第五杯目 やさしさの処方箋④
五人が横一列に並んだ。
「待て、待ってくれ。わしは何も壊しておらぬ。誰も傷つけておらぬ。ただ、みんなを幸せにしただけじゃ」
ヴァンナインが後ずさった。
「幸せって、あれ夢じゃん」
ニンニクイエローが前に出た。
「覚めたら、なんも残ってねえじゃん。起きて、帰って、晩めし食う方がよっぽどいいわ」
イエローは両腕のスライサーを、白い胴へ突き入れた。
「ガーリックミンス!」
差し込んだ刃を、そのまま回す。白い胴が内側から削れて、削れた口から霧が抜けていく。
「ぬおおお」
削れた胴を引きずるようにして、ヴァンナインが廊下の奥へ逃げ出した。突き当たりに、非常口の扉がある。
グリーンの放った矢が、ヴァンナインを追い越して、扉の前の床に突き立った。白い胴がつんのめる。そこへホワイトが追いつき、短い足の上へ槌を振り下ろした。床のタイルが割れて、ヴァンナインの足が埋まった。
カラメブラックが、胴の一点に三発を続けて撃ちこんだ。開いた穴の奥に、赤い光がある。
レッドが走り込んだ。両手を開いて豚斬包丁を呼び、低く構えて潜り込む。刃の腹を胴の縁に掛けて押し上げると、白い胴が仰向けに返った。赤い光が、真上を向く。
「天地返し!」
レッドは返った胴の上へ跳び、包丁を振り下ろした。白い胴が縦に割れて、赤い光ごと裂けた。
「なつかしかったのう」
ヴァンナインの体が崩れて、黒い煙になった。廊下が静かになる。ホワイトが槌を下ろして、長く息を吐いた。
煙は床の上でひとまとまりになり、非常口の扉の隙間から外へ流れ出していった。
「外へ!」
五人は非常口から駐車場へ飛び出した。駐車場の真ん中で、黒い煙が渦を巻いて集まっている。それが膨れ上がって、ヴァンナインの巨体が立ち上がった。
---
「腕輪のボタン!」
レッドの声で、五人は腕輪の「大」のボタンを押し、大きくなった食券を頭上に掲げた。食券は指を離れて、五つの機体の形を取った。
「増増合体!」
マシマシオーが駐車場に着地すると、巨大な胴が白い息を吐いた。駐車場一面が、一瞬で白く埋まった。
「なんだこれ……全く見えません!」
「窓、真っ白です!」
マシマシオーが駐車場に着地すると、巨大な胴が白い息を吐いた。駐車場一面が、一瞬で白く埋まった。コクピットの窓の外も、真っ白になる。
「まだじゃ。まだ思い出せる者がおる」
霧が、コクピットの床の継ぎ目から染み込んできた。五人の足元が白くなっていく。
イエローの手が、操縦桿から離れた。
「……姉ちゃん? そこ、いんの?」
イエローは、白いだけの窓を見ていた。
「関内!」
ブラックが怒鳴った。
「関内さん! 戻ってください、関内さん!」
ホワイトも叫んだ。イエローの肩がびくりと揺れて、手が操縦桿を探し、握り直した。
「……わり。今、なんか」
足元の霧は、膝の高さまで上がってきていた。
「これ、また来るって。どうすんだよ!」
そのとき、グリーンが言った。
「私が喋ります」
「え?」
「さっき、前橋さんに喋っててもらったじゃないですか。あれ、たぶん効いてます」
「効いてるって、なんの根拠が」
「根拠ないです。でも、他に思いつかないので」
「やってみろ。代案がない」
ブラックが言った。
「じゃあ、話しますね。私、小学校のとき、リコーダーが全然吹けなくて。テストで一人ずつ吹かされるんですけど、その日だけ本当に憂鬱で」
「なんの話だよ!」
「なんでもいいの、止まらなければ」
グリーンはそのまま喋り続けた。
「結局その日、風邪ひいたことにして休んだんですよ。でも次の週にやるだけなので、意味なかったんですけど」
「引き延ばしただけじゃん」
「そう、一週間だけ。あ、次、給食の話でもいい?」
「知るかよ!」
給食の話のあとは、飼っていた金魚の話になった。金魚は三日で死んだ。その日のうちに父親が同じ色のを買ってきて、それを一年間、同じ金魚だと思っていたという。
「それ、バレたの?」
「大学生になってから聞いた」
「遅えよ」
「遅いですよね」
ホワイトが笑った。イエローも、つられて吹き出した。足元の霧が、膝から下へ引いていく。
「入ってこない?」
「……入ってこねえわ」
「じゃあ、続けるね。次、中学のときの話なんですけど」
「長えな!」
霧は、床の継ぎ目のところまで引いていった。
「なぜ沈まぬ。それだけ思い出しておるのに」
ヴァンナインが呻いた。
「それでね、中学の部活の先輩がさあ」
グリーンは構わずに話し始めた。イエローが「まだあんのかよ」と笑い、ホワイトがまた吹き出す。
窓の外の白が、少しずつ薄くなっていった。白の向こうに、駐車場の街灯が滲んで見える。
「ぬう……」
ヴァンナインの声が、遠くなった。
「窓、見えてきました!」
ホワイトが言った。外の霧が晴れていく。駐車場の向こうに、巨大な胴の輪郭が立っていた。
そのとき、グリーンの操縦席の差込口で、緑の食券が白く光った。
「あっ、これ、関内のときのやつ!」
グリーンは差込口の緑の食券を、下まで押し込んだ。
マシマシオーの左腕に、装備が接続された。
マシマシオーの左腕に沿って、細長い刃が伸びていく。根元が白く、先へいくほど緑の濃くなる、まっすぐな刃だった。
『ネギセイバーだ』
「細っ! これ折れませんか!」
『そう簡単には折れないだろう』
グリーンが言った。
「ヤサイ、マシマシ。ニンニク、ヌキで。行きます」
グリーンのコールで、右腕から力が抜け、左腕の刃に熱が移った。マシマシオーは刃を腰の高さで水平に構えて、駐車場を一直線に駆けた。
刃が白い胴を横に薙いだ。焼き物のような表面に、一筋の切れ目が入った。
「う、お」
「もう一回!」
返す刃で逆から薙いだ。切れ目が開いて、胴が浅く裂けた。
「三度目です!」
「いえ、もう裂けてます。三田くん、そっちで!」
グリーンが叫んだ。
マシマシオーが開いた右手に、オーションカリバーが収まる。太麺の刃が、白く光り始めた。
「ヌードルドライブ!!」
刃は上から下へまっすぐ振り下ろされ、裂けかけた巨大な胴を縦に割った。
「お、おのれ……人間ども……そんなに不幸になりたいならば勝手にするが良い……うわあああッ」
割れた体は、黒い煙になって散った。
---
雨は上がっていた。駐車場のアスファルトが濡れて、街灯を映している。機体を降りた五人は、人目のない建物の陰へ回って変身を解いた。
「……腹減った」
忍が最初に言った。
「走ってきた顔だな」
「当たり前。電車降りたら即ガンダ」
「ご苦労だな」
ひばりはそう言って、鞄の口を確かめた。中でノートが濡れていないかを見ているらしかった。
「目黒さん」
「なんだ」
「お仕事邪魔しちゃってすみませんでした」
「さっきも言った。もう一度行けばいいだけだ」
ジロウはロビーへ戻った。会計の番号を呼ぶアナウンスが再開していて、ベンチの人が立ち上がる。時計を見て「え、こんな時間?」と言う声が、あちこちで上がっていた。ロビーの人の中に、あの親子がいた。
少年が先を歩いて、母親が後ろから追いかけている。
「しゅうと、待ちなさいって」
「歩くの遅えんだよ」
「あんたが速いのよ」
母親は少年の背中を見ていた。少年はそれに気づいているらしく、歩調を落としていた。
ジロウはベンチの方へ行った。番号を呼ばれて立ち上がった老人が、膝に載せていた薬局の袋を差し出してきた。
「あんたのか」
「はい。すみません」
「誰のか分からなくてな。見つかって良かった」
礼を言うと、老人は頷いて、会計の窓口へ歩いていった。ベンチには、乃絵の紙袋と千代太の鞄が並んだままだった。




