↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/14

序 学者と荷帳

 去年の秋、ヴェレンの定期市に店を出していた。売れ残りの珍品を並べて、来歴の口上を売る例の市である。床几の端に、品も買わずに、こちらの話ばかり書き留めている若いのがいた。市で口上を書き留める人間は珍しくもないから、その日は気にも留めなかった。


 名乗っておくと、私はネラ・ヴィ・ロタン。行商人である。ひとところに店を持たず、行った先で良いものがあれば仕入れて、近くで売る。それを物心ついたときから三十年あまりやってきた。


 その若いのが、後日あらたまって宿に訪ねてきた。地誌学院の学者で、テオ先生という。用件を聞いて驚いた。あなたの荷帳を学院の書庫に納めさせてほしい、と言うのである。断った。当たり前だ。帳面は商人の命で、おいそれと他人に見せた日にはそれこそ命取りである。


 するとテオ先生、引き下がるどころか、では廻った街のことを書いてくれ、と来た。私は文を書く人間ではない、値札なら三十年書いてきたが、と断ったら、荷帳の余白にいろいろ書いてあったでしょう、あれでいいんです、と言う。よく見ている。たしかに私の荷帳の余白には、値と関係のないことが書いてある。ミルヴァの橋番の婆の天気当てが三日続けて外れた、とか、ダレの車輪亭でまた妙な句を聞かされた、とか。荷を下ろしたあとで読み返すと、その日の街の顔が浮かぶ。私にとっては、あれも仕入れのうちだったのだと思う。


 引き受けたのには、時期も味方した。私は行商の家に生まれて、荷車の上で育った。父は小間物売り、母は荷の勘定役。十七で独り立ちして、三十のとき、峠の宿で何度も相席になった行商人と一緒になった。トバンという。子供がふたり。その子らの手が離れて、旦那の商いを手伝っていたが、手が余ったので、何か新しいことをしたいなと思っていたところだったのである。間の良い男だ、テオ先生は。


 そういうわけで、この本は荷帳の余白を膨らませたものになる。各章の頭には、当時の荷帳から一行だけ抜き書きを置いた。素っ気ない一行だが、私の書いたもののうち、いちばん正直なのはたぶんそこだ。本文のほうは思い出して書いたから、多少の盛りと覚え違いはあるだろう。値切りの席なら盛るのはお互いさまである。勘弁してもらいたい。


 街の並べ方は、行った順でも近い順でもない。荷造りと同じで、入れやすいものから入れた。抜けている街はいくらでもあるが、悪い街だから抜いたのではない。思い出しやすいところから書いたに過ぎない。


 最後にひとつ。読み終えて、どこかの市で私の店を見つけたら、声を掛けてくれてかまわない。ただし、本の話で値引きはしない。それとこれとは別である。


 王国歴1653年 白霜の月

 ミルヴァの冬ごもりの宿にて

 ネラ・ヴィ・ロタン


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。