第六杯目 アブラはヌキで⑤
「なんで僕が死んでんの! ずるいよ、寄ってたかって!」
「腕輪のボタン!」
五人は腕輪の「大」のボタンを押し、大きくなった食券を頭上に掲げた。食券は指を離れて、五つの機体の形を取る。
「増増合体!」
マシマシオーが通りに着地して一歩目でよろけた。
「あれ」
「今の一歩、誰が出しました?」
「俺です」
「私もだ」
「じゃあ二歩分出てんじゃん!」
「前橋さん、合わせてください!」
「合わせてます!」
ホワイトは操縦桿を握って動かしているのに、機体は半拍遅れてついてくる。いつもなら腹の底から上がってくる熱が、今日は薄い。
「すみません」
「謝ってる場合じゃないですって!」
「潰れちゃえ! 全部、潰れちゃえ!」
巨大な腕が、上から落ちてきた。
「右へ!」
四人が、機体を右へ動かした。ホワイトも右へ動こうとして、その先にビルがあるのに気づいた。中に人がいるかもしれない。一瞬迷って右脚を左へ出すと、機体がねじれてその場で止まった。そこへ腕が落ちた。肩に当たって、機体が横倒しになった。
「っ、くそ!」
「今、誰が左に!」
「……俺です」
「なんで!」
「ビルが、あって」
「このへんの人は、もう逃げてます!」
グリーンが初めて声を荒らげた。
「すみません」
「……いえ」
グリーンが息を吸った。
「今のは、私も言い方が」
「立ってください、来ます!」
四人分の力で機体を起こしかけたところへ、二度目の腕が落ちてきた。受けた膝が路面を割る。三度目も受けた。受けるたびに、装甲が削れていく。
「今、立って!」
機体が立ち上がり、三歩踏み込んだところでオーションカリバーが膝に届いた。刃が入る。
「もう一回!」
「痛ぁっ! それやめてって言ったじゃん!」
二度目で膝が緩み、三度目で砕けて、巨体が片膝を落とす。太麺の刃が、白く光り始めた。
「ヌードルドライブ!!」
マシマシオーが刃を立てて、上から振り下ろした。巨大な胴が縦に割れる。
「……く、くそぉ……僕が、半分こにされるなんてぇ」
「勝ちましたね」
「うるさい。降りるぞ」
四人が次々に降りていき、ホワイトが最後に降りた。機体はもうなかった。路面に、膝の形にめり込んだ跡が二つ残っていた。
裏の路地で変身を解いて通りへ戻ると、先を歩いていた乃絵が振り返った。
「前橋さん、お疲れさまですー」
「……はい」
「今日、ちゃんと散らばれてましたよねー」
「あ、はい」
「よかったー」
「あの、俺、今日はそれしかしてないです」
乃絵の足が、止まった。
「それしかって?」
「後ろで見てただけです。呼ばれて走ったときには、もう終わってて」
「……あー、そうですねー。でも、当たらなかったのはよかったですよー」
「はい」
「前橋さんが当たったら、みんなで助けに行かなきゃだし」
「……はい」
乃絵は、先に歩いていった。
「前橋さん、お疲れ」
忍が横を通った。
「今日、機体の動き重かったじゃん。どっか具合悪いの?」
「……すみません」
「いや、謝んなくていいけど」
忍はそのまま歩いていき、千代太はそこに立っていた。
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「俺なんか、いない方がよかったんです」
喫茶店で、千代太は言った。席に着くなり、今日の戦いのことを全部話してしまっていた。怪人のことも、五人のことも、作戦のことも。誰にも言うなと言われていたことまで、つい口から出ていた。
「そんなことないでしょう」
「あります。今日は四人で片付いて、俺は何もしていません。大きいのと戦ったときも、俺のところだけ力が入らなくて、みんなに無理をさせました」
女はしばらく黙ってから、コーヒーカップを置いた。
「さっきの作戦、四人で組んであったんですよね。囮が一人、撃つ人が一人、助けに入る人が一人、後ろで抑える人が一人」
「……はい」
「それで、前橋さんの役は?」
「予備です」
「五人しかいないのに、一人を予備にするんですか」
千代太は答えられなかった。
「最初から、前橋さんを数に入れていないんじゃないですか」
千代太は動けなかった。
予備と言われたとき、千代太は、大事な役なのだと思うことにした。そう思わないと、その場に座っていられなかった。だが今日、ひばりが千代太を呼んだのは、戦いが終わったあとだった。忍が捕まったときは走り出したが、三歩で止められた。
「いや、でも、それは俺がちゃんとできなかったからで」
「じゃあ、一つだけ聞かせてください」
女はまっすぐ千代太を見た。
「予備だと決まったとき、前橋さんの味方をした人はいましたか」
千代太は、魁星での話し合いを思い出した。乃絵が身を乗り出して何か言いかけたが、忍に脇腹を小突かれて黙った。ジロウは卓の木目を見ていた。ひばりはそのまま話を進め、大豚も何も言わなかった。
「一人、言いかけてくれた人はいました」
「最後まで言ってくれました?」
「……いえ」
「なぜだと思います?」
「たぶん、話を止めたくなかったんだと思います」
「そうでしょうか」
女は、首を傾げた。
「言い出した人がいて、止めた人がいて、止められて引き下がった人がいる。ほかの人は、何も言わなかった。四人とも同じことを思っていたから、そうなるんですよ。一人でも違うことを思っていたら、誰かが言っています」
千代太はカップに手をかけたまま止まっていた。
「あの人たち、前橋さんのことを邪魔だと思ってますよ」
「そんなことは」
「ないですか? じゃあ、なぜ誰も何も言わなかったんです?」
千代太は膝の上で拳を握った。ジロウは真面目だし、乃絵は気を配る人だし、忍は口が悪いだけで、ひばりは言い方がきついだけだ。言い返す言葉は浮かぶのに、口から出なかった。
「すみません、意地悪でしたね」
女が言った。
「でも、私は前橋さんが悪いとは思わないんです。前橋さんが悪いんじゃない。あの人たちが、前橋さんを数に入れていないだけ」
千代太の目頭が熱くなった。会社でもそうだった。作った資料は課長の名前で出た。会議で言ったことは拾われなかった。飲み会では、いると場が沈むと言われた。魁星でも、丼を台へ上げ、卓を拭き、水を足しても、誰も何も言わなかった。ジロウが「助かってます」と言ったことはある。何に助かっているのかは、言わなかった。
「……あの」
「はい」
「俺、いつも先に着くんです」
「先に?」
「はい。集まる場所に。誰よりも早く行って、丼を片付けて、カウンターを拭いて、みんなの分の水を注いでおくんです」
「そうなんですか」
「そうすると、みんなが来たときに、すぐ話が始まるので。それが、嬉しかったんです。今までは」
「今は?」
答えられなかった。
それから千代太は、会社のことも、魁星のことも、思いつくまま喋った。女は一度も遮らずに最後まで聞いてから、静かに言った。
「大変だったでしょう。ずっと一人で抱えて。……よく、我慢されましたね」
千代太は唾を一度飲み込んだ。我慢していた、という自覚はなかった。誰かがやらないといけないことがあって、自分がやれば済むなら、やればいい。それだけのことだと思っていた。そう言われてみると、そうだったような気がしてくる。
「ありがとうございます」
千代太が深く頭を下げるのを、女は何も言わずに見ていた。




