第九杯目 ダイマシマシオー、始動②
救急車が三台来るまでのあいだに、五人は動けない人を歩道の内側まで運んだ。通りの人は怪我人の手当てに追われていて、五人に目を向ける者はいない。九時前に、魁星へ戻った。
先に店へ入った乃絵が、振り返ってジロウの腕を引いた。
「座って。水、入れるから」
ジロウはカウンターの端に腰を下ろして、自分の息が浅いのに気づいた。忍が隣の椅子に体を投げ出して、天井を見ている。
「あいつ、途中からジロウしか見てなかったよな。俺なんか街灯に叩きつけられて終わりだぞ。目も合ってねえ。腹立つわ」
「こっちは眼中になかった」
ひばりが答えた。入口脇に立って、右腕で脇腹を押さえている。柄を入れられたところだ。
「私ら四人、同時にかかったつもりで、届いた順に一人ずつ捌かれた」
「同時だったろ、あれ」
「揃ってたのは出だしだけだ。足の速さがばらばらだから、順番ができる。刀が折れても、また出す。どこから出てるのか分からない限り、何本折っても意味がない」
「じゃあどうすんの」
「今それを考えてるんだ」
千代太は少し離れた椅子に座った。大豚がジロウと千代太の前に丼を置く。
「食え」
ジロウは、いただきます、と口の中で言って箸を取った。そこで手が止まった。
誰がために振るう。
「三田くん」
乃絵が正面から覗き込んでいた。
「食べないと、力戻らないよ」
「……はい」
麺を持ち上げる。重い。
誰を守るのか、なぜ自分がやるのか。聞かれるまで、考えたこともなかった。
ひばりが入口脇から一歩出た。
「次は、あいつの前に立つのは一人だけだ。残りは周りから崩す」
「どこ行ったかも分かんねえのに」
忍が言うと、ひばりは短く答えた。
「あいつは街を斬るって言った。探すまでもない」
千代太が、ジロウの丼がまだ減っていないのを見て、鞄を取った。
「……俺、明日も外回りなんで。何か見たら連絡します」
ひばりが「頼む」とだけ返した。
千代太は引き戸に手をかけたところで、ジロウの方を振り返った。
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湯気の立つ玉座の間の中央に、ムサーシが片膝をついていた。
「五色の戦士、つまらぬ相手でした。ただ、レッドだけは面白い奴です」
玉座の上で、豚辱帝チャーシュ7世が指を組んだ。
「面白い、とは」
「剣を知っております」
玉座の脇から、ポパイヤーが進み出た。畳んだ翼の間に、分厚い巻物を抱えている。
「よろしいでしょうか。わたくし、これまでの戦の記録をすべて洗い直しました」
巻物が床に広がる。日付と、その日の戦の顛末が、びっしりと詰まっていた。
「まず、腕にさしたる差はございませぬ。あの五人、どれも素人に毛の生えた程度。誰が抜けておるということもない」
「では、何ゆえ我らが敗れる」
「……分かりかねます」
ポパイヤーが翼の先で巻物の端を押さえた。
「一度だけ、レッドの力が跳ね上がったことがございました。追い詰められた折にございます。ただ、あの日は戦が激しゅうございました。気の所為やもしれませぬ」
「気の所為か」
「おそらくは。腕にも力にも、差は見当たりませぬ」
「では、貴様は何を言いに出てきた」
「もうひとつございます」
ポパイヤーが巻物の別の箇所を翼の先で示した。
「あの五人、幾度も割れかけております。ブラックが抜けようとした日、ホワイトがこちらへ落ちた日。戦となれば足並みは揃わず、庇い合いも半歩ずつ遅れます。それでも、いまだに五人でおります」
「では何が支えておる」
「レッドにございます。号令をかけるでもなく、年嵩でもない。あれは頭ではございませぬ」
「頭でなければ、何だ」
「支柱にございます」
「ならばレッドから潰せ」
「いえ。四肢を削ぐのです」
ポパイヤーが巻物を巻き上げた。
「イエロー、グリーン、ホワイト、ブラック。この四つを、一人ずつ、レッドのおらぬ場所で折るのです。倒す必要はございませぬ。二度と隣に立てぬようにいたします」
「……胴だけを残せと」
「左様。胴だけになれば、レッドは一人で戦うほかございませぬ」
玉座の間の隅で、オベットが座り込んでいた。足元にアオガッパが一体、腹を裂かれて転がっている。オベットはその腹へ指を沈めては、掬ったものを黒い唇へ運んでいた。殻の白がいつもより濁っていて、肩のあたりから、向こうの松明の火が透けて見える。
オベットが指を止めて、小さく笑った。
「回りくどいわね」
「確実にございます」
「先日、あたしは五人まとめて相手にしたのよ。誰から潰すも何も、まとめて潰せばいいじゃない」
「その結果が、その肩にございましょう」
ポパイヤーが巻いたままの巻物で、オベットの肩を指した。透けた殻の向こうで、松明の火が揺れている。
「あの一戦から四日、喰らい続けておいでで、まだその有様にございます」
「仕方ないじゃない。雑魚とは出す力が違うのよ」
「ですから申し上げております。力を出しすぎれば、体を保っている分の神豚まで削れて、しまいには消えまする。並の個体がそれで消える分には構いませぬ。ですが、あなた様ほどの方が、戯れで消えては話になりませぬ」
オベットの指の先から、掬ったものが糸を引いて垂れた。
「戯れよ。あんな連中に、本気なんか出すもんですか」
「戯れにしては、高うつきましたな」
オベットが、足元のアオガッパへ指を沈め直した。
「あたしの心配? それとも、喰う分の心配?」
「両方にございます。あなた様が元に戻るまで喰らえば、ほかの方々の喰う分がなくなりまする」
床に転がっていたライースが跳ねた。表面から粒がこぼれる。
「ねえ、さっきの。けずるって、なに? てあしから、ちょっとずつ、ってこと?」
「そういう削り方でなくともよいのです。心を折れば、それで足ります」
「つまんない。ちょっとずつのほうが、ぜったいおもしろいのに」
ライースがその場でくるくると回った。
「ご随意に。折れさえすれば、やり方は問いませぬ」
チャーシュ7世が立ち上がる。
「よかろう。以後、四肢より削れ」
「仰せのままに」
ポパイヤーが頭を下げた。ムサーシも同じようにする。
「ムサーシよ。次は」
「一日、待ちます」
「どういうつもりだ」
「一日あれば、答えも出ましょう。それを聞いてから斬ります。街で人を斬っておれば、レッドは自分から来ます」
ムサーシが背を向けた。




