第四杯目 鼻つまみなアカウント②
「忍くん、バズってるじゃん!」
閉店後の魁星に入るなり、果帆が寄ってきた。
「え」
「見たよ、駅前で戦ってる動画! すごい再生されてるよね!」
「あー、うん」
「あれ、忍くんが撮ったんでしょ?」
「まあ」
「すごーい!」
果帆が丼を三つ抱えたまま跳ねた。積み上げた縁がぶつかって、乾いた音が鳴る。
「あっ、危ない」
千代太が腰を浮かせたが、果帆は丼を抱え直しただけだった。
「大丈夫です! これくらい!」
「果帆ちゃん、こっち置いといて」
乃絵がカウンターの端を空けて言った。
「はーい」
果帆が丼を置いて厨房へ戻り、その戻り際に忍を振り返った。
「忍くん、有名人だね!」
「……どうも」
カウンターの他の四人は、丼から顔を上げなかった。
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「アカウント、消せ」
魁星のカウンターで、ひばりが言った。
「消せって、そんな簡単に」
「簡単だろう。設定から二回押せば消える」
「そういう問題じゃなくて」
「どういう問題だ」
忍は口ごもった。
「伸ばしたいからって、嘘まで流すな。戦ってるとこを撮って上げるのもやめろ。撮ってるのがお前だって割れたら、こっちの正体まで割れる」
「俺、あんな投稿してないですよ! あいつが勝手に!」
「あいつ?」
「カガーリだよ! あいつにスマホ焼かれてから、勝手に投稿されてんの!」
ひばりが眉を寄せた。
「怪人が、投稿するのか」
「関内さんのスマホに火が当たったのは、俺も見ました」
ジロウが言った。ひばりは少し考えてから、忍に向き直った。
「なら、勝手に使える状態を作ったのはお前だ」
「作ってない!」
「あのアカウントが伸びていなければ、乗っ取っても意味がない」
言い返せなかった。今朝、四桁の通知を見て「いける」と声に出したばかりだった。
「あの、関内」
乃絵が困った顔で口を挟んだ。
「撮るのもだけどさあ。関内、今日ずっとスマホの方ばっか気にしてたよね」
「置いてるだけだって」
「わざわざスマホに映るとこで戦ってたじゃん。三田くんに効かないって言われても、同じとこ叩いてたし」
「うるせーな」
「関内」
「うるせーって言ってんだろ」
丸椅子の上で背を反らす。天井を見る。この店の天井は油で黄ばんでいて、換気扇の周りだけが黒い。
「あの」
千代太が、小さな声で割って入った。
「関内さんって、その、場を回してくれてますよね」
忍は天井を見たまま止まった。
「は?」
「その、俺たち、たまたま同じ日に同じ店にいただけじゃないですか」
千代太は鞄の持ち手を握っていた。
「会ってまだ一週間ですし。関内さんが話を振ってくれるから、俺みたいなのでも輪に入れてるんです」
「してねーし」
忍は目を逸らした。
「してます。俺、ああいうの、できないので。正直、助かってます」
忍は口を開けたまま固まった。
「それに、起きちゃったことは、もうしょうがないので」
「え」
「消すかどうかより、今どうするかを考えませんか。まだ人が並んでるので」
忍の肩から、少し力が抜けた。
千代太はそのまま、厨房の大豚におずおずと声をかけた。
「店長、あのカガーリって怪人、今どこにいるかは……」
「知らん」
「なら、なおさら消せ。あのアカウントが嘘を流してる限り、列は伸びる」
ひばりが言った。
「前橋さん。今は関内の話をしてるので。……話の腰を折らないでください」
乃絵は穏やかに言った。
千代太はジロウの方を見た。ジロウは少し迷ってから言った。
「……今は、消すのが先だと思います」
千代太は鞄の持ち手を握り直して、俯いた。忍はポケットの上から、スマホを握った。
「アカウント、消せ」
ひばりがもう一度言うと、厨房の大豚が黙って頷いた。忍が立ち上がって、椅子が倒れる音がした。
「無理で〜す」
忍はふざけた語尾だけ残して、引き戸を鳴らして出ていった。
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「あ」
忍が座っていた丸椅子の下に、チェキが一枚落ちていた。千代太が拾い上げると、写真の中で忍が、衣装を着た女の子と並んで、指でハートを作っていた。角が少し折れている。千代太はそれを持って、店を飛び出した。
「関内さん! これ!」
十メートルほど先で、忍が振り返った。
「大事なものですよね」
差し出されたチェキを見るなり、忍は慌てて鞄からアルバムを出して、ページをめくった。ポケットが一つ空いていた。
「……あ、ども」
受け取ると、忍はそのまま歩いていった。千代太は店へ戻った。
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魁星の外で、ジロウは乃絵に呼び止められた。
「三田くん、大丈夫? さっき、あんまり喋らなかったから」
ジロウは足を止めた。
「……小岩さん」
「うん」
「俺、さっき、今は消すのが先だと思いますって言いました」
「言ったね」
「あれ、よく考えて言ったんじゃないです」
乃絵は少し首を傾げて、続きを待った。
「目黒さんと小岩さんがああ言ってたから、そうなのかなって。前橋さんの話、ちゃんと聞いてなかったです。よくないですよね」
乃絵は「んー」と少し考えて、それから笑った。
「うん、よくないんじゃない」
「はっきり言いますね」
「えー、だって三田くんが先に言ったんじゃん。でもさ、それ自分で言えるの、えらいよ。私なんか言えなかったもん」
「小岩さんも?」
「うん。前橋さんに、話の腰を折らないでくださいって言ったのは私だし」
乃絵が歩き出す。ジロウは半歩遅れてついていった。
「三田くん、関内のこと何か知ってる?」
「知らないです」
「私も。だから、あの人が何にキレてたのかも分かんない」
「……はい」
「私も。だから、関内が何にキレてたのかも分かんない。知らないまま何か言うの、この前もやってダメだったんだよね」
ひばりのことだ、とジロウは思った。あのときジロウは、会いに行く前に、ひばりのブログを朝まで読んだ。
「……ちょっと、関内さん探してきます」
「え、今から?」
「はい」
「見つかるの?」
「分からないです」
乃絵は吹き出した。
「なにそれ。行ってらっしゃーい。見つかったら連絡してね」




