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第六杯目 アブラはヌキで③

三日後、怪人が出た。魁星から大豚の知らせを受けて、五人は商店街へ走った。入口のアーケードの支柱が二本、上から叩かれて路面にめり込んでいる。その先に、怪人が立っていた。


「……で、でかい」


ジロウが言った。四メートル近い。胴は巨大な寸胴に似ていて、縁の内側で白い脂が揺れていた。腕が異様に太く、地面に届くほど長い。五人は、シャッターの下りた店の陰へ入って、食券を腕輪に差し込んだ。


「マシマシチェンジ!」


五人が通りに並んだ。両側の店は、どこもシャッターを下ろしている。


「おおっと」


「あっ、来た」


それから笑った。胴が上下に揺れて、脂が縁まで来た。


「来ちゃった。来ちゃったよこの人たち。えー、勇気ある。ふははは」


「あのね、僕、バンカラン。角煮のバンカランね。角煮って分かる? 豚の角煮。うまいよ」


持ち上げた腕の先に、角煮に似た褐色の塊がいくつも乗っていた。どれも人の頭ほどある。


「これね、僕の角煮。重いの。当たると痛いよ。ほら」


塊が一つ落ちて、通りの路面が円く陥没した。


「ね! ね! すごくない?」


バンカランが手を叩く。太い腕がぶつかって、腹に響く音がした。


「僕もね、初めてやったとき自分でびっくりしたもん。え、こんな凹むのって。ふははは」


「こいつ」


「あとね、これもあるの」


胴の口から、背脂に似た白い脂が噴き出した。路面に落ちて粘りながら広がり、そこで固まる。


「これを下に敷いて、上から角煮を乗せるの。挟むんだよ。サンドイッチ。ふはは」


「子供だましか」


「ひどい! 技だよ、これ! 技!」


そう言って、また笑った。笑うたびに、胴の中の脂が跳ねた。


「ねえねえ、君たちさあ」


胴を、こちらへ傾けてくる。中の脂が、縁まで寄った。


「五人でしょ。五人って多くない? 多いよね。え、多くない?」


「知るか」


「多いよ。だって僕、一人だもん。一人だよ? ふはは。あ、でも僕、でかいから。でかいってことは一人で二人分ってこと? じゃあ二人か。……いや三人はあるな。三人だとしても二人足りないじゃん。あははは」


「うるせえな!」


ニンニクイエローが叫んだ。スライサーの先が地面を指したまま、震えている。


「あ、怒った。怒っちゃった。ふははは」


「おい」


イエローが、首だけを後ろへ回した。


「こいつ、絶対潰そう」


「同感だ」


「珍しいですね、意見が合うの」


「あいつうぜえんだよ」


アブラホワイトだけが、怪人と逆の方を向いた。


「そっちは行き止まりです!」


脇の路地へ逃げ込もうとしていた三人に、そう叫んだ。


「反対、駅の方へ回ってください! 二本目の路地から抜けられます!」


「え、でも」


「そっち、突き当たりが工事中なので!」


三人が向きを変える。ホワイトはそれを見届けてから、ようやく前を向く。その間に、ブタレッドが跳んでいた。豚斬包丁を両手で握り、正面から斬りかかる。刃が腕に食い込み、そこで止まった。その刃ごと、腕が振り上げられる。


「うわっ」


「あー、持ち上がっちゃった。ごめんね。ふはは」


腕が振り下ろされ、レッドは刃ごと路面へ叩きつけられた。


「三田くん!」


ヤサイグリーンの矢が胴に刺さった。脂に埋もれて、それ以上は入らない。


イエローが横から入る。


「ガーリックミンス!」


スライサーの刃を胴に差し込み、そのまま回した。抉れた穴の内側から、脂が盛り上がって埋めていく。


「なんだよこれ!」


ブラックが同じ場所へ三発撃ち込んだ。四発目を撃つ前に、そこが埋まった。


「再生が速い」


「じゃあ意味ないじゃん!」


「意味はある」


ブラックはもう一度、同じ場所へ撃ち込んだ。


「塞がるのが遅くなっている」


「えっ、なんで分かるの? すごくない?」


バンカランがまた手を叩いた。今度は続けて三度、鳴らした。


「そう、遅くなってんの。疲れてんの、僕。ふはは」


「喋るな」


「え~やだやだ。僕、お喋りだ~い好き」


腕が振り上がる前に、胴が沈んだ。中の脂が前へ寄って、その重みごと腕が落ちてくる。レッドが転がって避けた。一メートル横に腕が落ちて、アスファルトがそこだけ十センチ下がった。


「当たったら終わりだ」


ブラックが言った。腕の落ちた跡から、目を離していない。


「そう! 終わり! よく分かってる!」


イエローが踏み込んだ先に、脂が撒かれていた。粘って固まった脂に、足の装甲が足首まで埋まる。


「っ、これ」


「あっ、踏んだ。踏んだね今。ふははは」


「くそっ、動かねえ!」


「関内さん!」


ホワイトが走った。二十メートルを数秒で詰めて、イエローの足元に膝をつく。両手を差し入れて、固まった脂の縁を掴み、力任せに引き剥がす。脂が板のように割れた。


「うおっ、マジで抜けた」


イエローが飛び退いた。抜けた足の装甲に、白い脂の膜が残っている。


「前橋さん、すげえ」


「……いえ、そんな」


「三田くん、そっち!」


グリーンの声が飛ぶ。レッドが別の脂だまりに足を取られていた。


「あ」


ホワイトは立ち上がって、レッドのところへ走った。さっきと同じように膝をつき、脂の縁を掴んで割る。


「ありがとうございます!」


「はい」


「あの、前橋さん」


「はい」


「みんな、近いです」


「え?」


そこで、ホワイトは自分の周りを見た。イエローがいる。レッドがいる。そのすぐ後ろにグリーンが来ている。四人が、五メートル四方に固まっていた。


「離れろ!」


ブラックが叫んだときには、もう胴の縁が開いていた。


「はい、サンドイッチ」


バンカランが胴を大きく開いた。噴き出した脂が、寄り集まった四人の足元へ一度に広がる。避ける場所がなかった。


四人分の足が、同時に路面へ縫い止められた。


「っ、くそ!」


「動かないです、これ!」


「そう、動かないの。まとめて止めたからね」


バンカランが腕を持ち上げ、高いところで一度止める。


「じゃあ、順番ね」


腕が落ちて、レッドが豚斬包丁を頭上に立てて受けた。受けきれない。膝が沈む。


「三田くん!」


「大丈夫です!」


二度目の腕は、イエローの方へ落ちてきた。


「っ!」


そこへ弾が飛んだ。一人だけ離れた位置にいたブラックが、腕の付け根の関節へ七発撃ち込んだ。腕がわずかに逸れた。


「あー、外した。惜しい」


「おい、固まったら割れるぞ、これ!」


イエローが踵で足元の脂を叩き割って、足を抜いた。レッドとグリーンも、同じように割って抜ける。ホワイトの足だけが抜けない。


体重がある分、深く沈んでいた。脛の半ばまで埋まっている。


「っ、足が抜けない」


「前橋さん!」


レッドとグリーンが駆け戻って、ホワイトの腕を二人がかりで引いた。三人が、また一か所に寄り集まった。


「あっ、また集まった。学習しないねえ」


胴が沈み、腕が振り上がる。


ブラックが、その腕の付け根へ撃ち込んだ。グリーンが弓を抱えて跳び退く。レッドはホワイトの前へ回り込み、背中を向けて、豚斬包丁を頭上に立てた。弾で勢いの削がれた腕を、刃の腹で受ける。赤い膝が沈み、その衝撃で、ホワイトの足元の脂にひびが走った。


「前橋さん、今のうちに!」


ホワイトが体を捻る。ひびの入ったところから片足が抜け、続けてもう片方も抜けた。


「……すみません」


「いえ」


レッドは振り向かないまま答えて、腕を押し返した。二人は、転がるように腕の下から離れた。


通りに大穴が三つ残ったが、バンカランは追ってこなかった。


「飽きちゃった。角煮、冷めちゃうし。次はもっと重いの持ってくるね。楽しみにしてて。ふはは」


胴が地面へ沈んでいき、最後に脂が一度あふれた。沈んだ跡には穴が開いて、まわりに残った脂が固まりはじめている。


---


変身を解いた五人が瓦礫の上に立って、しばらく誰も喋らなかった。


「あー、クソ」


忍が、路面に残った脂の塊を蹴り飛ばした。


「取り逃がしたじゃん」


「そうだな」


「誰かさんが飛び込んでこなきゃ、あのまま引きつけられたのに」


千代太は顔を上げなかった。


「戦闘中に何考えてんだよ、って思ったんだよね、俺」


「……すみません」


千代太は頭を掻いて、へらりと笑った。


「いや、いい」


忍が、踵で地面を二度叩いた。


「もういいわ」

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