先で、最初の石、とだけ書かれた箱を見た。掘りで最初に出した石は売らずに人に贈るものとされていて、売ると石運が尽きるという。金に詰まってその決まりを破った人たちの石が、路地を渡って、ああして箱に溜まっていく。覗いたことを、少し後悔した。


 セルナで見たいちばんきれいな光は何か、と訊かれたら、競りの宝石でも金夜街の灯りでもなくて、夕日のくず石街だと答える。本人たちには言わないでおくが。私はあの街で、石を一粒も買わずに、鶴嘴を売って、飾り針と砂糖の菓子を積んで帰る。それが正しい商いだと父に教わったからで、実際そのとおりだと思うが、帰りの峠で荷を振り返ると、砂糖の宝石の箱がいちばん上等の顔をして載っている。あの街の裏表を、うちの荷台はちゃんと知っているらしい。


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