第二杯目 合体!マシマシオー⑥
煙が消えていなかった。地面に落ちたそれが逆に集まり始めている。渦を巻き、膨れ、上へ伸びていく。
「え」
膨らんだ。ビルの三階を越え、四階を越え、そこで止まらず、まだ膨らむ。ホープケーンの脂に濡れた巨体が、さっきの十倍以上の大きさでもう一度立ち上がっていた。
「まだだ」
声が、上から降ってきた。さっきより低く、太く、通りの端まで震わせる。
「まだよォ、まァだ終わっておらぬわ。核が残る限り、何度でも立つ。しつこいのが取り柄でなァ」
「いや……いやいやいやいや」
イエローの声が掠れている。
「聞いてないですよ、こんなの!」
ホワイトが後ずさる。その足が、割れたアスファルトの縁に引っかかった。
『まあ、説明していないからな』
耳の内側に、声が響く。
『核を割られると、一部の怪人は大きくなる。中身を守るために、外側を膨らませているわけだ』
「じゃあ核は!」
『まだ生きている。もう一度割れ』
「もう一度って、あの大きさで!?」
『腕輪を見ろ。ボタンが二つあるはずだ』
大豚の声は落ち着いていた。
「……あります。小と、大が」
『大を押せ』
「大?」
『うちの券売機に、小と大があっただろう。同じことだ』
イエローが大きい方のボタンを叩いた。腕輪が、券売機と同じ音を立てる。がちゃん、と鳴って、差し込んでいた食券が押し出された。抜き取ると、手触りが変わっている。厚い。ひと回り大きい。表面の文字も違っていた。四人も続いてボタンを叩いた。
『それを、頭の上に掲げろ』
「掲げて、どうなるんですか!」
『その食券が、機体になる。腕輪と同じ肉から組んである』
五人がそれぞれの食券を高く掲げた。食券は熱を持って指を離れ、頭上で見る間に膨らんだ。膨らみながら路面へ降り、五つの機体の形を取っていった。
一機目は赤い、巨大な豚の形をした機体だった。四本の脚が順に路面を叩き、足踏みするたびに厚い胴が上下する。口にあたる場所から、熱で歪んだ空気が漏れていた。ホムラブタ。
二機目は黄。無数の刃を前面に並べた装軌車輌。刃が回転しながら、アスファルトを削って進む。アーリオタンク。
三機目は緑。路面に張りつくように低い、スーパーカーのような車体だった。スプラウトスピード。
四機目は白。巨大で、鈍重な鉄道車輌。曲がることを最初から考えていない形をしていた。ラードエクスプレス。
五機目は黒。回転する筒を背負った作業車輌。筒の中で、粘い何かが唸っていた。ソースミキサー。
「うっそでしょ」
「これに乗るんですね!?」
「多分そういうこと!」
グリーンが答えると、五人がそれぞれの機体へ跳び乗った。
『座ったら、操縦桿を握れ。あとは自分の体だと思って動かせ』
握ると、機体の重さが自分の体に重なってくる感覚があった。操縦席の脇には差込口があり、自分の色の食券が一枚挿さっていた。
「うおおおお、これ最高すぎるだろ!」
アーリオタンクが真っ先に突っ込む。前面に並んだ刃が回転し、アスファルトを削りながら足首へ噛みついた。削れたそばから埋まっていく。刃が回るより速く、脂が流れ込んでくる。
「削れてる! 削れてるけど戻っちゃうな!」
「関内さん、突出しすぎです!」
戻ろうとしたタンクの上へ、巨大な足が落ちた。避けきれない。横腹をかすめられ、装軌が片側だけ浮いて、車体が横滑りする。
その進路へ、スプラウトスピードが割り込んだ。低い車体を浮いた側の装軌の下へ差し込み、傾いたタンクを路面へ押し戻す。横滑りの向きが変わり、二機がまとめて足の下から抜けた。そのまま路面を滑るように向きを変えて、また戻ってきた。
ホープケーンの首が、それを追って左右に振れた。
「うわ、あいつこっち見てます!」
「そのまま引っ張ってください!」
首が振れれば、体も追う。追った分だけ、正面ががら空きになった。ラードエクスプレスが、そこへ真っ直ぐ突っ込む。
「すみません、俺、これしかできないので!」
激突。正面の鉄塊が巨体の脛に食い込んだ。車体が浮き上がり、後輪が空転する。押し込む力の行き場がなくなって、代わりに車体そのものが跳ねた。それでも巨体が半歩下がる。その半歩を、ソースミキサーが狙った。
背負った筒が回転し、粘性の高い何かを膝の裏へ叩きつけた。下がった半歩の分だけ、膝の裏が、こちらへ向いている。粘りが関節に絡み、曲げようとした膝が途中で引っかかって止まった。
「動きが止まりました!」
止まった的へ、ホムラブタが正面から炎を吹く。口が大きく開き、赤い炎が真っ直ぐ噴き出した。脂の膜が燃える。燃えて、溶けて、垂れた。落ちた先の路面で、火が二度跳ねる。
「豚って炎を吐くんだ!」
「小癪な」
巨大な腕が振り下ろされた。五機が散る。散って、それきり次の手がなかった。隙は作れても、仕留める力が足りない。
「あんま効いてないですよ! 一機ずつじゃ話にならない!」
『合体するんだ』
大豚の声が割り込んだ。
『五機は、一つになるように出来ている。増増合体と唱えろ』
「え、何、マシマシガッタイ!?」
『五人でだ。一人でも黙っていたら組み上がらん。声を合わせろ』
「またそういうシステム!?」
『そういうことだ。──早くしろ』
五人が息を吸った。誰かが遅れ、揃わなかった。
「もう一回!」
二度目。
「増増合体!」
五人の声が、今度は揃った。
ホムラブタが四本の脚で路面を蹴り、残る四機が追って跳ねた。五機が、宙で組み上がる。ホムラブタが胴に。アーリオタンクとスプラウトスピードが両腕に。ラードエクスプレスとソースミキサーが両脚に。組み上がった機体が、通りに着地する。
『それがマシマシオーだ』
右手に、剣が現れた。太く、平たく、縁が波打った刃だった。丼の中で見た麺と似たような形をしている。
『オーションカリバーで攻撃しろ! その剣のことだ!』
「……うわ」
五人分の声が、コクピットの中で重なった。ついさっきまで他人だった五人が、一つの機体の中に並んで座っていた。
正面の壁が光った。
計器らしきものは何もない。ただ、五人の座席の並びをなぞるように五つの光点が横に並び、その下に数字が一つ浮かんでいた。
100%
「……なんですか、この数字」
ホワイトが身を乗り出した。
『出力だ』
大豚の声が入った。
『五人分の力を、そのまま合わせた数字だと思え。今、五人揃っている。だから百だ』
「足し算で百ですか」
『そう考えていい。その力をどこへどれだけ振り分けるかは、店と同じく、コールで決めろ』
「じゃあ」
イエローが数字を指した。
「一人抜けたら、八十になるってことですか」
『減る。どれだけ減るかは、そのとき見ろ』
「単純計算ですけど、二十ずつじゃないんですか」
『個人差があるかもしれない。検証していない以上知ったかぶりはしない』
大豚の声はそれきり途切れた。レッドは五つの光点を見た。
「……とにかく揃ってなきゃ駄目ってことですよね」
「そういうことでしょ」
イエローが言うと、ブラックが短く続けた。
「まあ、私が抜けたら八割で頑張れ、ということだな」
「言ってませんよ、そんなこと!」
「いやさ、巨大ロボットだぜ。これ、めっちゃすごくない!?」
「ね、すごいですよね!」
「うるさい」
「あの、これ、どっちに動かせば」
コクピット内はまとまりを欠き、機体がふらついた。




