第七杯目 裏切りのトッピング⑥
四人が降りたときには、千代太はもうそこにいなかった。
「逃げましたね」
「追いますか」
「無理だろう。この暗さだ」
アスファルトが割れ、街灯が二本倒れている。忍が倒れた街灯の根元を蹴った。
「俺、あの人のこと嫌いじゃなかったんすよ。嫌いじゃないけど、なんつーか、トロいもんはトロいって、言うじゃないっすか。戦いなんだから。言った結果がこれって、じゃあどうすりゃよかったんすか」
「知るか!」
苛立った様子でひばりが歩き出した。忍とジロウが続いた。乃絵は一度だけ、千代太が倒れていたあたりを振り返ってから、三人のあとを追った。
---
千代太は川沿いの土手に膝を抱えて座っていた。
「やあ」
千代太が顔を上げると、ゴクダクが立っていた。
「えらい目に遭うたなあ。見とったで、全部」
ゴクダクが隣に座って、四本の腕を膝の上で組んだ。
「あの紙な。落としてもうてん、うち。あれ、あかんかったな」
千代太がゴクダクの方を見た。
「……わざと、ですか」
「さあ」
「いやー、それにしても君、ロボットからも弾き出されてもうたな」
「……はい」
「悔しいわなあ。あれ、君のマシンやのに。勝手に持っていかれて外に放り出されてな。あの人ら、あの後君を拾いに来たか? 来てへんやろ。うち、ずっと見とったけど。誰も、そっち見いひんかったわな」
千代太は膝を抱えたままだった。
「前橋さん」
「……はい」
「弱いなあ、君」
千代太がわずかに顔を上げた。
「あんだけ啖呵切っといて、一人も倒せてへんやん。見てられへんわ」
千代太は口を結んで、ゴクダクを見上げた。
「まあ、しゃあないわな」
ゴクダクがいちばん上の腕を差し出した。先は指の形をしておらず、丸まって少し窪んでいる。
「君じゃ力が足らんねん、そもそも。うちやったら、強うしたるで。あんな腕輪の力より、ずっと強うな」
「あの、強くなったら……あいつらに勝てますか」
「勝てるで」
ゴクダクが窪んだ腕の先を千代太の前へ出した。
「あいつら、全員しばけるわ」
千代太はしばらく動かなかった。それから手を伸ばして腕の先を握った。
「よう出来ました」
「え」
「ええ材料や」
千代太の腕は引っ張られ、次の瞬間には四本の腕が千代太の肩と腰と両脚を同時に掴んでいた。左腕には腕輪がついたままだった。
「待ってください、話が」
「話は終わったで」
千代太の体が持ち上げられた。
「やめて、やめてください!」
「強うしたるって言うたやろ」
千代太は胴の中へ引き込まれていった。汁が足首から順に体を飲み込んでいく。
「強うするいうのはな、うちが君の力ごと取り込んだるってことやねん」
「うわああああっっ」
千代太の頭が汁の中に沈んで、表面が元の高さへ戻った。
ゴクダクの胴の縁が閉じた。肩と胸と腕が白い装甲で覆われる。
「濃厚なったわ。ごっそさん」
腕は六本に増えていた。増えた二本は白い装甲でできていて、先に指がある。その左の手首に、食券を差す穴の開いた黒い腕輪がはまっていた。
ゴクダクは白い二本の手を、握って、開いて、また握った。
「うん、ええな」
ゴクダクが胴の白い装甲に話しかけた。
「前橋さん。これで、強うなったやろ。あはは」
返事はなかった。ゴクダクは土手を下りていった。




