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王都アルデン 前編 オルデンナ王国のなりたち

 旅の本の途中に歴史の章が挟まる無作法を、まず詫びておきたい。ただ、この先の王都の章を楽しむには、この国がどうやってできたかを少しだけ知っておくのがよいと思い差しはさむことを許してほしい。


 学都ヴェレン 地誌学院所属 テオ・ロ・ヴァルガ


 私たちの住むこの国、オルデンナ王国は、王国歴1256年に生まれた。いまからおよそ四百年前のことである。それより前、この地は三つの王国に分かれていた。中央から西の平原を治めるアルデン王国。南方を治めるサルメア王国。東から湖水地方を治めるリンドガル王国。三国は、水と街道と関税をめぐって、百年あまり争っては和し、和しては争ってきた。国境の関所は年ごとに増え、川の荷は三度も四度も関銭を取られ、いちばん割を食ったのは、いつの世も変わらず、道を行く者と畑を耕す者だった。


 決着をつけたのは、アルデンの王、レオドール・アルデン三世である。この王は戦の巧者だったが、それ以上に言葉の巧者だったと伝えられる。三年の戦で優勢を固めながら、最後の一押しを剣でやらなかった。二国を滅ぼす代わりに、両王家の存続と旧領の統治を条件に統合を持ちかけ、オルデ川の中洲に卓を置かせて、二人の王と三日三晩、通詞も書記も交えずに談判した。何が語られたのか、正確な記録はない。分かっているのは、四日目の朝のことだけだ。二人の王が自らの剣を卓の上に差し出して交差させ、レオドールが自らの冠を外して、刃の交わりの上に置いた。剣の上に冠が載る。この形がそのまま国章になり、いまも銀貨の裏に刻まれている。読者が今朝パンを買った、あの銭の裏のあれである。


 国の名は、三国の領土をつらぬいて流れる大河オルデ川から採られた。どの王家の名でもない名を、あえて選んだ。勝った家の名を国に付けなかったこの一事だけでも、この統一がただの征服ではなかったことが分かる、と私は思う。


 レオドール三世の死後、王には講和王の諡が贈られた。戦で優勢を築いた王に、戦の字を使わなかった。もっとも、庶民の間ではいまも別の呼び名のほうが通りがいい。一言王。三日三晩の談判の最後に、王がたった一言で二人の王を頷かせた、という伝えによる。その最後の一言が何だったのか、記録はどこにもなく、芝居の数だけ台詞がある。歴史を扱う者としては俗説と言うほかないのだが、白状すれば、私もあの場面では泣いた口である。


 統一ののち、旧二国の王族は、サルメア公爵家、リンドガル公爵家として残り、それぞれ旧領を公爵領として治めることになった。国の大事、すなわち戦と新税と大法の改廃は、国王と二公爵の合議で決まる。三家評定である。評定は年に一度、決まった月に王都で開かれ、この月の王都が諸方の人でどれほど膨れ上がるかは、後編で本来の筆者が書いてくれるだろう。評定の広間には、同じ高さの椅子が三脚、四百年前から置かれている。王の椅子だけ立派に作り直そうとした代の王が、二公に断られた。この逸話ごと、王都の子供が最初に習う国の話になっている。


 軍を持たないことになった二つの公家は、それぞれ別の道に家の誇りを注いだ。サルメア家は書物を選んだ。都サルメアに学府を開き、王国歴1478年の焼亡という痛手をくぐりながら、南の学問を四百年支えている。リンドガル家は槌を選んだ。職人の組合を保護し、橋と水路と街道を家業とし、ウルの湖の舟運を束ね、いまも国じゅうの銀貨は公家の都リンデンで打たれている。サルメアは書き、リンデンは作り、王都は決める。この国の三つの都を評した言い草として、これほど手短で正確なものを私は知らない。


 では統一は、庶民に何をもたらしたか。歴史の書物は評定と講和を挙げる。だが私は職掌柄、別のものを挙げたい。関所の撤廃である。統一とともに、三国の間にあった関所と内税はすべて撤げられた。私は古い隊商の勘定書を集めているが、統一より前の勘定書には、関銭の項が幾行も並んでいる。それが王国歴1260年代のある年を境に、ふっつりと消える。帳面の上から項目がひとつ消える。ただそれだけのことが道を行く者にとって何であったかは、勘定書に載る荷の量が語っている。数年で、倍である。


 最後に、この国の地図で色の塗られていない場所にも触れておく。東の辺には、グラナガダン大図書館を核とするホーファティナル学術自治領がある。三国のどれにも属さず、古い特許状で自治を保ってきた書物の聖域で、統一の折も講和王は手を付けなかった。聖都メリディアと聖樹海の縁は教会の領分として国の帳面の外にあり、北の果てはそもそも版図の外である。機構が国の枠の外にあることは、読者もよく知るとおりで、これも本章の外に置く。そして王国のただ中には、統一の時もその後も、どの王も手を出さなかった町がひとつある。マハルーナである。王の代替わりのたびに、王都からあの町へ挨拶の使いが出る。逆ではない。ここでは名を挙げるにとどめて、深入りはしない。歴史が語れるのは、国が手を出したことの記録であって、手を出さなかった訳ではないからだ。


 この国に生まれた者は、国のなりたちを知らずとも生きていける。関所のない街道と、公定の秤と、銭の裏の剣と冠。行商人にとって国とはその三つのことだ、と本書の筆者は言う。私はこの言い方が、どの歴史書の結びよりも正しいと思っている。知らずに済むように作られたものこそ、いちばんよく作られたものだからである。四百年前、川の中洲で三人の王が囲んだ卓は、つまるところ、そのための卓だった。前置きはここまでとして、頁を家主に返す。ここから先は、再び荷車の目で見た王都である。


  


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