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二水の町ミルヴァ

荷帳の抜き書き。

 王国歴1649年 花冠の月 ミルヴァ

 仕入れ 川分け三反、白糸黒糸のより紐十二本。売り 北の骨針五十本。

 余白に。干し橋の帳場で茶を三杯。長居の言い訳に、より紐を二本余分に買う。


 行商人を三十年もやっていると、思い出深い街はどこかと訊かれることがある。そのたびに私は、少し迷うふりをしてから、結局ミルヴァと答えてきた。迷うふりをするのは、ほかの街に義理があるからで、答えが変わったことは一度もない。


 どの街道から入っても、ミルヴァは匂いが先に来る。藍甕の発酵の匂いに、煮た茜の甘ったるい匂いが混ざって、町並みより先に鼻に届くのだ。慣れない者は最初の晩、眠れないと言う。私は逆で、子供のころ、父の荷車の上でこの匂いに起こされた。目を開ける前に着いたと分かる町は、あとにも先にもここだけだ。


 ミルヴァというのは染物と織物の町で、白く濁った乳の川と、鉄気で黒く澄んだ鉄の川、二本の川が合わさるところにある。同じ染め液で染めた布でも、乳の川で濯げば明るく、鉄の川で濯げば深く沈んで上がる。一枚の布の右と左を濯ぎ分けた川分けの反物は、境目が夕暮れの空みたいにぼける。よそでは真似ができない。始まりは二百年前の染め職人で、酔って乳の川に落ち、慌てて対岸に泳いで鉄の川で体を洗ったら、抱えていた反物の左右で色が違って上がっていた、という話になっている。ほんとうかどうかは知らない。ただこの町では、酔っ払いの失敗をいまでも「セルペの手柄」と言って笑う。いい町だと思う。


 子供のころ父の荷は、小間物とミルヴァ反が多かった気がする。商談の間、私は決まって干し橋の帳場に預けられた。屋根付きの橋の中に染め上がりの布を干すところで、帳場を握っているのが橋番の婆たちだった。婆たちは川霧の出方で明日の天気を言い当てる。外れることもある。外れた日は天気のほうが悪い。婆たちの膝の間で、私は反物の耳の読み方を教わった。耳の色糸を見れば、工房も染めた年も分かる。耳が語ってくれる品は扱いが楽だと、あの帳場で覚えた。婆たちは私を、小間物屋の娘と呼んだ。


 独り立ちして最初の仕入れも、この町でやった。度胸が要ったのは値段より、色見の堂の前を通ることだった。染め組合の寄り合い所で、色をめぐる諍いはぜんぶ、薄曇りの朝にあそこで裁かれる。裁くのは色頭のイルダ婆で、布の耳を指で揉んで、匂いを嗅いで、最後にちょっと舐める。それで工房から濯いだ川まで言い当てるのだから、諍いは長引きようがない。私の初仕入れの川分けを、通りすがりのイルダ婆が一目見て、よく買った、と言った。あの一言は、それから何年も、荷が重い日の支えになった。


 旦那のトバンと一緒になって初めて商ったのもここだった。懐かしの干し橋の帳場に向かうと。婆たちは何も訊かずに茶だけ出して、帰り際にひとこと、荷の縛りがていねいだね、と言った。婆たちの言葉では、あれで及第らしい。


 ある日、反物の仕入れに、古なじみの染め物屋に伺うと、ある箱を一つ持ってきて、昔から預かってたものだといって渡してきた。中を見ると、宵糸だった。この待ちにのみ開く内界にいる貝の界物の殻を使った染料で染め上げる、この街随一の品であり、なまじっかな商人では扱えない品である。この街では婚礼や祭事にしか使えないが、他の街では王侯貴族が求める垂涎の品である。これはどうしたと聞いたならば、亡くなった父が昔に手を尽くして仕入れ、この染め物屋に預け、もし私に何か慶事があれば渡してほしいと言づけていたそうだ。「うちの娘は、根っからの商人だ。金や婚礼道具を贈っても喜びはしない。それなら、売り甲斐のある商品こそ最大の祝いになるに違いない。残念なのは、なかなかそのときが来そうにない。」と言っていたそうだ。あの時ほど父に感謝し、死に目までに連れ合いを紹介できなかったことを悔やんだことはなかった。だから、父への供養といわんばかりに、宵糸を売りさばいた。仕入れ値のあるものではなかったが、だからと言って安く売るようでは父に顔向けできないと、王都や様々なところに赴き、稼ぎに稼いだのはいい思い出である。


 子供らを初めて連れてきたときは、婆たちのほうが忙しかった。上の娘の産着は乳の川で濯ぎ直された。赤子のものを鉄の川に浸けてはいけない、鉄の川は色を沈める川だから、という決まりがこの町にはある。娘はもう産着の齢ではなかったのだが、婆たちは、まだ間に合う、と言い張った。何に間に合うのかは、いまも訊けていない。


 淵の開きは、二度見た。二つの川の出会う合わせ淵に、数年に一度、霧の深い朝にかぎって内界が開く。一度目は七つか八つのころだった。鐘で目が覚めて、父に手を引かれて堤に立った。橋は封じられ、白い水と黒い水の境が消えて、淵が鏡みたいに凪いでいた。大人たちがみんな黙っているのが、子供心に一番こたえた。二度目は商人になってからで、今度は自分の足で見に行った。相変わらずきれいで、相変わらず少し怖かった。ひと月足らずで消えて、数年経つと同じ淵に開く。理由は機構の人にも分からないらしい。ミルヴァの者は慣れたもので、開きの間は約束事をぜんぶ日延べにして、澄ました顔で染物を続けている。


 いまでも年に幾度も通う。干し橋の帳場は代替わりして、婆たちの娘たちが座るようになったが、私を呼ぶ名は昔のままで、いまだに小間物屋の娘と呼ばれる。四十を過ぎた娘もないものだと思うが、悪い気はしない。この町で買ったものを並べたら荷車が沈む。それでも、いちばんの買い物はあの呼び名だったような気がしている。


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