第四杯目 鼻つまみなアカウント①
忍の一日は、通知の数を見ることから始まる。枕元でスマホを取り、画面を点ける。布団から出した手がすぐ冷えて、寝起きの目に光が刺さる。今朝の数字は四桁だった。
通知の中に、テレビ局の名前を出したアカウントからの連絡が一件混じっていた。動画を番組で使わせてほしい、という文面だった。
「よし」
体を起こすと、昨日の夜に上げた投稿が伸びていた。引用の欄が、上から下まで埋まっている。
『これガチのやつ』
動画は十七秒。赤い装甲の人型が、黒い蔓のような怪人の腕を刃で受け止めて押し返している。手ぶれはない。歩道の縁石にスマホを立てかけて回しっぱなしにしたので、画角が固定されている。途中から、画面の左下に黄色が入ってくる。引用が三百を超えていた。
『近っ』『ニュースのやつより全然見える』『昨日駅前にいたけど、どこから撮ってんのこれ』『こいつ毎回現場にいるの怪しくない?』『やば! せきうちーの動画めっちゃ伸びてんじゃん笑 また学校来いよ! 一緒に遊ぼうぜ』『続きは?』
撮っているのは誰なのかで勝手に推理が始まって、さらにまた伸びていた。忍はベッドの上で膝を抱えたまま、通知を上から順に流し読みする。返信はしない。
ニュースで流れるのは、上空からの映像か、封鎖の外から撮った遠景ばかりだ。通りすがりが上げる動画も、遠すぎるか、暗すぎるか、途中で切れている。
この街で怪物が出るようになったのは、一週間前からだ。もう何度も出ている。それでも、ここまで近くで撮れた動画は、ほかに上がっていない。
「これ、いけるわ」
声に出して言った。確実に、バズのループに乗っている。一つの投稿だけでなく、アカウントごと注目され始めている。
一人で地下アイドルの現場に通い始めたのは中学のときだ。このアカウントで投稿を始めたのは三年前だった。ライブの感想。物販の列。缶バッジの交換募集。誰も読んでいない。反応はつくが、だいたいは現場の身内からだった。伸びるのは、他人を茶化したときだけだった。
誰かが真面目なことを長々と書いていると、それを一行で笑う。誰かが持ち上げられていると、水を差す。そういう投稿だけが百や二百の反応をもらう。一度、試したことがある。
その日のライブが本当によかったと長文を書いた同じ日に、界隈で持ち上げられていた誰かを一行でからかったことがある。長文には、いつもの身内しか反応しなかった。からかった方には、反応が三百二十ついた。
だが、四桁は初めてだった。
部屋を見回す。六畳の床に、CDと物販の袋が積んである。壁には五つのグループのポスターが貼ってあり、そのうち二つは既に解散している。隅の棚に、チェキのケースが四つ並ぶ。
四つのうち、一つだけ中身が古い。去年も一昨年も、新しい一枚が足されていない。開けることもめったにない。
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その日の夕方、また怪人が出た。
『駅の東側 怪人出てる 見てくるわ』
歩きながら打った。信号で止まっている間に、反応が三十ついている。
『行くなよw』『死ぬなよ』『また盛ってんだろ』
「うるせえな」
打ちながら口に出した。今日は、昨日の倍は伸ばしてやる。
「関内さん」
後ろから声がした。振り返ると、ジロウが走ってくる。部活の帰りらしく、制服に竹刀袋を担いでいた。
「歩きながらスマホ、危ないですよ」
「大丈夫だって」
「人や車にぶつかったりするかもしれませんよ」
「お前、母ちゃんみたいなこと言うな」
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現場に着くと、忍はまず植え込みの縁を探す。スマホを立てかける。角度を確かめ、少し傾けて通りの正面が入るようにする。
「関内さん、また置くんですか」
「もちろん」
「毎回やってますよね、それ」
「やってる。悪いか」
録画はまだ押さない。変身は植え込みの陰で済ませて、それから押す。
「マシマシチェンジ!」
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相手は篝火のような形をした怪人だった。胴が金属の籠になっていて、その中で赤い火が揺れている。頭部にあたるものはない。籠の上に火だけが立っている。その火が明るくなった。
「おおォ! 集まっとる集まっとる!」
声はしゃがれていて、やたらに大きい。
「見ろやこの明るさァ! 明るいとこに人が集まんのは道理じゃろがい!」
火が通りの端まで伸びた。その先で、逃げようとしていた十人ほどが一斉に足を止め、振り返って火の方を見た。
「なんですか、あれ!」
ヤサイグリーンが叫ぶ。
「虫も人も一緒じゃ! 明るい方へ寄ってくるんじゃ!」
怪人が籠ごと回った。
「わしはカガーリ! 篝火のカガーリよ!」
ニンニクイエローがいつも通り真っ先に突っ込んだ。ただ、今日は走る位置を選んだ。置いたスマホの画面の、真ん中に入る位置だ。
「うおおおお!」
スライサーを振り上げ、籠の正面に叩き込むと、金属が鳴った。刃が滑った。
「硬っ」
「関内さん、正面は効きません!」
ブタレッドの声が飛んだ。分かってはいた。だが、そこで振らないと画に入らない。
「前橋さん、そこ邪魔」
「え?」
イエローは肩でアブラホワイトを押しのけた。大きな体が半歩よろけて、画面の外へ出る。その足元へ、籠の隙間から火の粉がこぼれた。レッドが横から肘を引いて、一歩下げた。イエローは空いた真ん中に戻って、もう一度同じところへ振った。刃はまた滑った。振り終えたイエローは、植え込みのスマホをちらりと見た。
「なんじゃお前、二回も同じとこ叩きよって」
火がこちらを向いた。
「バカなんか?」
「うるせえ」
「ああ」
火がイエローの後ろへ流れた。植え込みの縁に立てかけたスマホを、その光が照らした。
「そっちか。そっちを見とったんか」
「え」
「なるほどのう。あの板で撮っとるんか。人に見られたいんじゃな、お前」
火が細く伸びて、一直線にスマホへ向かった。
「やめろ!」
イエローは植え込みへ跳んだが、火のほうが早かった。火はスマホを包み、すぐに引いた。画面が白く光って、消えた。
「は?」
イエローがスマホを拾い上げる。画面が真っ黒だった。押しても点かない。
「おい、嘘だろ」
「関内さん、何やってるんですか!」
「壊れてんだよこれ!」
「今それどころじゃないでしょ!」
「これがねえと生きてけねえんだよ!」
イエローは黒いままのスマホを握りしめて、カガーリを睨んだ。
「てめえ」
イエローが立ち上がった。
「よくも」
「関内、横! 火が漏れてる継ぎ目のとこ!」
グリーンが叫んだ。
「言われなくても分かってんだよ!」
イエローは走った。籠の正面を避け、側面へ回り、継ぎ目の一点だけを見た。そこへ体重を全部乗せると、刃が初めて食い込んだ。
「ぬおっ」
カガーリの体が傾いだ。
「関内さん、そのまま押さえててください!」
ホワイトの槌が、刃の刺さった継ぎ目のすぐ脇を打った。継ぎ目が歪んで刃が奥まで入り、籠が軋んだ。
カラメブラックが銃を構えた先に、ホワイトの背中があった。
「どけ」
「え」
「どけっつってんだよ!」
ブラックが狙いを横へずらすと、慌てて同じ方へ動いたホワイトが、またその先にいた。
「お前さっきから邪魔なんだよ!」
「すみません!」
ブラックの弾が届いたときには、カガーリはもう身をよじって、スライサーを振りほどいていた。
「ぬはは、味方に邪魔されとるぞ」
「うるさい」
籠の隙間から火の粉がこぼれ、落ちたところからアオガッパが起き上がった。初めは三体だったが、すぐに五体になった。
「アオガッパ」
「アオガッパ」
アオガッパは籠の前に並んで、壁を作った。ブラックの弾も、グリーンの矢も、籠に届く前にアオガッパに当たる。レッドとイエローは、目の前の一体を斬るのに手を取られた。
「ぬはは、まあよいわ」
カガーリが後ろへ下がった。
「わしは今日、明るくなりに来たんじゃ。もう十分明るいわい」
「逃げんのかよ!」
「誰が逃げるかいや。じきに、この街ごと明るうなるけえの」
カガーリが路地の奥へ引いていき、アオガッパもその後を追った。
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変身を解くと、忍は真っ先にスマホを見た。画面は黒い。かじかんだ指の腹で二度叩いても、何も出ない。
「くそ、くそくそくそ」
電源ボタンを長押しすると、画面が白く点いた。
「うおおおお! 点いた! 点いたわこれ!」
「そんなにスマホ大事なんだ」
乃絵が、呆れたような、面白がっているような顔で言った。
「当たり前ね」
「そっか」
乃絵はそれ以上は聞かず、先に歩いていった。忍はスマホをポケットに入れて、後を追った。
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家に帰って、忍はスマホを充電しながら画面を開いた。中身は無事だった。写真も記録も、全部残っている。
「っぶねー、よかったわ、マジで」
そう言ってから、通知の数に気づいた。五桁になっていた。
『駅前の新しいラーメン屋、今日だけ全品無料。先着順』
自分のアカウントから出ていたその投稿に、覚えがない。打った記憶がないどころか、そんな店があることも今日初めて知った。
『中央公園のキッチンカー、今日限定で無料配布』
『商店街の抽選、全員当たり。まだ間に合う』
知らない投稿は、三十分のあいだに十七件あった。投稿時刻は、どれも自分が戦っている最中だ。忍は投稿を削除しようとした。消しても、五秒後にまた同じものが出る。乗っ取られた、と思った。パスワードを変えたが、変えた直後にまた同じ投稿が出た。
『無料の整理券、あと三十枚』
偽の投稿にも、引用が次々についていた。
『無料ってどこ?』
『行ってみたけどシャッター閉まってるんだが』
『いや並んでる人いるから開くんでしょ』
『せきうちーさんの情報だから間違いないでしょ』
『とりあえず並ぶわ』
忍は部屋を飛び出した。
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駅前に着いて、忍は足を止めた。歩道に列ができていて、角を曲がった先まで続いている。並んでいる誰もが黙って、前だけを見ていた。
忍は列に沿って歩いた。スーツの男も、制服の女子高生もいる。買い物袋を提げた女の袋は、底が濡れて色が変わっていた。冷凍物でも溶けたのだろう。スマホを見ている者は一人もいない。百人を超えたところで、忍は数えるのをやめた。
五分歩いて、ようやく先頭に着いた。先頭の男の前にあるのは、シャッターの下りた空き店舗だった。
「あの、ここ、何もないですけど」
忍が先頭の男に声をかけたが、男は振り返らない。
「もうすぐ開くから」
「開かないですって」
「もうすぐ開くから」
男の顔色は悪かった。唇が乾いて白くなっている。
列を戻ると、さっきの買い物袋の女の袖を、小学生くらいの男の子が引いていた。
「ねえ、お母さん、帰ろうよ」
女は前を見たまま、「もうすぐ」と呟いた。
「お腹すいた。ねえってば」
男の子が両手で腕を引いた。女の体が少し傾いだが、足は動かなかった。忍はポケットのスマホを握ったまま、男の子から目を逸らした。




