第七杯目 裏切りのトッピング⑤
厨房の奥で電子音が鳴ったのは、その二十分後だった。大豚が商店街の東の外れだと告げた。四人が着いたとき、通りの真ん中にダルマンとゴクダクが並び、その横に千代太が立っていた。
「前橋さん」
ジロウが呼んだ。千代太はジロウの方を見なかった。
「なんでそこにいるんですか。こっち来てください」
忍が前へ出た。
「この期に及んで怪人の味方かよ。なんとか言えよ!」
「うるさい」
千代太が小さい声で言った。
「え」
「うるさいです。さっきから、ずっと」
千代太が顔を上げた。
「トロいだの、陰キャだの、さんざんバカにしといてさ。今更被害者面か? ふざけんじゃねえぞ!」
「前橋さん!」
千代太が腕輪に食券を差した。
「マシマシチェンジ」
白い装甲が千代太を覆った。ホワイトは槌を呼び出して、四人の正面に立った。
「いいですよ、俺が悪者で」
「え」
ホワイトが槌を持ち上げた。槌の重みで、肩が一度沈む。
「俺、ずっとこうなりたかったんだ」
「何言って」
「真面目にやって、軽く見られるくらいなら」
「そんなこと」
「はじめから、悪者でいたかったんだよ!」
槌が路面を叩き割り、アスファルトが放射状に持ち上がった。
「おお、ええやん」
ゴクダクが四本の腕で拍手した。
「ほな、ダルマン、あとは白の人と頼むわ」
「承知しました」
「え、あなたは」
ホワイトがゴクダクを振り返った。
「うち、喧嘩は向いてへんねん」
ゴクダクは路地の奥へ下がっていった。
「マシマシチェンジ!」
四人が変身した。ダルマンが丸い体を揺すると、白い粒がまた路面に散らばった。踏めば、脂を踏んだように足が滑る。
「関内、まずダルマンからだ」
「分かってる!」
「前橋は後回しだ。先にダルマンを止める」
ホワイトが槌を肩に担いだまま言った。
「また後回しですか。いつもそうですよね、俺は」
「うわっ、っと!」
イエローが粒を踏んで転んだ。そこへホワイトが槌を振り下ろす。レッドが間に入って、豚斬包丁で受け止めた。
「っ、重い!」
「三田くん!」
「大丈夫です!」
「大丈夫じゃないですよね」
ホワイトは槌を引くと、今度はレッドの脇腹めがけて横に振った。受け止めたばかりで構え直す間がなく、槌はまともに入った。レッドは横へ飛ばされて、店のシャッターに背中から叩きつけられた。
「三田くん!」
イエローが右へ跳んで槌をかわした。跳んだ先に、もう粒が撒いてあった。
「うわっ」
グリーンの矢がダルマンの胴に刺さって止まった。
「浅いっ!」
グリーンが矢を番え直そうと下がった。三歩目の足が、粒を踏んだ。
「なんで」
「ずっと後ろで見てましたから」
「癖を読まれてるな」
ブラックが言った。銃口はダルマンに向けたままだった。
「読まれてるって、どうすんだよ!」
「いつもどおり右へ跳べ。着く先は私が空ける」
イエローが右へ跳んだ。跳ぶ先の粒をブラックの弾が先に弾き飛ばした。イエローは粒のない路面に着地して、そのままホワイトの懐へ踏み込んだ。スライサーがホワイトの槌に当たって、弾かれた。
「っ、重っ」
「力じゃ、俺に勝てませんよ」
「うるせえ!」
イエローがもう一度打ち込んだ。また弾かれ、三度目でスライサーの刃が槌の柄に食い込む。イエローが刃をひねると、柄が削れた。ホワイトが槌を持ち替えた隙に、グリーンの矢がその肩に当たった。
ブラックがダルマンの腹を狙って撃った。三発、四発。五発目で腹の一点が凹み、そこからこぼれていた粒が一瞬途切れた。
「そこか」
「あっ、そこはやめてください」
ブラックは同じ一点に撃ち込み続けた。ダルマンの体から、粒がこぼれなくなった。
「今だ!」
イエローが走った。
「ガーリックミンス!」
スライサーの刃がダルマンの胴に入って回り、切り口から白い粒がこぼれ落ちた。
「ベジタブルピアース!」
光の帯が裂け目を貫いて、ダルマンを路面に縫い止めた。とどめを刺しに跳んだレッドの足を、横から来た槌が空中で払った。
「っ」
レッドが落ちた先に、ホワイトが立っていた。槌が上がる。
「三田くん!」
グリーンの矢がホワイトの肩に当たって、槌が逸れた。ホワイトがグリーンの方を向いた。
「……小岩さんも、撃つんですね」
レッドがそういう間に、グリーンは、次の矢を番えていた。
「くっ……こうなったら!」
矢がもう一本飛んだ。ホワイトがそれを槌で払った隙に、レッドはダルマンの懐へ潜り込んだ。縫い止められた丸い体の下へ刃の腹を差し入れ、すくい上げて仰向けに返す。
「天地返し!」
レッドは倒れた胴へ跳んで、豚斬包丁を振り下ろした。丸い胴が縦に割れて、黒い煙になって散った。
やがてその黒い煙が地面で渦を巻いて膨らみ、商店街のアーケードの屋根を越えて立ち上がった。ダルマンが巨大化した。
「一度、殺されたんですよ、私。困るんですよ、予定にないことは!」
四人は腕輪の「大」のボタンを押し、大きくなった食券を頭上に掲げた。食券は指を離れて、赤、黄、緑、黒の四つの機体の形を取った。
「白がいない! 右脚が足りない!」
「そりゃそうでしょ」
ホワイトも同じように食券を掲げた。ラードエクスプレスは四機と巨大なダルマンのあいだへ走り込み、そこで停まった。
「前橋さん、どいてください!」
レッドが叫んだ。
「やだね」
「どけって言ってんだよ!」
白い機体が、四機の前で車体を横に振って道を塞ぐ。
「これじゃ合体できません!」
『落ち着け』
大豚の声がコクピットに入った。
『四人でもマシマシオーへの合体はできる』
「え」
『マシマシオーは神豚の力で動く。四人の力を合わせれば、あいつ一人の力より強い。あいつの機体ごと合体に引っ張りこめる』
「やります」
レッドが言った。操縦桿を、両手で握り直す。
「みなさん、力を貸してください」
「どうやって!」
「よくわからないですが根性です! 絶対負けないって思ってください!」
「適当すぎるだろ!」
四人が差込口の食券に手を当てた。四枚の食券が光ると、白い機体が揺れて、車体が路面から浮いた。
「なんだこれ、動かねえ!」
車体が路面を削りながら、四機の方へ引き寄せられていく。
「やめろ! 離せ!」
四人が操縦桿を握り直した。
「増増合体!」
マシマシオーが通りに着地した。組み込まれた右脚の操縦席から、ホワイトが外へ飛び出した。高い脚から路面に叩きつけられて転がり、そこで変身が解けた。
「……くそ」
千代太は肘をついて起き上がろうとしたが、肘が崩れた。
コクピットの表示に、出力 89% と出た。
「……八十九? 一人抜けて、まだ八十九あんの?」
イエローが表示を見たまま言った。
「前橋の分は、十一だったということだ」
ブラックが言った。
「ほらな」
イエローが操縦桿を握り直す。
「やっぱ雑魚だったんじゃん、あいつ」
「関内。今、その十一が足りなくて困ってるんでしょ」
「困ってねえってとこ見せてやるよ」
「今は後だ。来るぞ」
マシマシオーが巨大なダルマンの撒いた粒を踏んだ。
「アブラ、カラメ、マシマシ!」
イエローが叫んだ。腕から熱が抜けて、脚に移る。滑る足を踏ん張ったが、持ちこたえられなかった。
「っ、力が足りない!」
「押し返してください!」
「いやいや、押し返してるって!」
マシマシオーの足が粒で滑って、二歩押し流された。そこへ巨体の腕が落ちてきて、受けた左膝が路面を割った。
「大きいと、撒ける量も段違いですね。予定以上です」
「押し返せません!」
「押し返すな。足元は粒だ。横へ滑って、向こうに空を押させろ」
ブラックが言った。
マシマシオーが腕を受けたまま左へ滑った。押していた相手がいなくなって、巨体が前へつんのめる。
「おっと、そっちに逃げますか」
「今です!」
マシマシオーがオーションカリバーを振り下ろした。一度目で、粒を撒く口を潰す。
「あっ、そこは、困ります!」
「粒、止まりました! 立てます!」
二度目で胴が裂ける。太麺の刃が白く光り始めた。
「ヌードルドライブ!!」
三度目で胴が割れた。
「この敗北は、予定に、ありません……」
割れた巨体は崩れ落ち、黒い煙になって通りいっぱいに広がった。煙が晴れたあとには、割れたアスファルトだけが残っていた。
「降りるぞ」
ブラックが操縦桿から手を離した。




