↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/14

王都アルデン 後編 納めの街

 荷帳の抜き書き。

 王国歴1652年 刈入れの月 王都アルデン

 納め ミルヴァの川分け十二反、セルナの飾り針百本、メリディアの香木五本、ほか上物こまごま。

 仕入れ 結いパンの型ふたつ(子らへ)。

 余白に。橋の上でトバンとひとつ約束。中身はここにも書かない。


 一年かけて諸国で仕入れた上物、ミルヴァの川分けの反物、セルナの銀の飾り針、メリディアの香木。ああいう荷の行き着く先は、結局のところ王都の大店だ。うちの商いは、春に西へ出て、夏にトルムで折り返し、秋の評定の月に王都へ納めて締まる。評定の月というのは、国王と二公爵家の三家評定が開かれる月のことで、うちの暦でいえば刈入れの月にあたる。この月の王都は、人がふた回り膨れる。二公爵家の行列が入り、諸方の陳情人が集まり、それを当て込んだ商人と見世物が続く。宿の値は三倍になるが、大店は一年ぶんの上得意をこの月に迎えるから、上物を納めるならこの月、というのが商人の決まり文句になっている。宿代を差し引いても、そのほうが割に合う。


 王都は、オルデ川がゆるく曲がる内側に開けた、国でいちばん大きな街だ。正式の名はアルデンというが、この名を口にするのは役人の書き付けの中くらいで、誰もが、当の住人までもが、ただ王都と呼ぶ。都はひとつしかないのだから、それで足りる。街には城壁が三重にあって、外の二重はとうに家並みに呑まれ、壁だったところが環状の大通りになっている。壁を呑んで育った街、というのが王都者の自慢で、三本の壁を見れば、街がどの時代にどこまで大きかったかが、年輪のように分かる。子供の時分に初めて連れて行かれたとき、父に、ここは壁を食って育つ街だ、と教わって、しばらく本気で信じていた。いま思えば、あれは半分ほんとうだった。


 独り立ちして初めて、一人で納めに行った年のことは、よく覚えている。川港の荷揚げ場は、荷役の掛け声と検印の音で夜明けから日暮れまで鳴りっぱなしで、田舎の荷車一台など、押し流されそうだった。ところが、荷役頭の大男が私の荷をひと目見て何か短く指図すると、うちの荷だけ妙に丁寧に運ばれた。あとで宿で聞いたら、あの人はバルガといって、初めて王都に来た行商人の荷ほど丁寧に扱わせるのだという。訳を訊いた者には、最初の王都でひどい目に遭った商人は二度と来ない、来ないとわしらの飯が減る、と答えたそうだ。王都で最初に覚えた顔が、王様でも大店の主でもなく、川港のバルガだったことを、私はいまでも良かったと思っている。


 大市場の話もしておく。川港と環状大路に挟まれた、国でいちばんの常設市で、トルムの大市が年に一度の卸の祭りなら、こちらは年中無休の小売りの海だ。ここで売れない物はない、と言われる。ただし古株は、ここで儲けるのがいちばん難しい、と言い足す。店の数だけ商売敵がいるからで、私も若いころに一度だけ市に台を出して、三日で畳んだ。以来、王都では売らない。納めることにした。市場は歩いて眺めて、諸国の値を頭に入れて帰る場所と決めている。王都でただで手に入る仕入れは、相場の見聞くらいのものだ。


 納めの金の始末には、川港前の両替屋、剣冠印を使う。屋号は銭の裏の剣と冠から採ったもので、女主人のオッタの帳場には、諸国の貨幣と手形が集まってくる。算盤の音が朝から晩まで途切れないので、王都の心の臓の音、と呼ぶ人もいるくらいだ。一度、私の前の客が出した銀貨に、オッタの指が止まったのを見た。彼女は銀貨をつまんで、ためつすがめつするでもなく、目の前で鋏を入れて二つに切った。偽物だという。指先の重みだけで分かるらしい。切られた半分は客に返される。戒めに持っておけ、ということで、これをオッタの落とし物と呼んで欲しがる商人までいるというから、王都の商人は少し変わっている。贋物を見抜く人の手つきというのは、どこの街でも、どこか似る。


 王都の名物といえば、まず結いパンだ。丸いパンを三つ、編んだ帯の生地でつないで焼いた祝いのパンで、三つの国が統一されたことにちなんでいる。切り分けてはいけない。三人で、ひとつずつちぎり合って食べるのが作法だという。家族で、商談の相手と、初対面の相席と、とにかく三人で分ける。二人しかいないときはどうするのかと訊いたら、ひとつは鳥にやるのだ、と大真面目に言われた。それから、オルデ川の小魚をからりと揚げたのと、川鰻の串焼きが庶民の味で、川港の屋台で荷役に混じって立ち食いするのがいちばんうまい、というのが王都者の定説になっている。諸国で立ち食いをしてきた身としても、異存はない。揚げたての小魚に塩、昼の日なた、荷の匂い。ごちそうというのは、皿より場所でできている。


 白い塔のことは、書きようがない。機構の中央のあの塔は、王都でいちばん知られた建物で、いちばん語られない建物でもある。塔の前の広場は誰でも通れるのに、なぜかみんな、足早に通る。よそ者が塔を指さすと、連れの王都者にそっと手を下ろされる。訳を訊いても、行儀が悪いから、としか返ってこない。一度だけ、裏通りで子供らが古い手まり唄を歌っているのを聞いた。大人たちはそれを、聞かないふりをしていた。私も商人なので、聞かないふりの上手な街のことは、それ以上突つかないことにしている。


 オルデ川には、結い橋という大きな石橋が架かっている。統一のあと、リンドガル公爵家が槌の家の挨拶として架けたもので、三つの弧を描いて川を渡る。橋の真ん中は旧三国のどこでもない場所ということになっていて、昔から、身分違いの縁談の申し込みはこの橋の上でするものだ、と言い伝えられている。それと対で、橋の上で交わした話は、橋を降りたら蒸し返さない、という不文律もある。断られた側の面目を守るための、都会の優しさだと思う。荷帳の余白にあるとおり、私はこの橋の上で、トバンとひとつ約束をした。中身は書かない。橋の上の話は、橋に置いていくものだからだ。ただ、悪い約束ではない。


 納めが済むと、一年が締まる。空いた荷台に子らへの土産だけ載せて、環状の大通りを抜けて、西の門を出る。あの年輪の壁を外へ外へと抜けていくのは、大きな木の中から出ていくようで、私はこの帰り道が嫌いではない。王都の人間は、よそ者に慣れすぎていて振り向かない。あれを寂しいと言う人もいるが、私は気楽でいいと思っている。振り向かれない街で納めを終えて、振り向いてくれる家に帰る。行商の一年の締めくくりとして、あれより出来のいい道順を、私はちょっと思いつかない。仕入れた結いパンの型は、いまも家にある。うちは四人だから、祝いの晩にはふた組焼く。六つに分けて四人で食べて、余りのふたつは、翌朝の商売道と、庭に来る鳥の分である。王都の作法としては邪道だろうが、道の神さまと鳥は、たぶん許してくれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。