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第一杯目 着丼!デブラメンジャー⑦

駅前の大通りは、歩道橋が半分落ちていた。


その根元で、緑は地上の瓦礫のほうへ駆けていった。ジロウは傾いた階段を三段飛ばしで駆け上がった。折れた床板の縁から下の様子がまとめて見える。


脂に濡れた巨体が歩道橋の下で暴れていた。周りに散らばった三色が、それぞれ壁際や瓦礫の陰から立ち上がろうとしている。その足元に、アオガッパが十数体いた。


「なんだこいつら、多すぎだろ!」


黄色が叫んで、剣を振った。斬れはする。一体が煙になって消えた。だが、その煙が晴れる前に、瓦礫の隙間から新しい一体が這い出してくる。


「アオガッパ」


「アオガッパ」


「増えてません!? 増えてますよね!?」


「瓦礫の下から出てきてる!」


黒が答えた。三人とも剣は振れていて、振るたびに一体ずつ煙になる。それでも、数が減らない。


「上! 上が落ちます!」


白が誰にともなく叫んで、逃げ遅れた老人の腕を引いていた。剣を握ったままの手で、老人の肘を下から支えている。


「あんた、さっきからそればっかりじゃないですか!?ちゃんと戦えよ!」


「だって、人が!」


「そりゃそうですけど!」


そこへ巨体の腕が来た。三人がまとめて吹き飛ばされる。その三人の前へ、瓦礫を越えて緑が滑りこんだ。


「よいよい、よいぞォ」


巨体が笑った。


「我が名はホープケーン。無様によう転がってくれるわァ。もっと足掻けェ。もっと転がれェ。転がるほど旨くなるでなァ。──そうやって死ねェ、人間」


ジロウは足の下の床板を蹴った。


半分落ちた歩道橋が、蹴った反動でさらに傾いで軋む。跳んだ体は手すりを越えて弧を描き、巨体の背中の高さまで届いた。刃を先に当て、遅れて全体重を乗せる。両手で握った剣が、脂の膜を裂いて食い込んだ。膜の下は柔らかかった。手応えがなさすぎて、力の行き場がない。刃が沈むだけ沈んで、そこで止まった。


「ぐ、ぉっ」


巨体が身をよじる。振り落とされる前に、剣を引き抜いて背中を蹴った。その反動で後ろへ跳び、四人の前に着地する。


「遅くなりました」


「は? 誰だよ!」


黄色が、面の中から素っ頓狂な声を出した。


「三田です。……さっき、そこの席にいた」


三人が一斉に固まった。緑だけが、小さく肩を揺らした。


「あの、券売機の」


白が言った。


「そうです。さっきは、どうも」


「い、いえ、そんな」


「なんで今ごろ来るんですか、遅刻ですか!」


黄色が怒鳴る。


「すみません、外に友達がいて」


「いや、それは、しょうがないですけど」


自分も、加わってすぐに気づいた。斬れる。だが、減らない。一体を断つのに、振りかぶって、踏み込んで、抜けて、向き直る。そのあいだに二体が横をすり抜けていく。斬れる範囲が狭すぎるのだ。剣は一度に一体しか届かない。相手は一度に何体でも来る。


一本斬るごとに背中が空く。空いた背中を庇えば、正面が空く。庇い合っているうちに、全員が同じ場所へ寄っていく。寄れば寄るほど、外側をまとめて囲まれていく。


「店長! これ、どうすればいいんですか!」


叫んだ。通りの入口に立った店主の声が、五人の耳の内側に届いた。


『その剣は、それだけじゃない』


「え」


『麺だと思え。伸びる』


「伸びる!?」


『刃の節がそのためにある。手首で送れば、先が伸びて撓る。巻ける。締められる』


「そんなの、どうやって!」


『力を抜け。振り切ろうとするな。送るんだ』


黄色が剣を握り直した。一度、大きく振る。何も起きない。刃は刃のまま、空気を切っただけで戻ってきた。


「起きないんですけど!」


「力です! 力抜いてください!」


白が言った。


「これ以上どう抜くんですか!」


「握りしめてます! 肘まで固まってますって!」


白がもう一度言った。黄色が指を緩めた。握りが緩んだ分、剣の重心が手のひらの中で前へずれる。ずれた先端が、遅れて動いた。そのまま手首だけを前へ送る。


刃が──伸びた。


節と節のあいだが順に開いていく。根元から先へ、時間差で。刀身が二倍の長さになり、伸びきった先端が振り遅れて弧を描いた。その弧が、アオガッパ三体の足をまとめて払う。


「うおおおおっ!?」


「できてます!」


「できてる! 俺できてる!」


黄色が、そこで動きを止めた。剣を握ったまま、伸びきった刃の先を目で追っている。それから、足を払われて折り重なったアオガッパの方へ顔を向けた。


「伸びて、撓って……これ、巻けません?」


黄色が、白を指した。


「え、俺ですか」


「あんたが一番図体デカいでしょ。踏ん張り効くでしょ。あいつら全部まとめて縛ってください」


「縛るって、どうやって」


「知らないですよ! でも伸びるんでしょ!」


白が剣を見た。それから、群がってくるアオガッパの塊を見た。


「……やってみます」


白が前へ出て、剣を横に薙ぐ。力が抜けきっていないのか、伸びるのに一拍遅れた。それでも伸びた刃が、地面を這うように弧を描く。一体に絡んだ。二体に絡んだ。三体目は絡まず、輪の外へ逃げた。


「もう一回!」


返して、逆から巻く。逃げた一体の脚が、今度は捕まった。白が両足を踏ん張り、腰を落とす。


「引きます!」


刃を手前へ引いた。引ききれない。重い。踵が路面を掻き、アスファルトに二本の擦り跡が残る。それでも下がらなかった。腰から下だけが石になったように、そこで止まっている。


両手が塞がっている。


そう見えた瞬間には、もう動いていた。白の背後へ回り込み、左から寄ってきた二体を横薙ぎに払う。払った先で三体目が跳んだ。届かない。届かないなら、間に入る。肩で受けた。装甲越しに肋が鳴って、息が半分抜けた。それでも位置は譲らなかった。


「いいから引いてください!」


「全力です!」


絡まった三体が一箇所へ引き寄せられ、そこへ後ろから詰めてきた三体がぶつかる。六体が団子になり、互いの体が邪魔になって身動きが取れなくなった。


「よし、そこ動かないで!」


黄色が跳んだ。


「いくぞおおおお!」


刃を振り上げ、団子の真上から一気に振り下ろす。一撃で三体。刃が抜けきる前に手首を返して、二体。着地の勢いをそのまま前へ流し、踏み込んで、さらに一体。煙が六つ、まとめて噴き上がった。


「っしゃあ!!」


黄色が両手を突き上げた。


六体。こちらは一体斬るのに四つの動作をかけて、この場ではまだ二体しか減らしていない。同じ剣を握っているのに、刃を伸ばすことを考えもしなかった。


「見た!? 今の見ました!? 一気に六体っすよ六体!」


「……あの、急に軽くなったんですけど」


白が刃を握ったまま前のめりにたたらを踏んだ。巻いていた六体が消えて、引いていた力の行き場がなくなっている。


「あ、さーせん」


黒が、その隙に距離を詰めていた。伸ばした刃を巨体の足首へ低く巻きつけ、体重をかけて逆方向へ引く。


倒すつもりではない、と見えた。膝を折らせるつもりだ。


ホープケーンが片膝を落とした。膝が落ちた分、肩が下がる。その肩が、届く高さに来た。


「今です!」


緑が叫ぶ。足首を引く黒を残して、四人がそれぞれ前へ出た。


連携などなかった。黄色が真っ先に突っ込んで孤立し、白が半歩遅れ、緑が二人のあいだで足を止め、黒は足首を引いたまま舌打ちをした。自分は全部に間に合わせようとして、どれにも間に合わなかった。


それでも、空いた場所へ誰かが入った。ジロウは正面から入り、刃を肩へ叩き込む。膜が裂ける。裂けた場所へ黄色が伸ばした刃を差し込み、こじ開ける。閉じようとする脂を、緑が二本目の切れ目で分断した。白が剣の腹を当てて肩の膜を押さえ込み、黒が足首を引いて、巨体の重心を前へ倒す。打ち合わせたのではない。ただ、空いた場所へ順番に入っただけだった。それでも四本の刃が、初めて同じ裂け目を広げていた。


「ぬふ。ぬふふ」


垂れ続けていた脂が、体の表面で一度厚くなった。その膜の下で、輪郭が縮む。ホープケーンが崩れた壁の隙間へ体を引いた。


「ぬふ。脂が、ちいと薄うなったわァ」


「逃げる気か!」


「逃げはせん、逃げはせんとも。楽しみは残しておくものよ」


輪郭が、瓦礫の向こうへ消えた。追う余力は、誰にも残っていなかった。五人が瓦礫の上に座り込んだ。


---


「立て」


店主が瓦礫を踏んで歩いてくる。走ってきた様子はなかった。前掛けの紐が、歩くたびに腰の横で揺れている。


「まだ終わってない」


「あいつ、いなくなりましたけど。俺たちが強いから怖くなったんじゃねえの」


黄色が言った。声にまだ息が混じっている。


「逃げただけだ。あれは死んでいない。次は街を壊しに来るんじゃない。お前たちを始末しに来る。今日中と思っておけ」


「今日中!?」


「だから、その前に済ませることがある」


店主は五人の前に立って、順に指を差した。


「まず、名前だ」


「名前?」


「さっきの戦い、お前ら、互いを何と呼んでいた」


五人が黙った。あんた。そこ。今。


「呼べなければ、連携などできん」


店主は赤い装甲を指した。差した指の先が、まだ乾いていない脂で光っている。


「ブタレッド」


次に黄色。


「ニンニクイエロー」


緑。


「ヤサイグリーン」


白。


「アブラホワイト」


最後に黒。


「カラメブラック」


言い終えると、店主はもう次の話に移ろうとしていた。五人の誰も、何も言わなかった。言うだけの気力が残っていなかった。


「それからもう一つある」


店主が続けた。こちらの反応を待つ気配はない。


「五人まとめての呼び名だ。今日から、お前らは──増増戦隊デブラメンジャーだ」


誰も瓦礫から立ち上がらない。砕けたコンクリートの粉が、装甲の肩に薄く積もっていた。


「……は?」


黄色が、最初に声を出した。


「もう一回言ってもらっていいですか」


「増増戦隊デブラメンジャー」


「いや、聞こえてはいるんですよ。聞こえてはいるんですけど、なんですかそれ」


「デブラというのは、何の略なんだ」


黒が聞いた。


「デブラーメンだ」


「……聞かなければよかったな」


「あの、それ、名乗るんですか、俺たち」


白が言った。胸のあたりへ手が伸びかけて、装甲に当たって止まる。


「俺、営業なので。名刺の裏に書けないです」


「書くわけないだろ」


「じゃあ、まあ、いいんですけど」


黙っていた緑が、そこで小さく吹き出した。


「なんで笑ってるんですか」


「いえ。名刺の裏って」


「俺がバカでした」


「その名前を名乗る場面が来ないことを祈るよ、私は」


黒が言って、瓦礫から立ち上がる。膝の埃を、手のひらで二度払った。


黄色が口の中で一度だけ繰り返して、面の奥で顔をしかめたらしかった。


「話は、ここまでだ」


店主が背を向けた。


「聞きたいことが山ほどあるだろう。全部答える。店に今すぐ戻れ」


「まだ疲れてるんですけど」


「言っただろう。あれはきっと今日中に、また襲いに来る」


店主は崩れた歩道橋の向こう、ホープケーンが消えた瓦礫の隙間を見ている。


「それまでに、お前らは自分が何を背負ったのかを知っておかなければならん」


五人が顔を見合わせた。


人の引いた路地へ入って変身を解くと、裂けた指の腹がずきずきと痛み始めた。気づけばもう夜だ。汗の引いた背中から、一息に冷えていく。ポケットのスマホには、鷹志からの着信が四件溜まっていた。かけ直すと、呼び出し音が鳴り続けたまま留守番電話に切り替わる。ジロウはその手をポケットに入れた。


先の角を曲がった向こうに、戸の吹き飛んだ魁星があった。

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