第三杯目 麺好法師は許さない⑤
コーンを蹴倒して、黒い装甲が交差点へ入った。
「おや、黒か?」
ツターンの一つ目がぐるりと動いた。
「戻ったか。──ふむ。星ひとつ」
ブラックはそのまま前へ出た。
「え、目黒さん!?」
「戻ってきたんですか!」
イエローとホワイトが口々に言った。
「うるさい。そこをどけ」
言われて、三人が反射的に道を空けた。黒が隣に並ぶのは、二日ぶりだった。ブラックがカラメシューターを構えた。
構えるまでが速い。膝を落とし、銃身を寝かせ、脇を締める。一発。イエローを押さえていたアオガッパが、横へ吹き飛んだ。二発、三発。グリーンの背後にいた二体が、まとめて崩れた。
「動けます!」
「行ってください!」
流れが変わった。イエローが前へ出る。出た瞬間に背後が空くが、その空いた場所には既に弾が飛んでいる。イエローはそれに気づかないまま、二歩、三歩と踏み込んでいく。
グリーンも、もうイエローの背中を庇わなくていい。弓を下ろさずに低く滑って、アオガッパのあいだを抜け、反対側から矢を放つ。放ってすぐ次の位置へ移る。
「なるほど。星ふたつに訂正する」
ツターンが言った。その一つ目に、ブラックが銃口を向けた。
「名誉なことだな。それより一つ聞かせろ」
「なんだ」
「お前、あの爺さんと一言でも喋ったのか」
「は?」
「今日、星なしをつけた男がいるな。七十過ぎくらいの、シャツに折り目のついた人だ」
ツターンは答えなかった。
「名前を聞いたか。どこから歩いてきたか聞いたか。今日その人が何をしていたか、一つでも知っているのか」
「……何の話だ」
「知らないだろう。見ただけだからだ」
ブラックは一歩前へ出た。
「ラーメン一杯でも、啜らなければ何も分からない。見た目が同じでも、店ごとに全部違う」
一つ目が大きく開いた。
「余は見た。見れば十分だろう」
ブラックは銃口を下げなかった。
「食ってもいない奴に評価する資格はない」
「なんだと」
「お前がやっているのは格付けじゃない。当てずっぽうに数字を貼っているだけだ」
蔓の腕が鞭のようにしなって飛んできた。ブラックは動かなかった。代わりにレッドが横から入った。豚斬包丁を両手で握り直す。刃幅の広い腹で、蔓の腕を真下から受け止めた。
「っ、重い!」
「動くな、目を撃つ」
ツターンは信号機から下りていた。一つ目は三メートル近い高さにあって、蔓の胴の上で絶えず揺れている。しかも蔓の体は隙間だらけで、弾が中を素通りする。当てられるのは、その揺れている一つ目だけだ。
「関内さん、足です! 足を切れば沈みます!」
レッドが叫ぶ。
「了解!」
ニンニクスライサーが走った。一撃で、足元の蔓が十数本まとめて断たれた。その分だけ、ツターンの体が下へ沈む。
「おのれ!」
「もう一回!」
イエローが二度目を入れた。さらに沈んだ。一つ目の高さが、二メートルを切った。
「前橋さん、その位置で止めてください!」
レッドが叫んだ。
「止めるって、どうやって!?」
「地面ごと打てばいいんです!」
レッドが返した。
ホワイトが両手でアブラハンマーを振り上げ、そのまま動きを止めた。それから狙いを足元へ下げる。
「チャンキークラッシュ!」
槌が、地面ごと蔓の足元を打った。アスファルトが陥没し、そこへ蔓が食い込んで、抜けなくなった。
「こいつ、もう抜けません!」
ホワイトが叫んだ。
「小岩さん、右腕を!」
「任せて!」
ヤサイアローが右の腕の付け根を射抜いた。腕が垂れる。振り上げる力を失った分だけ、レッドにかかっていた圧が抜けた。
「っ、軽くなった!」
一つ目がぐるぐると回って、逃げ場を探していた。足は縫い止められ、右腕は垂れ、軽くなったレッドが残る左腕を豚斬包丁の腹で押さえ込んでいる。ブラックが片膝をついた。呼吸を止める。銃身を寝かせる。照星の向こうに、一つ目の中心が入った。
「消えろ。フレーバーアサルト」
連射の一発目が、目の縁を削った。二発目が、同じ場所へ入った。三発目、四発目、五発目。同じ一点へ、続けざまに。削れた場所へ次が入り、その次がさらに奥へ入る。
「余の、目が」
七発目で、一つ目の中心が砕けた。
「見えないか。じゃあ星もつけられないだろう」
黒い煙が上がり、ツターンは爆散した。そして街じゅうの星が、一斉に消えた。歩道で、誰かが自分の頭の上に手をやった。何もない。隣の男を見た。そちらにも何もない。二人はしばらく目を合わせて、それから気まずそうに離れていった。
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例によって、それで終わらなかった。黒い煙が集まり、膨れ、蔓の巨体が交差点の上に立ち上がった。十階建てのビルと同じ高さに、一つ目が開いた。砕けたはずの目が、そこでは元通りになっている。
「まだだ。まだ終わらん」
「腕輪のボタン!」
「押します!」
五枚の食券が掲げられ、指を離れて、五つの機体の形を取った。
「増増合体!」
マシマシオーが交差点に着地した。その衝撃で、信号機が二本まとめて折れる。直後に、いきなり押された。蔓の腕が横から来る。オーションカリバーを握った右腕ごと、機体が歩道側へ流された。
背中が雑居ビルの壁に当たった。ガラスが上から順に割れて、破片が滝のように落ちてくる。
「うわっ」
「掴まって!」
体勢を立て直して剣を薙ぐと、刃が蔓の胴を通った。編み目の隙間を刃が抜け、そのまま反対側へ出ていく。手応えが何もない。振り抜いた勢いで、機体が半回転した。
「効いてない!」
「さっきと同じです、中がスカスカで」
「じゃあ、さっきみたいに足を刻めば」
「この大きさで刻むの、何時間かかると思ってるんですか!」
蔓の腕が二度、三度と打ちつけてくる。一度目で肩の装甲が凹み、二度目で膝が沈み、三度目で機体が横倒しになった。倒れた先で、路面のマンホールが二つ跳ね上がる。
「重い、これ、重い!」
「起きてください、押し潰されます!」
五人が同時に操縦桿を引いた。引く力がばらばらで、上体だけがねじれて起き上がる。その隙に、蔓の腕が上から降ってきた。腕で受ける。受けた腕が、肘から先を持っていかれそうになった。
「ヤサイ、ニンニク、マシマシ! 腕で押し返して!」
グリーンが叫んだ。両腕が、蔓の腕をわずかに持ち上げる。脚から熱が抜けて、膝が路面に沈んだ。
「もたない! 誰か!」
「押し返せません!」
「星ひとつに戻す」
上から声が降ってきた。巨体の一つ目が、コクピットの窓と同じ高さにある。
「やはり、お前たち弱い。星ひとつで十分だ」
「そんな星、いらないんだよ!」
「なんだ、ひとつでは不服か」
蔓の腕がマシマシオーの肩を押さえ込んだ。
「他人に値踏みされるのは、生きていれば当たり前のことだろう。学校で、職場で、家で。お前たちは毎日それをやり合っているではないか。余はそれを目に見えるようにしただけだ。そして実際、価値のない者はいる」
ホワイトが座席の中でわずかに身を引いた。
「さっきの老人だったか。あのしょぼくれた面、身なり。見れば価値などわかる。星なしで何が間違っている」
イエローは黙ったまま、操縦桿を握りしめた。
「間違っている」
ブラックだった。
「私は二年で三百軒書いた。塩、豚骨、醤油。同じジャンルの店にすら、一つとして、同じ一杯はなかった。並べて上下なんか、決められるものか!」
一つ目の縁が、ぐるりと引き攣れた。
コクピットで、四人が同時にブラックを見た。そのとき、五つの食券が、一斉に光った。操縦席の差込口で、セットされた食券の縁が白く発光している。特に、黒の食券が強かった。
「なんですか、これ!」
『──ほう』
大豚の声が腕輪から入った。
『そっちで何かあったな』
「何かって、なんですか!」
『神豚の出力が上がっている。装備が使えるようになったか』
「装備?」
『黒の食券だ。差込口に差さったまま、そいつを下まで押し込め』
ブラックは既に食券の縁へ指をかけていた。
「やってみるか」
誰も言わないまま、黒い食券が差込口の奥まで押し込まれた。
マシマシオーの左脚が、変形した。
ソースミキサーの筒が前へせり出し、脚部の外側に沿って太い砲身が組み上がっていく。先端が四角く開き、側面を走る管の内側で、赤いものが煮え始めた。
『キムチキャノンだ』
「脚だけなんですか? それ」
「私の機体は左脚だ。当たり前だろう」
「撃てるんですか、脚で」
「それしかないだろ」
マシマシオーが肩を捻った。押さえ込んでいた蔓の腕が、装甲の角に削がれて肩から滑り落ちる。押さえが外れた隙に機体を起こし、そのまま右脚で踏ん張って、左脚を前へ高く蹴り上げた。腿が水平を越えたところで止めると、脚の外側の砲身が斜め上を向いた。
「おい、揺らすな」
右脚が路面を踏みしめ、機体の揺れが止まった。
管の内側で、赤いものが吹き上がった。熱がコクピットまで伝わってきて、砲身の先が白く光った。
「ほう。見せてみよ」
一つ目は逃げずに、持ち上がった脚と砲身を見ていた。
「撃つ」
砲身から赤いガスが噴き出し、交差点の上を斜めに走った。ガスは、剣が素通りした蔓の隙間へ入り込み、内側で膨らんで、編み目を内から押し広げた。張り詰めた蔓の内側が、赤く透けた。
「待て待て」
一つ目が、こちらを向いたまま歪んでいく。
「余は、正当に──」
「聞く必要がない」
ブラックが操縦桿を倒した。砲身が脚の中へ畳み込まれ、左脚が地を踏み直す。マシマシオーがオーションカリバーを両手で握った。太麺の刃が、白く光り始めた。
「ヌードルドライブ!!」
上から下へ、一直線に。張り詰めた蔓が真っ直ぐ裂けた。巨体が崩れて、黒い煙になって散った。砲身の管の中で、赤いものが少しずつ収まっていく。ブラックはそれが完全に止まるまで操縦桿から手を離さなかった。
コクピットの窓の外で、崩れた信号機の下に人が戻り始めている。歩道の縁石に座り込んでいた女が立ち上がり、隣の男に何か言った。男が首を横に振る。二人とも笑っていた。
ブラックはその様子をしばらく見て、それから視線を戻した。
「降りるぞ」
「あ、はい」
「私は明日、六時に起きなきゃいけないんだからな」
「え」
「次の店がある。これ以上、仕事は潰せない」




