第二杯目 合体!マシマシオー⑦
ホープケーンが後退していく。通りを外れ、細いビルの谷間へ入っていく。左右に古い雑居ビルが並んだ、入り組んだ一角だった。
「そらそら、こっちよ。ここまでおいでェ」
マシマシオーが、そこへ足を踏み入れた。肩が壁を擦る。剣を振ろうとすると、振り切る前に反対側の壁に当たった。
「狭い。ここなら向こうも逃げ場がない。あの壁ごと斬れば届くだろうが」
ブラックが言った。
「待ってください! ビルの中に人がいるかもしれません!」
レッドが即座に叫んだ。
「避難は済んでるだろ」
「済んでるって、誰が確認したんですか」
「あの怪人が現れた直後にサイレンが鳴った。放送も出ている」
「あれから何分なんですか。全員逃げきれてますか」
「議論する時間が惜しい」
「あの、俺も、ちょっと、さすがに」
ホワイトがおずおずと口を挟んだ。
「その、あのビル、うちのお客さんが入ってるビルで」
「知りませんよ! そんなん言ってたら永遠に倒せないでしょ! 壊しましょうよ! ビルなんか建て直せるでしょ!」
イエローが叫ぶ。
「簡単には建て直せません!」
「いつかは建て直せるでしょ!どっちにしろぶっ壊されるっつってんの!」
腕が、勝手に動いた。五人分の意思が、同じ機体の中でぶつかっている。右腕が上がろうとして、左脚がそれを嫌がり、胴がねじれる。マシマシオーが、大きくよろけた。
「ちょっ、止まって! 止まれって!」
「誰が動かしてるんですか、今!」
「全員です!」
「五人が一つの体に乗れば、そうなるわなァ」
ホープケーンはもう腕を引いている。その腕が、真横から来た。
「まずい、来ます!」
グリーンが叫ぶ。議論はそこで終わった。
「うおおお!」
誰が最初に動いたのかは分からない。迫る腕から、五人が同じ向きへ体を逃がした。マシマシオーが、オーションカリバーを両手で握る。
払う。脂の腕が刃に弾かれて上へ流れ、流れた先で隣のビルの外壁を削った。反対の腕が来る。受ける。
「アブラ、カラメ、マシ!」
ブラックが叫んだ。両脚に熱が降りて、機体が沈む。腰が据わった。刃を立てて受け、腰から押し返す。脚の熱は、押し返したところで腕へ戻っていった。
踏み込む。狭い。踏み込むだけで足の下のアスファルトが割れ、衝撃が地中を伝って、両脇のビルの窓が一斉に砕けた。ガラスが上から降ってくる。そのあいだにも、次を打たなければならない。
太麺の刃が、巨体の胴を横へ薙いだ。脂が飛び、壁に叩きつけられた。
もう一度。今度は縦に、上から下へ。膜が裂けて、その奥に、あの赤い光がまた見えた。
「あそこです!」
「わかってる!」
三度目。
『──そこだ』
大豚の声が入った。
『剣に力を溜めろ。全員でだ』
「力って、どうやって」
『同じ方向を向け。それだけでいい』
マシマシオーが、剣を両手で握り直した。刃を頭上へ立てる。太麺の縁が、根元から先へ順に白く光り始めた。
『ヌードルドライブで決めろ!』
「ヌードルドライブ!!」
上から下へ、一直線に。刃が、赤い光ごと胴を断った。
「おォ、のれェ」
ホープケーンが崩れる。巨体が、ゆっくりと後ろへ倒れていった。倒れながら、その体が隣のビルへ寄りかかる。
「あ」
ビルが、ひしゃげた。外壁が剥がれ、上の三階分が斜めに落ちる。落ちた先の建物が、その重みで潰れた。
音は、長かった。崩れ終わるまで十秒近くかかり、そのあいだ誰も機体を動かさなかった。土煙が、通りを埋めた。コクピットの中では、五人分の息の音だけがしていた。
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土煙が晴れたあと、五人は人の入れない瓦礫の陰へ回って変身を解いた。灰色の粉が、まだ空気に残っている。息を吸うと喉の奥がざらついた。装甲が消えた途端に、二月の夜が肌へ戻ってくる。
倒れた壁のあいだから、ひしゃげた自転車が突き出している。二階のどこかにあったらしい鉢植えが、割れて土を撒き散らしていた。折れた物干し竿。曲がったアルミサッシの向こうに、無傷のカーテンが半分だけ垂れている。
サイレンの音が近づいてくる。
「……これ、俺たちが、やったんですよね」
千代太が掠れた声で言う。
「あの、でも、あれを倒さなかったら、もっと」
「そうだな」
ひばりが言った。瓦礫から目を離さないままだった。
そのとき、乃絵の足元で何かが光った。乃絵はしゃがみ込み、反射的に手を伸ばした。
「あれ」
摘まみ上げて、目の高さに掲げた。
「なんだろ、これ」
小さな欠片だった。親指の先ほどの大きさで、黒いような、飴色のような、はっきりしない色をしている。光を当てると、内側でわずかに何かが動いた。四人が覗き込む。
「怪人が消えたとこに落ちてたんですけど」
『──その欠片、回収しろ』
大豚の声が、通信に入った。
『放っておくと、その力がまた怪人になるかもしれん』
「え」
千代太が青ざめる。欠片を持った乃絵の手から、半歩だけ離れていた。
「じゃあ、これ、持ってると危ないんじゃ」
『管理している分には何も起きん。放っておくのがまずい。何に反応して生命を宿すかわからないからな』
「……そうですか」
千代太はそれ以上聞かなかった。預かると言う者はいなかったが、断る者もいない。ただ、間が空いた。
「じゃあ、私が持っときますね」
乃絵が言った。
「え、いいんですか」
「はい。誰もやりそうにないし、今鞄あるし」
「すみません、じゃあ、お願いします」
乃絵はその欠片を鞄の内ポケットにしまった。千代太は通路に置いてきた鞄と上着を、ひばりはカフェに残した鞄を取りに戻った。
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その夜のニュースは、崩れた一角の映像から始まった。上空からの映像だった。二棟が完全に潰れ、周囲の道が封鎖されている。人的被害は、幸い出ていない。
次に流れたのは、スマホで撮られた縦長の映像だった。巨大な人型ロボットが、太い剣を振っている。振った先で、ビルが倒れていく。
『現場付近で撮影されたこの映像には、正体不明の巨大な機体が映っており』
『専門家は、これが本日から出現している一連の存在と関連しているとみて』
ジロウは自宅の居間で、それを見ていた。父が夕飯の皿を並べている。何も言わなかった。画面が、街頭インタビューに切り替わる。
『正直、怖いです。だって、あいつらがいる場所が狙われてるじゃないですか』
『助けてくれてるのかもしれないけど、滅茶苦茶に戦われて家が壊れたら意味なくないですか』
『誰が責任取るんですかね、これ』
ジロウは箸を持ったまま動かなかった。皿から立つ湯気が、途中で細くなって消えていく。
「ジロウ、食べなさい」
父が静かに言った。
「……うん」
ジロウは小さく手を合わせて、煮物を一つ口に入れ、長いこと噛んでいた。その夜、五人のグループには、一通もメッセージが送られなかった。




