第八杯目 同じロットの仲間①
翌日の夕方、中休みの魁星に四人が集まっていた。
「で、どうすんの。あいつのこと」
忍がスマホの画面を親指で送りながら言った。
「放っとけばいいでしょ」
「探しに行きます」
「は? 向こうから出てったんだよ。しかも敵の側に。迎えに行く義理なんかないでしょ」
ひばりがノートを閉じる。
「同感だ」
「目黒さん」
「私たちに槌を向けてきた人間を連れ戻してやる理由がない」
乃絵がカウンターを叩いた。
「マジで、なんなんだよ」
吐き捨てて、舌打ちをする。
外で爆発音がした。ジロウが真っ先に引き戸を開けて飛び出し、三人が続く。四人は店の脇の路地へ回った。
「マシマシチェンジ!」
商店街の入口に、鍋に似た怪人がいた。肩から胸にかけて白い装甲が貼りつき、腕が六本ある。そのうち二本も同じ白でできていて、左の手首に黒い腕輪がはまっていた。
「昨日のやつだな。……だが、腕が増えている」
カラメブラックが銃口を上げた。ブタレッドは足を止めている。
「あの装甲……前橋さんの」
ゴクダクが白い手を一本持ち上げて、指をひらひら振った。
「そうやで」
「前橋さんをどうした!」
ゴクダクが白い手で胴を撫でる。
「ごっそさん」
二本の白い腕が振り上がった。
ニンニクイエローが真っ先に飛び込んだ。白い腕を潜って胴へ迫ったところで、残りの四本が一度に来る。二本はかわしたが、三本目に払われて後ろへ転がった。そこへ白い腕が落ちてくる。
「関内!」
ヤサイグリーンの矢が白い腕に当たって、弾かれた。
「硬いやろ。これ、装甲やもん」
ゴクダクが笑うと、胴の縁で白濁が跳ねた。
ブラックが胴へ四発撃ち込む。弾は白濁に沈んで、それきり出てこない。
レッドが跳んで、両手の豚斬包丁を胴へ振り下ろした。刃は半ばまで沈んで止まった。引き抜こうとしたところへ白い腕が来て、脇腹を打つ。柄にしがみついたレッドごと刃が胴から抜けて、商店街のシャッターまで飛んだ。
「三田くん!」
ゴクダクが六本の腕を広げた。
「四人でどうにかなる思てたん?」
「引くぞ!」
ブラックが撃ちながら下がる。レッドがシャッターの前から身を起こした。
「でも、前橋さんが!」
「この手数じゃ、こっちが食われる」
追ってくる白い腕へ、ブラックが続けざまに撃った。一発が肘の継ぎ目に入る。
「いった」
ゴクダクが別の腕で、白い腕の肘を押さえた。白い二本が、そのまま下へ垂れる。
「あかんわ。この体、まだ言うこと聞かへん」
ゴクダクは白い二本を引きずるようにして、路地の奥へ消えた。
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七時過ぎに、四人は魁星へ戻った。ジロウは脇腹を押さえている。
「あっ、お帰りなさい!」
果帆が厨房から顔を出して、四人のうしろを覗いた。
ひばりがキャップを脱いでカウンターに置き、ノートを開いた。右手を横へ伸ばす。指がカウンターの上で空をつかんだ。
「高木」
「はい?」
「……水は?」
「セルフですけど」
ひばりが伸ばした右手を引っ込める。
「……いや、そうか。そうだったな。取ってくる」
「あー、前橋さんが置いててくれてましたもんね〜」
立ち上がりかけたひばりが、果帆を見た。
「あの人、目黒さんが書いてるときは絶対話しかけないんですよ。黙って水だけ置いて、自分の席に戻るんです」
ひばりがコップを四つ取ってきて、カウンターの水差しから順に注いでいく。
「忍くんの上着もだよ。いつも隣の椅子に脱ぎ散らかすでしょ。床に落ちたの、前橋さんが毎回拾って畳んでたんだから」
「……マジ?」
「あれ、毎回全部やるの、けっこう面倒くさいですよ」
果帆はそう言って、厨房へ引っ込んだ。
厨房から大豚が出てきた。
「前橋はまだ生きてる。あの怪人の腹の中だ」
「食われたのに、ですか」
「消えてはいない。声が届けば、中から出てこられるかもしれん。その先は知らん」
大豚は厨房へ戻った。
「で、出してやんの? 売った奴を」
「生きてるんですよ」
「上着のことは知らなかったけど、それとこれとは別だろ。俺ら、何回囲まれたと思ってんだよ。ジロウは優しいから庇うんだろうけど、俺は無理」
ひばりがノートを閉じた。
「助けた途端に、また売られたらどうする」
乃絵がカウンターに両手をついた。
「さっきから思ってたんですけど。本当にいい加減にしてくれませんか」
「乃絵」
「裏切ったのは事実です。そこは私も庇いません」
「じゃあ」
乃絵が忍の方を向く。
「でも、前橋さんがなんでそうなったか、一度でも考えたことある?」
「え」
「関内、前橋さんに何て言ってきたか覚えてる?」
「……は?」
「覚えてないんだ。トロい。遅い。邪魔。全部あなたが言ったよね」
「はぁ!?」
「俺のせいって言いたいわけ? 売ったのはあいつだろうが!」
「うん」
忍がカウンターを叩いた。コップの水が跳ねてこぼれる。
「全部ほんとのことだろうがよ! 実際いつも後ろで突っ立ってたし! だいたいあいつ、最初から俺らの邪魔したかったんじゃねえの?」
「もういい」
乃絵が静かに言った。
「え」
「あなたの話、これ以上聞きたくない」
忍が絶句した。
「いや、待って」
乃絵はひばりの方へ向き直った。
「目黒さん。この中で一番年上ですよね。前橋さんより三つ上」
「……そうだが」
「前橋さんにヘラヘラするなと言ってましたね」
「卑屈なのが嫌いだと言っただけだ」
「同じことです。いい歳して、人に言っても良いことと悪いことの区別もつかなかったみたいですね」
乃絵がジロウを指した。ジロウの背筋が伸びる。
「三田くんなんか、まだ高校生ですよ。その子が、誰も庇わないときに一人で前橋さんを庇ってたんです。恥ずかしくないんですか」
「あの、小岩さん、そのへんで……」
その瞬間、乃絵の顔から険が消えた。
「……ごめんなさい。私も言いすぎました。熱くなっちゃって」
乃絵が鞄からノートを出す。
「でも、誰が悪いか言い合ってても、前橋さんは戻ってこないですよね。さっきの戦い、なんで負けたと思います?」
「腕が六本あったからだ」
「こっちが四人だったからです。四人とも、腕の相手で精一杯でした」
「だから前橋を助けろと? 誰が原因だろうと、奴自身の意思で裏切ったことに変わりはない。頭数が足りないなら、神豚の力を使える人間を店主に拾ってきてもらえばいい」
乃絵が首を振る。
「そうじゃないです。私たち、たまたま同じ日に同じ店にいただけじゃないですか。誰も選んでこうなったわけじゃない。でも、こうなった以上は助け合うしかないんです。代わりなんていないんだから。巻き込まれただけなのに、いちばん真面目にやってたの、前橋さんですよ」
ジロウが立ち上がった。
「前橋さん、戦う前にいつも一回、後ろ見てるんです。逃げ遅れた人がいないか確かめてから来るから、遅れるんです。この前もそうでした。お年寄り抱えて、路地の奥まで運んでて。それで遅れて、関内さんに怒鳴られてて」
忍が俯いた。
「俺、隣にいたのに、全然気づかなかったです。……前橋さんがいないの、嫌です」
ジロウが忍とひばりに頭を下げた。
「みんなで助けに行きましょう。お願いします」
忍が丸椅子を蹴るように立った。丸椅子が倒れる。
「ああもう、わかったって! 助けりゃいいんだろ、助けりゃ!」
「関内さん」
「言っとくけど、許したわけじゃねえからな! 売られたのはマジだし、腹立ってんのもマジだし! ……でも、まあ、その」
忍が頭を掻く。
「上着は、畳んでもらってたし」
「はい」
「……ちくしょう」
忍が丸椅子を起こして座った。
ひばりがノートを鞄にしまう。
「私も行く。代わりを拾ってくるより、前橋を救うほうが早い……それに、この事態に責任を感じないわけではない」
「はい!」
「作戦を立てるぞ」
ひばりが指でカウンターを叩いた。
「……課題はあの粘りの中まで声が届くのか、か。」
「届かねえだろ、あれ」
「一箇所だけ、届きそうなところがあります」
乃絵がノートを開いた。
「目黒さんの弾が肘の継ぎ目に入ったとき、あの怪人、そこだけ押さえてましたよね。白い装甲は硬いけど、板と板の継ぎ目は弱いんだと思います。剥がせば、たぶん中まで声が通ります」
「正面から狙えるのか」
「正面だと腕の陰になります。三田くんと関内で前から引きつけて、腕を全部そっちへ向けさせてください。私は後ろの高いところから射ます。目黒さんは白い腕を一本潰してください。二本とも動けると、矢を叩き落とされるので」
「剥がれたら、塞がる前に呼べばいいんだな」
「はい。粘りですぐ閉じるので、一瞬です」
厨房の奥の棚の陰で、電子音が鳴った。
「南口の広場だ。行け」




