第八杯目 同じロットの仲間⑤
「……誰、ですか」
「オベット。イェケイの幹部よ。お前たちを潰す名前だから、覚えておきなさい」
オベットが千代太を見下ろした。
「使えなかったわね、お前。ゴクダクもよ」
ゴクダクが消えたあとには、割れた石畳と、根元から折れた噴水の柱だけが残っている。
「せっかく前橋千代太を持たせてあげたのに、食べた相手に腹を破られて終わり。みっともない」
五人が身を起こして、腕輪に食券を差し込んだ。
「マシマシチェンジ!」
オベットの首が左から右へ一人ずつ動いた。
「五人揃ってると、どれから壊すか選べていいわ」
レッドが踏み込み、豚斬包丁をオベットの首へ振った。刃が届く前に、オベットが腹の穴から白い玉を一つ抜いて放る。玉が破裂して、レッドは商店街の方まで弾き飛ばされた。
「三田くん!」
グリーンが射た。矢はオベットの胸に当たって跳ね返った。
「それ、届いてるつもり?」
オベットが歩きながら白い玉を三つ抜いて、三方へ投げた。イエローとブラックが転がり、グリーンの体が噴水の残骸にぶつかって止まった。
ホワイトが槌を振った。オベットが腕だけを後ろへ回して、殻の腕で槌を受け止めた。音ひとつ立たない。
「重いだけね」
オベットが槌の頭を指一本で押し返して、ホワイトの胸を軽く押した。ホワイトの体が宙を飛んで、花壇に落ちた。
五人とも、すぐには起き上がれない。オベットが広場の真ん中に立ち、両手を腹の穴へ肘まで入れた。
「ぐっちゃぐちゃにしてあげる。どれが誰の手だったか、分からないくらいに」
抜き出した玉は、さっきの五倍はあった。表面が薄く、中身が透けて揺れている。オベットがそれを振りかぶったところで、その目が向かいのビルのガラスで止まった。映っていたのは、殻だけの女だった。腹の穴の縁が乾いて、白く粉を吹いている。
「……チッ」
オベットが大きな玉を腹へ戻した。穴の縁に、わずかに湿りが戻る。
「この格好で長居するの、気に入らないのよ。お前たち相手に使い切るのも馬鹿らしいし」
口に手を当てて、あくびをする。殻の指が黒い唇に触れた。
「つまらない。次は順番にやるわ」
背を向けて、肩越しに五人を見る。
「一人ずつ、指から順に折ってあげる。首は最後よ」
オベットが夜空へ飛び去った。
九時を回って、五人は魁星に戻った。大豚が丼を五つ出す。千代太は箸に手を伸ばす前に、大豚の方を向いた。
「店長。全部話します。……俺に声をかけてきたのは、女の人でした。白いコートで、髪が長くて、人間にしか見えなかったです。その人に、ゴクダクを紹介されました。それと、さっきのオベット、俺の名前を知ってました。あの女の人、オベットに使われてたのかもしれません」
大豚が千代太の丼を、千代太の方へ押しやった。
「人間が手を貸しているのか。それとも、人に化ける個体がいるのか。……今は食え」
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翌週の月曜日、千代太は取引先の会議室に座っていた。もう二時間半になる。
「だから、そっちの都合でしょう」
先方の担当が、書類を机に放り出した。紙が散らばる。
「何度言えば分かるんですか。前の担当も、その前もそうだった。もう、よそに替えようかって話になってるんですよ」
「すみません」
千代太が書類をかき集めて、順番を揃えた。
「今の件、うちの管理部の都合です。おっしゃる通りです」
「分かってるなら」
「なので、来週から窓口を私に一本化させてください」
「は?」
「今、御社からの問い合わせが、うちの三つの部署にばらばらに届いてます」
千代太が手帳を開いた。付箋が何枚も貼ってある。
「先月だけで十四件ありました。中身は、ほとんど同じ話です」
先方の担当の視線が、手帳に落ちた。
「……十四?」
「はい。同じ話を十四回させてしまってます。誰だって怒ります。窓口を私一人にしてもらえれば、御社は一回話すだけで済みます」
三十分後、先方の担当が、窓口を一本にまとめる覚書に判を押した。
「前の担当は、謝るだけでしたよ。手間のかかることは誰も引き受けなかった」
「……すみません」
「謝らなくていい。君のね、誠意を感じました。よそに替える話は、なしにします」
頭を下げた千代太の手が、少し震えていた。
五時前、千代太は会社に帰って、課長の机に覚書を置いた。
「……あそこ、まとまったのか」
「はい」
「お前が?」
課長が覚書をめくって、最後の判を確かめた。
「どうやって」
千代太は自分の席に戻って鞄を置き、腕時計を見た。七時には魁星に着けそうだ。




