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第三杯目 麺好法師は許さない②

結局返信はしなかった。怪人が出ても、自分が行かなければ済む。


その日の夕方、ひばりは次に回る店へ向かって、駅前を歩いていた。店は駅の向こう側にある。信号待ちの列に並んだところで、駅ビルの屋上から、黒い蔓の塊が通りへ降りてきた。悲鳴が上がり、列が崩れた。


「目黒さん!」


乃絵の声だった。怪人に遭遇し、乃絵にも見つかった以上、無視するわけにもいかない。ひばりは駅ビルの搬入口へ回り込み、下りたシャッターの陰で腕輪に指をかけた。


「マシマシチェンジ!」


相手は、ひょろりと背の高い怪人だった。体は黒っぽい蔓のようなもので編まれていて、隙間から中が透けて見える。頭の位置に、大きな一つ目があった。その目が、こちらを見た。


「ふむ。幾日か、上から見せてもらった。所見を述べる。──そこの緑。星ふたつ」


甲高い声だった。ヤサイグリーンの頭の上に、小さな星が二つ浮かんだ。


「え!?」


「動きは悪くない。決め手を欠く。よって星ふたつ」


「なんですかこれ、消えないんですけど!」


「白。星ひとつ」


アブラホワイトの頭上に、星が一つ。ホワイトが自分の頭上へ手を伸ばした。指が、星をすり抜けていく。


「後ろで守るばかりで、前へ出るのが遅い。よって星ひとつ」


「そんなぁ……」


「黄。星ひとつ」


「はぁ!? なんで!?」


「騒がしい。鼻につく」


「てめえの方が鼻につくんだよ! しばき倒すぞ!」


「赤。星ふたつ」


ブタレッドの頭上に、二つ。


「そして黒」


一つ目がカラメブラックを見た。ブラックは銃を提げたまま、動いていない。


「星なし」


ブラックの頭上には、何も浮かばなかった。


「戦う気のない者は、評価に値せん」


「は?」


「怒るな。所見を述べたにすぎん。余はツターン。見たものすべてに、正当な評価を下す者だ」


ツターンはそのまま街の方へ首を巡らせた。首だけが、蔓の束の上で百八十度回った。


「そら、そこの者も。星ひとつ」


歩道を走っていた男の頭上に、星が一つ浮かんだ。


「え?」


「そちらの方、星みっつ。そちらのお子さん、星なし。そちら、そちら、そちら──」


星が、次々に浮かんだ。逃げようとしていた人々が、足を止めて上を見た。自分の頭の上は見えない。だから隣を見た。


「……お前、みっつあるじゃん」


「え、俺?」


「俺ひとつなんだけど」


「いや、俺だってさっきまで」


「ちょっと待って、私なし?」


「なしって何、なしって」


星みっつの男が、隣にいた女の腕を掴もうとした。女の頭上には何もなかった。掴みかけた手は、途中で止まった。


「行きましょう! あれ止めないと、街中がこうなります!」


グリーンが叫んだ。


---


戦いは、噛み合わなかった。ツターンは強くない。むしろ弱い。動きは緩慢で、攻撃らしい攻撃もしてこない。ただ、蔓の体は隙間だらけで、ワシワシメーンの刃が編み目を抜けて反対側へ出てしまう。ニンニクスライサーも、アブラハンマーも同じだった。振り抜いたあとに、削れたものが何もない。


「効かない! すり抜けます!」


「もっと近づいて!」


「近づいてますって!」


ブラックは撃たなかった。構えたまま、引き金を引かない。


「目黒さん! 後ろから撃ってください! そこからなら」


レッドが叫んだ。


「なんで私が撃つ必要がある」


「え」


「私は、行かなきゃならない次の店があるんだ」


その一言で、四人の動きが止まった。


「店って」


「私のブログだがな、三日前から更新が止まっている。行くはずだった店にも二軒行けなかった」


ブラックは銃口を下げた。


「でも、今は」


「正義ごっこは、お前たちでやってくれ」


先に口を開いたのは、グリーンだった。


「……目黒さん」


「なんだ」


「お気持ちはわかりますが、力を持ってしまったからには、戦うのが責任なんじゃないですか」


ブラックが振り返った。


「押し付けないでもらえるか!? 私はこの力を望んでいない! 同意した覚えもない! 勝手に変なモン食わされて、勝手に戦隊に選ばれて、それで責任だと!?」


「そういう意味では」


「じゃあどういう意味だ! こっちはブログで生計立ててんだよ! 更新が止まれば、その分だけ金が入らなくなる。二年かけてやっと食えるようになったのを、なんで勝手に潰されなきゃならない!?」


「はぁ?」


ニンニクイエローだった。


「なんですかそれ。俺だって戦ってんですけど」


ブラックの方へ、一歩出た。


「俺だって大学あるし、現場だってあるし、それ全部飛ばして来てんですけど。それをそんな言い方します? ありえねー。そういうこと言う?」


「ああ、そうか。親にオマンマ食わせてもらってるガキには分からないだろうな」


「あの、その、それは、ちょっと」


ホワイトが小さく声を出した。


「お前は社会人か。職場の評価にケチがつく前に身の振り方を考えた方がいいぞ」


ホワイトは、胸の前で両手を握りしめた。


「別にブログを書くなといいたいわけじゃなくて」


「もういい」


グリーンが口を挟むやいなや、ブラックがカラメシューターを持ち上げた。銃口が、四人の方を向いた。


「え」


「下がれ」


「目黒さん、それ」


引き金が引かれた。イエローの足元から三十センチのアスファルトが弾け、破片が跳ねた。


「うわっ!」


「次に何か言ったら、当てる」


通りにいた人間は、星を頭に載せたまま駅の方へ散っていく。人の流れが途切れたところで、ブラックは腕輪の留め具へ指をかけた。外した瞬間、手の中の銃が光になって散り、変身が解けた。ひばりはその腕輪を地面へ叩きつける。キャップを被り直して、鞄を拾った。


「私はこんなことに付き合う気はない」


それだけ言って、ひばりは駅の方へ歩いていった。


「あー、はいはい」


イエローが地面のチェンジャーを蹴ろうとした。その足が届く前に、レッドが拾い上げた。イエローは行き場のなくなった足を、そのまま下ろした。


「あんなやついなくていいし! つーか五人って多すぎなんだよ、機動力ないし!」


「関内さん」


「いいから!」


そのあいだに、ツターンは駅ビルの壁を這い上がり高い所へ退いていた。入れ替わりに、通りのあちこちからアオガッパが湧いてきた。四人はその群れに向かった。


「あっ、逃げやがった!とにかくこの雑魚倒すしかねえか!」


「関内さん、行きすぎです!」


そう叫ぶレッドも、前に出すぎている。二人が突っ込むと、そのあいだが空く。空いた場所へアオガッパが入ってくる。それを塞ごうとしてグリーンが動くと、今度はグリーンが囲まれて、身動きが取れなくなる。


「両方は無理です!」


「じゃあどっちか選んで!」


「選べません!」


「くそっ」


イエローが三体に囲まれた。


「関内さん!」


レッドが向かう。レッドのいた場所が空く。空いた場所へ二体が入り、グリーンに両側から掴みかかった。グリーンは払いのけるのに手を取られて、弓を引き絞れない。


「撃てません、近すぎます!」


グリーンが叫んだ。


「下がってください!」


「下がったら人がいます!」


四人が少しずつ後ろへ下がっていく。イエローが吼えた。


「なんで一人減っただけでこうなんだよ!」


下がった先の通りには、まだ逃げ遅れた人が残っていた。このまま下がれば、戦いに巻き込む。誰かが逃がさなければならない。ホワイトが戦いを抜けて、そちらへ走った。


「こっちです! こっち、まだ通れます!」


「そこの角を左! 左に行けば大通りに出ます!」


ホワイトはアブラハンマーを腕輪へ戻して、腰を抜かした男の脇に両手を入れた。引きずるようにして路地の奥へ運ぶ。


「立てますか。立てなくていいです、そのままで」


ホワイトが路地の奥を指した。


「そこ、小学校の裏に抜けます! その先の階段、途中で折れてますけど、上まで行けば隣の敷地に出られます! 私道ですけど、今は誰も文句言いません!」


ホワイトは、ふだん営業でこの辺りの管理物件を回っている。どの角がどこへ抜けるかは、足で覚えていた。


「そっちは駄目です! 突き当たりが工事中です!」


走っていた三人が、その声で足を止めて引き返した。ホワイトは、ベビーカーを押した女が段差で立ち往生しているのを見つけて、前輪を持ち上げてやる。


「大丈夫です、こっちは俺が見てますから」


言ってから、ホワイトは一度だけ交差点の方を振り返って、また路地の奥へ向き直る。


「ふむ」


ツターンは高い場所から眺めていた。


「四人に減ったか。総合で星ひとつ。もういい。見るに堪えん」


そう言って、ツターンは駅ビルの向こうへ消えた。


イエローが一体を斬り、空いた隙にレッドが胴を割り、下がったグリーンが遠くの一体を射る。三体倒すごとに、誰かが膝をついた。敵は減っていくが、こちらの体力が削られる方が速かった。


三十分後、四人はぼろぼろになって引き上げた。倒した相手は、アオガッパが十一体。ツターンには、指一本触れられていなかった。

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