第二杯目 合体!マシマシオー⑤
「攻撃が来る! とにかく今は目の前のやつを止めないと!」
グリーンが叫んだ。その一声で全員が前へ出た。
レッドが正面を受け、イエローが右へ回り、ホワイトが二人の後ろで盾になり、ブラックが後方で間合いを測り、グリーンが全体を見た。自然と配置が決まった。
脂の腕が上から来た。レッドが剣を立てて受ける。膝が沈む。アスファルトが割れる。押し込まれながらも支えきった。
「今です!」
レッドは、自分でも意外なほど大きな声を出していた。イエローが右から入る。膝の裏へ刃を送った。ブラックが後方から刃を伸ばし、反対の足首に巻きつけて引く。片方の膝が緩み、もう片方の足が後ろへ流れて、巨体の重心が前へ傾いだ。
「押します!」
ホワイトがレッドの背中に肩を当てて押した。二人分の力が、受けた腕を押し返す。ホープケーンが初めて一歩下がった。
「おっと。揃えば、多少は動けるのか。ちィと侮ったわ」
その声から、笑いが消えていた。
「よし!」
「でも、同じことをもう一回できる余裕はありません!」
そのとき、耳の内側に声が入った。大豚だった。
『──いつまで剣一本でやっている』
「え!?」
『ワシワシメーンは、全員に同じものを配ってある。汎用の武器に過ぎない』
「それだけって、他に何があるんですか!」
『ある。腕輪には、もう一つ武器が入っている。それぞれの得物だ』
「得物!?」
『空いている方の手を開いて、武器を思い浮かべろ。剣は腕輪へ戻せ』
四本の剣が、握られたまま輪郭を失って消えた。レッドだけが、右手を開かなかった。
「思い浮かべるって、何を!」
『今、何が要る』
大豚はそれ以上言わなかった。ホープケーンは待たない。腕がもう振り上がっている。イエローが左手を開いたまま横へ跳んだ。さっきまで立っていた路面が、遅れて陥没する。
「思い浮かべる、思い浮かべる──」
何も起きない。開いた左手が、空を掴んでいるだけだった。
イエローの面が、目の前の脂の膜へ向いた。さっき刃が沈んだきり抜けなくなった、あの膜だ。
「断つんじゃない」
腕が下りてくる。
「刻めるやつ!」
言い終わる前に、左手が沈んだ。握りの横から細い刃が幾筋も伸び、前腕に沿って並んでいる。右手にも、同じものがあった。
『ニンニクスライサーだ』
腕輪から大豚の声がした。イエローは考えるより先に、左腕の刃を振り上げた。落ちてきた腕の内側を、下から上へ削る。
「うっわ、来た! 来ました!」
だが腕は止まらない。削られた分だけ軌道が逸れ、そのままホワイトの方へ流れた。
「わ、わ、わっ」
ホワイトが左手を開く。
「あの、要るものって言われても、俺、何も」
「今できることでいいんですよ!」
レッドが叫んだ。ホワイトの肩が、一度大きく上下した。
「思いっきり、殴れるもの」
頭の大きな槌が現れて、その重さでホワイトの体が半歩前へつんのめる。『アブラハンマー』と、腕輪の向こうで大豚が言った。つんのめった勢いのまま、槌を下から突き上げた。鈍い音がして、腕が跳ね上がる。打ち返した力が下へ抜けて、ホワイトの足が路面に十センチめり込んでいた。
「俺、今、当てました!」
「後ろ!」
腕は二本ある。もう一本が、低い位置から横へ薙いできた。グリーンが跳ぶ。跳んで、着地して、また跳ぶ。避けきれてはいるが、斬り返す間がない。
「近づけない! 全然近づけないです!」
「なら、近づかなくていいんじゃ!」
レッドが叫んだ。
グリーンの動きが、そこで止まった。
「届かないなら、遠距離から射てるもの」
短い弓が、左手にあった。『ヤサイアローだ』
レッドのすぐ横で、乾いた音が鳴った。膜の一点が弾けていた。振り向くと、ブラックの手に長身の銃が握られている。『カラメシューター』と、大豚の声が短く言った。
「……銃か」
ブラックは撃ったばかりの銃口を下げ、手の中の重さを確かめ直した。
「まあ、剣を振り回すよりは性に合っている」
四人が、それぞれ違う距離に立っている。レッドだけが、まだ自分の得物を持っていなかった。
何が要るか。考えるまでもない。自分は剣が得意だ、と思った瞬間に、左手が沈んだ。刃幅の広い大剣だった。肉を断つための刃だ。柄が長く、片手では先が落ちる。『豚斬包丁』
右手にワシワシメーン、左手に豚斬包丁。どちらも片手で扱う重さではない。包丁の切っ先が地面へ垂れ、剣の柄が手の中で滑った。剣は腕輪へ戻せ、と言われた意味が、そこで分かった。
「……包丁? 包丁なんですかこれ」
「知りませんよ!」
「うひょォ。小賢しい真似をしおるわァ」
ホープケーンが身を起こした。垂れていた脂が体の表面で一気に厚くなり、裂けた膜がみるみる塞がっていく。
「道具を増やしたところでなァ、所詮お前らは五匹の窮鼠よ。ぬふふ」
「まずいです、また閉じてます!」
「膜が厚くなってる」
ブラックが銃を構えた。
「ちょうどいい。試し撃ちだ」
引き金を引く。弾が出た。さっきより重い音がする。膜に当たったが弾かれた。
「駄目だ。表面には効かない」
「じゃあ剥がすしかないでしょ!」
イエローが飛び込んだ。
「うおおおお!」
両腕のスライサーを、膝の裏へ交互に振るう。刃が幾筋も並んでいる分、当たるたびに無数の線になって走る。剣は膜に沈んだが、これは沈まない。一本一本が浅いまま、面を横切っていく。粘りが刃を掴もうとして、掴む先が細すぎて掴めない。脂の膜が、細かく刻まれた。
「ガーリックミンス!」
叫んだのは、イエロー自身だった。
「え、なにこれ、俺なんか言った!?」
『武器の使い方は腕輪から情報が行く!』
刻まれた膜が、格子状に割れて剥がれ落ちる。その下から、濡れていない部分が覗いた。乾いた肌だった。
「剥がれたところは、すぐには塞がらないな」
ブラックが言った。グリーンが弓を引き絞った。弦には、いつのまにか一本の矢が番えられている。狙いは、剥き出しになった膝の裏。
「ベジタブルピアース」
放たれた矢が、剥がれた裂け目のちょうど中心へ吸い込まれる。ホープケーンが初めて悲鳴のような音を出した。支えを失った膝が、内側へ崩れる。
「前橋さん、今です!」
ホワイトが両手で槌を振り上げる。
「あ、あの、すみません、これ、どうやって」
『そのまま思い切り振り下ろせ!』
大きく振りかぶって、そのまま自分の体重ごと落とす。槌の頭が、崩れた膝の真上から入った。
「チャンキークラッシュ!」
アスファルトが円形に陥没する。膝の関節が砕けて内側へ折れ、ホープケーンは片膝を落とした。
「っしゃあ!」
ホープケーンが腕を地面について起き上がろうとする。その動きに合わせて、脂の膜が肩へ集まっていった。起き上がる肩を、膜で庇っているのだ。肩が厚くなるほど、他が薄くなる。
「膜が肩に寄った。胸の部分が薄いみたいだな」
ブラックが片膝をついて銃を構えた。銃口は肩を追っていない。膜が肩へ移った分だけ薄くなった、胸の一点を捉えている。
「フレーバーアサルト」
連射だった。同じ一点へ何発も撃ち込む。一発ごとに膜が削れ、削れた場所へ次の弾が入る。銃口はまったく動かない。反動が肩へ抜けても、狙点だけがその場に残っている。
三発目で穴が浅く空いた。四発目の前に塞がりかけたところへ、五発目が入る。六発目が縁を広げ、七発目で貫通した。
ホープケーンが大きく仰け反る。胸に開いた穴の奥で、何かが赤く光っていた。
「見えた。光ってるのがこいつの中身か」
ブラックが言うや否や、レッドはもう跳んでいた。考える手順を踏んでいない。ホワイトが砕いた膝。グリーンが射抜いた裂け目。イエローが刻んだ膜。ブラックが貫いた胸。四つが一本の道になっていた。
右手のワシワシメーンを、そこでようやく腕輪へ戻した。刃の輪郭が溶けるように消える。空いた両手で、豚斬包丁を握り直した。
重い。普通の剣とは重心が違う。刃の先ではなく、刃の腹に重さがある。体重を乗せて使う刃だった。
片膝が折れた巨体の胸は、跳んだ高さから見れば、もう下にあった。着地の一歩で膝を沈め、そこから刃を低く構えて潜り込む。下から、上へ。胸の穴の縁に刃の腹を引っ掛けた。掛かった。そこで、脚を伸ばす。
腰から背中、背中から腕へ、力が一本に通る。丼の底に沈んだ麺を、下から掘り起こすように。刃の腹に掛けた胸を、上へ、向こうへと押し上げる。砕けた膝では踏ん張りがきかない。巨体の上体が後ろへ反り、そのまま仰向けに倒れた。胸の穴が、真上を向いている。
「天地返し!」
倒れた胸の上へ跳び、包丁を振り下ろす。刃が胸の穴を裂き広げ、赤い光ごと、脂の膜を縦に割った。
「ぬ、あ」
割れた両側が、ゆっくりと外へ傾いだ。
「たかが、人間の、子どもがァ……」
割れた体は、路面に広がりきる前に煙になって崩れていった。
「やった……んですよね、今」
ホワイトが槌を下ろす。下ろした先のアスファルトが、また少し凹んだ。
イエローが両手を上げる。
「やったわ! なあ、今の見た!? 俺のやつ、めっちゃかっこよくなかった!?」
「うるさいな。黙れ」
レッドは着地したまま、割れた場所を見ていた。肩で息をしている。包丁を握った手は、もう震えていなかった。
激しく地面が震えたのは、それからわずか数秒のことだった。




