第四杯目 鼻つまみなアカウント⑥
「腕輪のボタン!」
レッドの声で、五人は腕輪の「大」のボタンを押し、大きくなった食券を頭上に掲げた。食券は指を離れて、五つの機体の形を取った。
「増増合体!」
マシマシオーが着地すると、カガーリが火を噴き上げた。
「眩しっ」
「目、開けらんないです!」
窓の外が真っ白になって、何も見えなくなった。
「どこにいるか分かんねえよ!」
「下手に動かないでください! ここ、駅前のど真ん中です!」
マシマシオーが手探りで振った剣が、空を切る。その隙にカガーリが体当たりしてきた。機体が押し込まれ、背中が信号機を薙ぎ倒す。
「っ、くそ!」
カガーリが上から圧しかかってきて、装甲が軋む。
「押し返せません!」
「押し返すんだよ!」
イエローが操縦桿を握り直す。
「あんな奴に負けるわけにはいかねえんだよ!」
カガーリが体重を乗せ替え、コクピットの床がさらに傾いだ。
「関内さん、これ以上は──」
「うるせえ!」
イエローが叫んだ。
「あいつら、いつか単独やるって言ったんだよ! 三百人入るとこで! その客になるかもしれねえ奴らが、今そこにいんだろが!」
「ヤサイ、ニンニク、マシ。カラメ、ヌキ」
ブラックが言った。左脚が軽くなり、両腕に熱が移る。五人が同時に操縦桿を押し込む。機体がカガーリを半歩だけ押し返した。
「邪魔じゃあ!」
そのとき、イエローの操縦席の差込口で、黄色の食券が白く光った。
「なんだこれ」
『来たか』
大豚の声が入った。
「一昨日、目黒さんがやってたやつだろ!」
イエローは差込口の黄色の食券を、下まで押し込んだ。
マシマシオーがオーションカリバーを左手に持ち替えると、空いた右腕に装備が付いた。
腕の外側に沿って、太い筒が三本並んでいる。その先端から白い糸が垂れ始め、伸びて絡み、腕全体を覆った。
『チーズアームだ』
「うおっ、絡んできた!」
「重いです、右腕が上がりません!」
五人で右腕を振ったが、腕だけが先に出て、チーズは力なく垂れた。
「腕だけで振ったら駄目です! 腰から回してください、全員で! 竹刀と同じです、腕はついてくるだけです!」
レッドが叫んだ。次は腰から振ったが、五人の腰が揃わず、チーズは途中で落ちた。
「揃ってません! 誰か遅れてます!」
「俺じゃねえよ!」
「もう一回いきます!」
五人が同時に腰を入れると、チーズが鞭のように前へ走った。
チーズは籠に届いて火に絡み、そのまま覆った。火がチーズの下に閉じこめられて、眩しさが消えた。
窓の外が、また見えるようになった。
「なんじゃ、これは! べたべたしよって!」
カガーリが身をよじった。よじった分だけ、チーズが締まる。火の出口を塞がれて、籠が内側から軋み始めた。マシマシオーが右腕を引いた。絡んだチーズが張り、カガーリの巨体が前へ引き寄せられる。
マシマシオーが左手のオーションカリバーを立てると、太麺の刃が白く光り始めた。五人は息を合わせて、腰から振りかぶった。
「ヌードルドライブ!!」
刃は上から下へまっすぐ振り下ろされ、カガーリの巨体を真っ二つにした。割れた体は、黒い煙になって散った。
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戦いの翌日には、忍のアカウントが燃えていた。
『せきうちーって奴が偽情報流したらしい』
『倒れた人出てるってマジ?』
本名が割れるのに、半日もかからなかった。古い投稿のどこかに、学校名も、最寄り駅も、バイト先の話も残っていた。まとめサイトが記事にした。記事には、忍が他人を茶化した投稿ばかりが並んでいた。
現場での扱いも変わった。チェキ会に並んでいた誰かが、忍が並んでいる写真を撮って上げた。
『こいつ普通に現場来てるんだけど』
その投稿がまとめ記事から伸びた。顔見知りだったオタクが、目を合わせなくなった。
「あれ、本人?」
「本人」
「うわ」
そういう会話が、通り過ぎたあとで聞こえる。
「せきうちーのあれ、マジなの?」
「乗っ取られたんだって」
「乗っ取られるってあるんだ」
「嘘じゃね?アイドルが誤爆した時も同じ言い訳するじゃん」
言い方が微妙で、信じていないのが分かった。もう一人が横から言った。
「でもあいつ、よく燃えてるじゃん。前科あるようなもんだろ」
三人とも、忍がすぐ後ろにいると気づいているらしく、声を落とす気配もない。忍は黙って三人を追い越した。何か言えば、それもまた誰かに撮られて晒されるだろう。
その夜、忍は部屋でスマホを開いて、設定画面まで進んだ。
アカウントを削除しますか?
押せば、全部消える。アカウントを作った日に書いた現場の感想も、解散が決まった日に打った、自分でも意味の分からない長文も、四桁の反応がついたあの動画も。指が止まったまま、画面が暗くなった。忍は画面に触れて、もう一度点けた。
「やっぱ無理」
忍は設定画面を閉じて、代わりにアカウントに鍵をかけた。
電気を消して横になる。目を閉じると、駅前の列が浮かんだ。袖を引いていた子どもと、買い物袋を落としたまま子どもを抱きしめた母親の姿だ。
「あー」
忍は起き上がって、新しいアカウントを作った。三分もかからなかった。名前は適当な英数字にして、アイコンもプロフィールも空のままにした。投稿欄を開く。
『駅前の信号、まだ止まってる。北口から回った方がいい』
そこまで打って、読み返した。
「いや、ないわ。ガラじゃない、人のためになる投稿とか」
忍は打った文を消して、スマホを伏せた。横になっても落ち着かず、起き上がって同じ文をもう一度打ち、投稿した。
翌朝、忍は新しいアカウントを開かないまま、上着を掴んで部屋を出た。駅前の信号を見に行った。




