↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/53

第六杯目 アブラはヌキで⑤

「なんで僕が死んでんの! ずるいよ、寄ってたかって!」


「腕輪のボタン!」


五人は腕輪の「大」のボタンを押し、大きくなった食券を頭上に掲げた。食券は指を離れて、五つの機体の形を取る。


「増増合体!」


マシマシオーが通りに着地して一歩目でよろけた。


「あれ」


「今の一歩、誰が出しました?」


「俺です」


「私もだ」


「じゃあ二歩分出てんじゃん!」


「前橋さん、合わせてください!」


「合わせてます!」


ホワイトは操縦桿を握って動かしているのに、機体は半拍遅れてついてくる。いつもなら腹の底から上がってくる熱が、今日は薄い。


「すみません」


「謝ってる場合じゃないですって!」


「潰れちゃえ! 全部、潰れちゃえ!」


巨大な腕が、上から落ちてきた。


「右へ!」


四人が、機体を右へ動かした。ホワイトも右へ動こうとして、その先にビルがあるのに気づいた。中に人がいるかもしれない。一瞬迷って右脚を左へ出すと、機体がねじれてその場で止まった。そこへ腕が落ちた。肩に当たって、機体が横倒しになった。


「っ、くそ!」


「今、誰が左に!」


「……俺です」


「なんで!」


「ビルが、あって」


「このへんの人は、もう逃げてます!」


グリーンが初めて声を荒らげた。


「すみません」


「……いえ」


グリーンが息を吸った。


「今のは、私も言い方が」


「立ってください、来ます!」


四人分の力で機体を起こしかけたところへ、二度目の腕が落ちてきた。受けた膝が路面を割る。三度目も受けた。受けるたびに、装甲が削れていく。


「今、立って!」


機体が立ち上がり、三歩踏み込んだところでオーションカリバーが膝に届いた。刃が入る。


「もう一回!」


「痛ぁっ! それやめてって言ったじゃん!」


二度目で膝が緩み、三度目で砕けて、巨体が片膝を落とす。太麺の刃が、白く光り始めた。


「ヌードルドライブ!!」


マシマシオーが刃を立てて、上から振り下ろした。巨大な胴が縦に割れる。


「……く、くそぉ……僕が、半分こにされるなんてぇ」


「勝ちましたね」


「うるさい。降りるぞ」


四人が次々に降りていき、ホワイトが最後に降りた。機体はもうなかった。路面に、膝の形にめり込んだ跡が二つ残っていた。


裏の路地で変身を解いて通りへ戻ると、先を歩いていた乃絵が振り返った。


「前橋さん、お疲れさまですー」


「……はい」


「今日、ちゃんと散らばれてましたよねー」


「あ、はい」


「よかったー」


「あの、俺、今日はそれしかしてないです」


乃絵の足が、止まった。


「それしかって?」


「後ろで見てただけです。呼ばれて走ったときには、もう終わってて」


「……あー、そうですねー。でも、当たらなかったのはよかったですよー」


「はい」


「前橋さんが当たったら、みんなで助けに行かなきゃだし」


「……はい」


乃絵は、先に歩いていった。


「前橋さん、お疲れ」


忍が横を通った。


「今日、機体の動き重かったじゃん。どっか具合悪いの?」


「……すみません」


「いや、謝んなくていいけど」


忍はそのまま歩いていき、千代太はそこに立っていた。


---


「俺なんか、いない方がよかったんです」


喫茶店で、千代太は言った。席に着くなり、今日の戦いのことを全部話してしまっていた。怪人のことも、五人のことも、作戦のことも。誰にも言うなと言われていたことまで、つい口から出ていた。


「そんなことないでしょう」


「あります。今日は四人で片付いて、俺は何もしていません。大きいのと戦ったときも、俺のところだけ力が入らなくて、みんなに無理をさせました」


女はしばらく黙ってから、コーヒーカップを置いた。


「さっきの作戦、四人で組んであったんですよね。囮が一人、撃つ人が一人、助けに入る人が一人、後ろで抑える人が一人」


「……はい」


「それで、前橋さんの役は?」


「予備です」


「五人しかいないのに、一人を予備にするんですか」


千代太は答えられなかった。


「最初から、前橋さんを数に入れていないんじゃないですか」


千代太は動けなかった。


予備と言われたとき、千代太は、大事な役なのだと思うことにした。そう思わないと、その場に座っていられなかった。だが今日、ひばりが千代太を呼んだのは、戦いが終わったあとだった。忍が捕まったときは走り出したが、三歩で止められた。


「いや、でも、それは俺がちゃんとできなかったからで」


「じゃあ、一つだけ聞かせてください」


女はまっすぐ千代太を見た。


「予備だと決まったとき、前橋さんの味方をした人はいましたか」


千代太は、魁星での話し合いを思い出した。乃絵が身を乗り出して何か言いかけたが、忍に脇腹を小突かれて黙った。ジロウは卓の木目を見ていた。ひばりはそのまま話を進め、大豚も何も言わなかった。


「一人、言いかけてくれた人はいました」


「最後まで言ってくれました?」


「……いえ」


「なぜだと思います?」


「たぶん、話を止めたくなかったんだと思います」


「そうでしょうか」


女は、首を傾げた。


「言い出した人がいて、止めた人がいて、止められて引き下がった人がいる。ほかの人は、何も言わなかった。四人とも同じことを思っていたから、そうなるんですよ。一人でも違うことを思っていたら、誰かが言っています」


千代太はカップに手をかけたまま止まっていた。


「あの人たち、前橋さんのことを邪魔だと思ってますよ」


「そんなことは」


「ないですか? じゃあ、なぜ誰も何も言わなかったんです?」


千代太は膝の上で拳を握った。ジロウは真面目だし、乃絵は気を配る人だし、忍は口が悪いだけで、ひばりは言い方がきついだけだ。言い返す言葉は浮かぶのに、口から出なかった。


「すみません、意地悪でしたね」


女が言った。


「でも、私は前橋さんが悪いとは思わないんです。前橋さんが悪いんじゃない。あの人たちが、前橋さんを数に入れていないだけ」


千代太の目頭が熱くなった。会社でもそうだった。作った資料は課長の名前で出た。会議で言ったことは拾われなかった。飲み会では、いると場が沈むと言われた。魁星でも、丼を台へ上げ、卓を拭き、水を足しても、誰も何も言わなかった。ジロウが「助かってます」と言ったことはある。何に助かっているのかは、言わなかった。


「……あの」


「はい」


「俺、いつも先に着くんです」


「先に?」


「はい。集まる場所に。誰よりも早く行って、丼を片付けて、カウンターを拭いて、みんなの分の水を注いでおくんです」


「そうなんですか」


「そうすると、みんなが来たときに、すぐ話が始まるので。それが、嬉しかったんです。今までは」


「今は?」


答えられなかった。


それから千代太は、会社のことも、魁星のことも、思いつくまま喋った。女は一度も遮らずに最後まで聞いてから、静かに言った。


「大変だったでしょう。ずっと一人で抱えて。……よく、我慢されましたね」


千代太は唾を一度飲み込んだ。我慢していた、という自覚はなかった。誰かがやらないといけないことがあって、自分がやれば済むなら、やればいい。それだけのことだと思っていた。そう言われてみると、そうだったような気がしてくる。


「ありがとうございます」


千代太が深く頭を下げるのを、女は何も言わずに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。