原の羊の街ヴェルツ
荷帳の抜き書き。
王国歴1646年 青葉の月 ヴェルツ
仕入れ 生成り糸五十かせ、打ちフェルト十二枚、毛巻き六玉。売り 底塩一俵、七種の合わせ香二十袋、針と糸こまごま。
余白に。わた鍋のお代わりを三度目で断られる。売り切れではなく、鍋の番の婆の胸算用らしい。
この章は、食い物の話ばかりになる気がする。先に断っておくが、私のせいではない。ヴェルツのせいである。
ヴェルツは羊の町だ。ミルヴァから乳の川をさかのぼって、荷車で四日か五日。石灰の谷を抜けて高原に出ると、緑の海のまんなかに、町が半分埋まって見えてくる。家々の屋根に芝土が張ってあって、屋根にまで草が生えているから、遠目には丘と区別がつかない。近づくと、まず羊の鈴の音がして、それからフェルトを打つ槌の音がする。家の数より羊の数のほうが二十倍多い、と土地の者は真顔で言う。数えたことはないが、あの鈴の音を聞けば、誇張ではないと分かる。
ここの人たちは口が重い。値の掛け合いも、ダレの酒場の応酬唄とは正反対で、三言で終わる。そのかわり、挨拶より先に人の外套の毛を褒める。私も初めての年、着ていた古外套の毛を褒められて、悪い気がしないままふた品ばかり余計に買った。あとで気づいたが、あれはあちらの手だったのだと思う。無口な町の商人ほど油断がならない。
私の商いの形は単純で、南から底塩と香辛料を運び上げて、生成りの糸と打ちフェルトを仕入れて下る。ヴェルツの糸は染めても織ってもいないただの生成りだが、丈夫さが違う。ヴェルツの糸で編んだ靴下は倍持つ、というのが街道筋の相場で、これは売り文句ではなく本当に困る話でもある。十年前に売った糸で編んだ靴下がまだ現役だと、村のお内儀に感謝されたことがあった。ありがたいが、それでは次が売れない。丈夫な品を扱う商人の悩みというものを、私はヴェルツに教わった。
夏の手前の毛の市が、この町のいちばんの賑わいになる。広場に刈った毛が山と積まれて、競りの前に名物の引き比べがある。糸を両の拳に巻いて、力任せに引きちぎってみせるのだ。よその糸は切れる。ヴェルツの糸は切れない。毎年同じ見世物なのに毎年どよめきが起きるのは、実際に切れないからで、ああいう嘘のない口上がいちばん強い。私も一度やらせてもらって、切れないことは確かめられたが、そのかわり三日ばかり手首が使いものにならなかった。フェルトのほうは、打ち手頭のズマ婆の工房のものなら間違いがない。ヴェルツのフェルトが倍持つのは羊が半分、ズマ婆が半分、と町では言う。トバンに買った打ちフェルトの外套は親子二代着るという触れ込みで、うちの息子は今からあれを狙っている。
羊たちの草場は、町の上手にある。奥の原、と皆が呼ぶ。詳しいことは私に書けないが、境の石の向こうに、尾根のない草の海がどこまでも続いていて、あれは内界なのだそうだ。放牧は日帰りときっちり決まっていて、夜明けに口から群れを入れ、日のあるうちに出す。朝と夕、境の石の前を羊の川が二度流れるのは、何度見ても見飽きない眺めだった。商人は口までしか近寄れない。番所の役人が朝夕、一頭ずつ数を照合するのを眺めながら、うちの荷勘定より厳しい、と感心した覚えがある。草の海そのものは、きれいと言えばきれいで、不気味と言えば不気味で、私は口の手前で引き返すたび、少しほっとしていた。
さて、わた鍋の話をしよう。羊の臓物を、下ごしらえのあと塩だけでことこと煮た、ごった煮だ。臓物の鍋と聞いて、最初の年は正直身構えた。よその土地の臓物煮は、香草だの香辛料だので臭みを抑えて食わせるものだが、ヴェルツのは塩だけで、それで臭みがまるでない。湯気の匂いからして違う。肉は柔らかいというより深くて、噛むほどに甘い脂がにじんで、匙が止まらなくなる。この町の羊でなければこの味にならないそうで、よそで真似た鍋を二度ばかり食べたが、たしかに別物だった。香辛料を売りに来ておいて言うことではないが、あの鍋の前では、私の荷の出る幕がない。
鍋の相棒が、石の赤という土地の酒だ。石がちの斜面の山葡萄で作る渋い赤で、これだけ飲むと、どうにも硬くて、石を舐めているような気になる。それが羊の脂と合わさると人が変わる。渋みが脂をさらって、脂が渋みを丸めて、杯と匙が交互に進んで止まらない。酒だけ買って帰ったことが一度あるが、家で飲んだら例の石の味がした。あれはヴェルツで、鍋の湯気の中で飲む酒なのだと思う。
ある年、白霜の月に通りがかって、原明けの晩に行き合わせた。その年最後の口出しの晩で、冬が来る前に原を仕舞う日である。大鍋のわた鍋が振る舞われて、石の赤が回って、口の重い羊飼いたちがすこしだけよく喋る。その席で、日を跨いで原の中にいたことのある爺様がひとりだけいる、という話を聞いた。若い時分に、草の尽きる先が見たくて居残ったらしい。何を見たのかと誰かが訊くと、草だ、とだけ答えるという。その場に当の爺様がいて、皆に見られて、本当に、草だ、とだけ言った。あの晩の鍋の味と一緒に、あの一言を覚えている。
夕暮れの囲いのそばで、羊飼いが羊を数えるのを聞いたことがある。ひい、ふう、ではない。聞いたこともない古い数詞で、二十まで数えては紐に結び目をひとつ作る。呪文のようで、子守唄のようで、荷勘定ひと筋の私にも、数を数える声があんなにきれいに聞こえたのは初めてだった。あの数え言葉で人を数えてはいけないのだそうだ。理由は訊いたが、教えてもらえたのかはぐらかされたのか、いまだに分からない。
丈夫なものを作る人間は、あまり喋らない。喋らなくても、物のほうが保証してくれるからだと思う。ヴェルツで買った外套と靴下は、たぶん私の膝より長持ちする。倍持つ品を商う口の重い町を、私は、通うたびに少しずつ好きになった。今年も青葉の月には塩を積んで坂を上る。手首の用心だけして、引き比べもまた見てくるつもりだ。




