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第四杯目 鼻つまみなアカウント⑤

列の先頭のシャッターの前に、いつの間にかカガーリが立っていた。籠の中で火が大きくなったり小さくなったりする。そのたびに、並んでいる人間の首がわずかに前へ伸びた。


「おおォ、来よったか! お前の投稿よう伸びたのう! 礼を言うぞ!」


「うるせえよボケが」


「なんで怒るんじゃ。お前が撒いた言葉で、これだけ集まったんじゃぞ」


「俺のじゃねえし。てかアカウント返せよ! 俺のほうがもっと面白いんだよ」


火が揺れる。籠の隙間から熱が漏れた。


「何を言うておる。注目されたくてたまらなかったんじゃろ。叶えてやったんじゃ」


火が列の端から端まで、舐めるように伸びた。


「あとはお前の発信を真に受けて集まった者どもを、まとめて焼くだけじゃ」


「は?」


「なんじゃ、今ごろ気づいたんか」


籠が笑うように鳴った。


「わしが並ばせとるんは、一か所に固めとくためじゃ。散っとる人間を追いかけるんは面倒じゃけえの」


イエローは列を見た。角を二つ曲がって、その先まで続いている。その全員が、前だけを見ている。足が止まっていた自分に、腹が立った。


「へえ。随分手間のかかることしてくれんね。じゃあその前に叩き潰してやるよ!」


背後から、足音が四つ近づいてきた。


「関内さん、一人で行かないでください!」


レッドを先頭に、グリーン、ホワイト、ブラックが駆けてくる。


「連絡ぐらいしろ」


ブラックが銃口を下げたまま言う。声に苛立ちはない。


「する暇なかったんだよ」


「文系の大学生なんて生き物はいつも暇だろう」


「おおォ、揃いよったか」


カガーリが火を膨らませた。


「ちょうどええわ。まとめて明るくしてやる」


イエローは両腕にスライサーを構えた。スマホはポケットに入れたままだ。籠の正面には回らず、横から継ぎ目へ斬りつけた。


「ぬう!」


刃は継ぎ目に入ったが、浅いところで挟まって止まった。


「前橋さん、継ぎ目の横、叩いて!」


「はい!」


ホワイトの槌が継ぎ目のすぐ脇を叩き、歪んだ継ぎ目へ刃が食い込んでいく。今度は途中で止まらなかった。


「目黒さん、反対側の継ぎ目!」


「言われなくても」


ブラックの弾が三発、反対側の継ぎ目に入った。


「乃絵、上!」


矢が籠の上を抜けて、内側の火を掠めた。火が揺らいだ瞬間、列の前のほうで何人かが一歩よろけた。


「なるほどな。あの火か」


だったら、あの火より近くで、もっと明るいものを見せればいい。客の少ない箱で声を出していると、壁際の客がこっちを向く。それなら何度もやってきた。


籠の隙間から火の粉がこぼれ、列の両側にアオガッパが起き上がった。昨日より数が多い。


「アオガッパ」


「アオガッパ」


「そっちは俺たちがやります!」


レッドが叫び、四人は列の両側へ散った。籠の正面には、イエローだけが残った。


イエローは後ろへ大きく跳んだ。


「関内さん!?」


「見てろ」


着地したのは、植え込みの脇だった。鞄が置いてある。イエローはスライサーを腕輪へ戻し、鞄の口を開けてUOを二本掴み出した。前の現場の帰りから、入れっぱなしだった。折ると、二本が橙色に光った。イエローは腕を上げた。


「しゃー行くぞー! タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」


叫びながら、イエローはUOを宙で交差させた。橙色の線が空中に残る。跳ね上げて円を切り、膝を落として、また上げる。


ヲタ芸である。


腕を伸ばしきり、手首だけでUOを返して、光の線が途切れないように次の動きへ繋ぐ。動画をコマ送りにして、鏡の前で覚えた動きだった。


列の中ほどで、スーツの男が振り向いた。首だけがこちらを向いて、目の焦点は合っていない。


「そうだ! こっち見ろ!」


イエローは列の横を歩きながら打ち続けた。UOの光が列のすぐ横で暴れて、また二人が振り向いた。


振り向いた人間から順に、目の焦点が戻っていく。自分がなぜここに立っているのか、分からなくなるらしい。周りを見て、時計を見て、慌てて列を離れていく。列の中ほどが崩れた。


列の先頭で、カガーリが火を煽っている。煽るたびに、振り向きかけた首がまた前へ戻った。


「あの、ここ、どこですか」


「なんで並んでるんだっけ」


「え、もう夜?」


声を出した者から順に、列を外れていく。テープの際で、男の子が母親を呼んでいた。女はまだ前を向いている。イエローがそちらへ走った。UOを女の顔の高さで振る。


「おい、母ちゃん!」


肩を揺すっても、女は動かない。


「子ども、腹減ってんだと!」


女が、男の子の方を向いた。


「ごめん」


女はしゃがみ込んで、男の子を抱きしめた。買い物袋が地面に落ちた。イエローは次へ走った。


その途中で、列の中ほどにいた男が膝から崩れた。ライブハウスで揉めた男だ。倒れた男へ、四人の手をすり抜けたアオガッパが三体寄っていく。


イエローは跳んだ。UOを放って、右腕にスライサーを呼ぶ。三体のあいだへ体を入れて、横に薙いだ。一体が煙になる。返す刃で二体目も斬り、三体目は蹴り飛ばした。男の襟を掴んで、歩道の奥へ引きずる。


男がうっすら目を開けた。


「大丈夫か」


「……誰」


「通りかかっただけだよ」


男を壁際に座らせ、襟を直してから、イエローは立ち上がった。昨日、こいつが絡んできて、こっちが出禁になった。正確に言えば出したのはスタッフだが、きっかけを作ったのはこいつだ。しばらく、あの箱には入れない。腹は今も立っている。


イエローは列の方へ向き直った。


「関内さん!」


レッドが駆け寄ってきた。


「今の人、昨日の」


「そうだよ」


---


「なんで人が離れるんじゃ!」


カガーリが火を大きくした。膨らんだ火は、昨日より色が薄い。


「わしより明るいもんが、この街にあってたまるか!」


「あるんだよ」


イエローが正面から入った。


「現場ってのはな、ステージだけが光ってんじゃねえんだよ」


イエローは継ぎ目に刃を挟んだ。


「前橋さん!」


「はい!」


「前橋さん、目黒さん、乃絵! さっきのもう一回!」


槌と弾と矢が、ほとんど同時に籠を打った。籠がひしゃげて、できた隙間から内側の火が漏れる。


「今だ、ジロウ!」


レッドが走り込んだ。豚斬包丁を両手で低く構えて潜り込み、刃の腹を籠の縁に掛けて押し上げる。カガーリが仰向けに倒れた。火の裂け目が、真上を向いている。


「天地返し!」


倒れた籠の上へ跳び、包丁を振り下ろす。籠が縦に割れ、中の火が散って消えた。


「わしの、火が……」


カガーリの体が崩れて、黒い煙になった。列に残っていた人たちが、糸が切れたように、その場に座り込んだ。


地面に落ちた煙は、消えずに渦を巻いて集まり始めた。膨れ上がって、カガーリの巨体が通りの上に立ち上がる。

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