第七杯目 裏切りのトッピング②
その翌日の夕方にもアオガッパは襲来した。今回は五体いたが、囲まれることはなかった。
「これ、いけますよ」
「油断するな」
レッドが先に出て、三人が続く。アブラホワイトだけが遅れて、通りの端へ回った。
イエローは左腕のスライサーだけを構えていた。正面の一体が、空いている右から腕を振り下ろした。
「うおっ!」
右腕では受けられず、イエローはそのまま路面を転がった。
「関内!」
グリーンが矢を番えて下がろうとしたが、捻った足首がついてこない。そこへ一体が回り込んだ。
「小岩さん!」
レッドが割り込んで、振り下ろされた腕を豚斬包丁で受けた。横からもう一体の腕が、亀裂の入った背中に落ちた。
「っ」
背中の装甲の亀裂が肩まで走って、襟の継ぎ目で止まった。
「三田くん!」
「平気です!」
ホワイトは通りの端にいた。槌を腕輪へ戻し、逃げ遅れた老人を抱えて路地の奥へ運んでいる。戻ってきたときには、押し合いになっていた。
「前橋さん、遅えよ! どこ行ってたんだよ!」
最後の一体は、ブラックが撃ち抜いた。
五人は人のいない路地へ入って、変身を解いた。
「……なあ。あいつら、俺の右ばっか狙ってきたよな」
「小岩の足もだ。怪我したところばかり狙われた」
「アオガッパって、アオガッパしか言わないっすよね。誰が教えてんすか」
「前にやり合ったのも、アオガッパだ。あいつら同士では、あれで話が通じているのかもしれないな」
千代太は四人から少し離れたところに立っていた。
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翌日の夕方、駅の南の裏通りに怪人が出た。五人は物陰で変身して通りへ出た。丸い怪人が真ん中をゆっくり歩いている。たとえるなら、だるまだった。歩くたびに脂に似た白い粒が体からこぼれ落ちる。路面はもうその粒で白くなっていた。
「っ、うわ!」
イエローが粒を踏んで転んだ。起き上がろうとついた手も、粒で滑る。レッドが駆け寄って、イエローの左腕を肩に回した。
「こっち! 路地は粒がない!」
グリーンが叫んで、四人は路地へ走り込んだ。ホワイトは通りに残って、逃げ遅れた人を店の中へ押し込んでいた。路地の先は、工事の仮囲いで塞がれていた。
「行き止まりかよ!」
路地の入口に、ダルマンが立った。
「そこ、行き止まりですよ。あ、申し遅れました。ダルマンです」
ダルマンが一歩ずつ路地へ入ってくる。歩いたあとから、路地の路面も白くなっていった。
「先月から工事に入ってますので。ご存じなかったですか。裏の通りも、今日は資材で塞がってます。十六時から十八時までですね」
「時間まで知ってんのかよ!」
「下見しましたので」
仮囲いは二メートル半あった。変身していれば跳べる高さだが、粒はもう足元まで来ていて、踏み切ろうとすると足が滑る。
「足、乗せてください!」
レッドが仮囲いの前で手を組み、まずイエローを押し上げた。続いてグリーンがその手に足を乗せ、仮囲いの上の縁に手をかけた。
「乃絵、掴め!」
仮囲いの上のイエローが、左腕一本でグリーンを引き上げる。ブラックは撃ちながら、近づいてくるダルマンを食い止めていた。
「三田、登れ」
「目黒さんが先です」
「私が撃つのをやめたら、あれが寄ってくる。登れ」
上からイエローとグリーンが身を乗り出して、レッドの両腕をつかみ、仮囲いの上へ引き上げた。ブラックは撃つのをやめて、仮囲いの下へ駆け寄った。レッドが上から手を伸ばす。その手をつかむ前に、ブラックの足が粒で滑った。ブラックは仮囲いの下に倒れた。
「目黒さん!」
「いい。行け」
そこへダルマンの脇をすり抜けて、ホワイトが走ってきた。仮囲いの下で手を組む。
「……前橋」
「乗ってください」
ブラックがその手を踏んで縁をつかみ、レッドに引き上げられて向こう側へ飛び降りた。
ホワイトが一人残った。背伸びして縁に指をかけ、腕の力だけで体を引き上げる。下で、ダルマンが丸い体を仮囲いに押しつけていた。
「越えられちゃいましたか。下見が足りませんでしたね」
ホワイトが向こうへ降りたとき、四人はもう通りの先を走っていた。
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翌日の夜、魁星に五人が揃うと、ひばりがノートをカウンターに置いた。
「調べた。怪人が出た六か所だ」
ひばりがノートを開く。見開きに地図アプリの画面を刷ったものが六枚貼ってあった。
「どこも、袋小路か、出口が一つしかない場所だ。それに、もう一つ揃っている」
「もう一つ?」
「人がいなくなったばかりの場所だ。三か所は、テナントが抜けて二か月以内。二か所は、取り壊しが決まって、もう誰もいない。残る一か所は、搬入の時間だけ人が出入りして、あとは誰も通らない裏口だ」
ひばりがノートを閉じた。
「歩いただけでは、ここまでは分からない」
忍がカウンターを見たまま言った。
「歩いただけじゃ分かんないって、今言いましたよね」
「言った」
「じゃあ、怪人はどうやってそれを知ったんすか」
「それが分からない」
忍がカウンターに左の肘をついて、身を乗り出した。
「目黒さん。あんた、俺らのこと誰かに喋ってねえか」
「関内さん!」
ジロウが立ち上がった。丸椅子が後ろへ滑った。
「いや、聞いてんだよ」
忍はひばりを見たままだった。
「ラーメン屋回るとか言って、毎日一人でどっか行ってんじゃん。どこで誰と会ってるか、俺ら知らねえし」
ひばりはノートの上に手を置いたままでいた。
「ブログやってんだから、いろんな人脈あるんでしょ。それに最初、戦うのめちゃくちゃ嫌がってたよな」
そのとき千代太が丸椅子を鳴らして腰を浮かせた。四人がそちらを見た。
「前橋さん?」
「……目黒さんは、その」
千代太はそこで言葉を止めて、座り直した。
「……いえ。なんでもないです」
「もういい」
ひばりがノートを脇に挟んで立ち上がった。
「は?」
「好きに疑え」
「待って、そうじゃなくて」
「弁明するつもりはない」
「なんでだよ!」
「目黒さん!」
ジロウが追いかけようとした。カウンターの角に腰が当たって、コップが倒れかける。
「三田、どけ」
「嫌です。話してください。誤解なら、話せば」
「何を言っても、時間の無駄だ」
ジロウは出しかけた手を止めた。それから店の中を見回した。忍を見て、乃絵を見て、最後に千代太を見た。
「誰でもいいんです。目黒さんじゃないって、誰か言ってください」
ジロウと目が合うと、千代太は手元のコップに目を落とした。
「前橋さん」
「……はい」
「前橋さんは、どう思いますか」
コップを握る千代太の指に、力が入った。
「前橋さん?」
「……分からないです」
「そうですか」
ジロウが千代太の方を向いているうちに、ひばりは引き戸を開けて出ていった。
「おい、まだ話終わってねえだろ!」
忍がそのあとを追って出ていった。厨房で大豚が寸胴の蓋を閉めた。
乃絵は鞄を取って、立つ前にカウンターのコップを三つ重ねた。
「じゃあ、私も帰りますね」
「はい」
乃絵が出ていく。千代太はコップを持ったまま座っている。ジロウがその隣に座る。
「目黒さん、大丈夫ですかね。俺、追いかけた方がよかったですかね」
千代太は、コップを見たままだった。
「前橋さん?」
「あ、すみません。……何でしたっけ」
「いえ。前橋さんこそ、大丈夫ですか」
「大丈夫です」
千代太はコップを集めて立ち上がり、カウンター越しに厨房へ返そうとして手を止めた。そのままカウンターの縁に手をついて、長い息を吐いた。
「あーっ、前橋さん!」
三角巾を少し曲げたまま、果帆が厨房から飛び出してきた。
「それ、あたしやりますよ!」
「あ、いえ」
「いいですって! それあたしの仕事なんで!」
「……すみません」
「謝らないでください!」
果帆がコップを抱えて厨房へ戻っていった。千代太は鞄を取り、ジロウに小さく頭を下げて、店を出ていった。




