第二杯目 合体!マシマシオー④
窓の外が、影でふさがった。窓の向こう、通りの真ん中に、脂に濡れた巨体が立っていた。
全身から垂れ続ける膜。駅前の歩道橋を半分落とした、あの怪人の姿だった。ただし今度は垂れる膜の量が違う。路面に糸を引く程度だったはずが、今は肩から腰まで幾重にも重なって、輪郭を太らせている。垂れた先で白く固まり、冷えた路面に貼りついていた。
「嘘でしょ」
忍が呻く。
「早くないですか!? まだ数時間しか経ってないんですけど!」
ホープケーンは通りを見回している。街灯はもう点いていた。その光を浴びた膜が、黄色く濁って見える。そして、鼻に当たる場所を鳴らした。
「おやおやァ。いる、いるぞォ」
粘つくような、妙な節がついている。
「隠れても無駄無駄。お前たち、腹の中から匂うのよ。ぷんぷん漏れとるわァ」
そして、ゆっくりと一軒の店の方へ体を向ける。古いラーメン屋だった。
色褪せた赤い日除けが張り出し、端のほつれが夜風で揺れている。ガラス戸には「中華そば」の三文字。戸の内側には、割り箸の袋を細く裂いて作った短冊が、何本も下がっていた。
「出てこぬかァ。出てこぬなら──ほうれ、こうしてやろう」
ホープケーンが腕を振り上げた。
「あの店──」
乃絵が言った。そして、隣に立つひばりの顔を、確かめるように見た。
「目黒さん。……あの店、潰されてもいいんですか」
ひばりの視線が、一瞬だけ窓の外の店へ逸れた。
「っ、この」
ひばりが舌打ちした。鞄を椅子に叩きつけて、もう走り出していた。
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四人が通りに飛び出したところへ、後ろから足音が近づいてきた。
「すみませんっ、遅くなって!」
千代太だった。スーツの上着を腕に抱え、ネクタイが曲がり、額から汗が滴っている。二月の夜に上着を脱いでいるのは、それだけ走ってきたからだった。吐く息が、顔の周りで白く散っている。
「あんた、仕事は!?」
忍が叫ぶ。
「飛び込み中ってことにしてきたんで、しばらく大丈夫です!」
「どういう理屈だよ!?」
「営業なので!自由は効きます」
千代太はカフェの脇の細い通路に鞄を置いて、その上に上着を丁寧に畳んで乗せた。皺にならないよう、袖の折り方まで直している。そして、顔を上げた。
「すぐそこの物件にいたんです。窓から、あいつが見えて」
「おおっと、来おったわ来おったわ」
ホープケーンが両腕を広げて五人を見下ろす。広げた腕から、膜がぼたぼたと落ちた。
「五人揃い踏み。ようこそようこそ、まとめて片づけられて手間が省けるわァ」
五人は千代太が鞄を置いた通路へ一歩下がり、通りの人目から体を隠した。腕輪に食券を差し込む音が、五つ重なる。
「マシマシチェンジ!」
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戦いは、酷いものだった。最初の戦いでは、周りを見る余裕がなかったが、今度は見えた。五人が、てんでに別のことをしていた。
ニンニクイエローが真っ先に突っ込んだ。
「うおおおお!」
剣を大きく振り上げ、正面から脂の膜へ叩き込む。膜が波打つ。刃は途中で止まり、粘りに引き込まれ、抜けなくなる。引けば粘りがついてくる。押せばさらに沈む。
「あ、やば」
「ぬふ」
ホープケーンが笑う。刃を咥え込んだまま、身じろぎもしない。
「浅い浅い。ぜんっぜん浅いわァ。力任せに来る奴は、いっとう扱いやすいのよ」
腕が上から来る。
「関内さん、下がって!」
ブタレッドが跳んだ。横から刃を差し込み、テコの要領でイエローの剣ごと外へ押し出す。抜けた。その勢いで二人が縺れ、転がるように後ろへ逃げる。
二人がいなくなった正面に残ったのは、アブラホワイトだった。ホープケーンの反対の腕が、そこへ回り込んでくる。
「ひっ」
咄嗟に剣を横にして、両手で支える。支えきれない。膝が先に折れ、腕ごと押し込まれ、体が浮いた。背中から後ろの車止めに落ちる。石の角が装甲越しに背骨を打った。
「前橋さん!」
「だ、大丈夫です!」
ホワイトはふらつきながら立ち上がった。
ヤサイグリーンがホワイトと怪人のあいだへ滑り込んだ。グリーンは軽い。動きが一番速い。速いだけで、決め手がなかった。
刃を送り、伸ばして、脂の膜を薄く裂く。裂けたそばから、垂れてきた脂が上から塞いでいく。二本目を入れる。同じところが塞がる。三本目を入れるころには、一本目の跡がもう見えなくなっていた。
「切ってるのに、閉じちゃいます!」
「そんなことはわかってる」
カラメブラックだった。離れた位置で、剣を垂らしたまま立っている。
「膜は再生する。表を何度切っても同じだ」
「じゃあどうやって!」
「やる気がない人間に聞くな」
ブラックは動かない。構えてすらいなかった。
「なんで私が命懸けで怪人と戦わなきゃいけないんだ」
「戦う気ないなら引っ込んでてくださいよ!」
イエローが振り返って叫んだ。
「元からそのつもりだ」
「じゃあなんで変身してるんですか!」
「ぞろぞろ押しかけてきたのはお前たちだろ。おかげさまで怪人にも見つかった」
「せめて今くらいはやる気出せよ、あんた!」
「あの、二人とも、その、今はちょっと」
ホワイトが間に入ろうとして、両側から怒鳴られ、一瞬で萎縮した。レッドはその真ん中で立ち尽くしている。
数時間前、あの路地に子供を足止めしてしまった自分が、ここで四人をまとめられるはずがない。それでも、レッドは口を開いた。
「あの、みなさん、一回落ち着いて」
誰も聞いていない。
「よいよい、よいぞォ」
ホープケーンが腕を組んだ。わざわざ攻撃を止めて、見物する構えを取っている。
「揉めろ揉めろ、もっとやれェ。仲間割れは見ていて飽きんのよ。存分にやれェ」
「うるせえよ、てめえ!」
イエローが怪人に向かって怒鳴る。
「ニヤニヤ見てないでかかって来いよ! 見世物じゃねえぞ!」
「関内さん、煽らないでください」
「煽ってねえよ、キレてんだよ!」
「さァて、そろそろよいかのォ」
ホープケーンが腕を解いた。組んでいたあいだに垂れた脂が、足元に小さな山を作っている。
「飽きたわ」
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ホープケーンが腕を大きく後ろへ引き、真横へ払った。狙われたのは、あのラーメン屋だった。
看板が、根元から折れた。赤い日除けが裂けて、路面に裏返って落ちる。ガラス戸が内側へ倒れ、下がっていた短冊が一斉に舞い上がった。屋根の裂け目から、厨房の湯気が一気に抜けていった。
抜けきったあと、そこには何の匂いも残らなかった。冷えた空気に、埃の味だけが混ざる。
土煙が晴れると、店の前に老人が立っていた。
エプロンをして、手拭いを首にかけて、両手をだらりと下げたまま、自分の店だったものを見ている。逃げようとした様子はない。厨房から出てきたまま、足が止まっていた。奥から老いた女が出てきて、老人の腕を掴み、何か言う。老人は答えなかった。
「おおォ、よい顔だ。よい顔だァ」
ホープケーンが手を打つ。打った手のあいだから、脂が糸を引いて落ちた。
「人間はその顔をするから愉しいのよ。もっと見せェ」
先に動いたのは、ブラックだった。
「あの店は二十年やってるんだ。店主は二年前に腰を痛めて、湯切りが甘くなった。麺に残った湯で、スープが薄まる。だから、かえしを最初から濃くして合わせてるんだ。そうやって二十年、味を落とさずに続けてきた名店だぞ」
ブラックの口調が、さっきまでより速くなっていた。話しながら、もう前へ歩き出している。
「それを、あんなもんに潰されてたまるか。今回は戦ってやる」
ブラックが剣を構えた。この戦いが始まってから、初めての構えだった。イエローが舌打ちをする。
「あー、もう急にやる気出すなよ」
イエローは剣を構え直した。今度は柄の端まで、両手で深く握っている。
「ま、確かに腹減った時に行く店なくなんの、困るんだよ」
ホワイトが震える声で言った。
「俺たちで守りましょう」
震える手で、武器を握り直していた。
「俺、あそこの店、行ったことないですけど。……でも、外回りの時開拓できなくなるのは嫌なので」
グリーンが頷く。
「よし、いっちょ頑張りましょ!」
五人が横一列に並んだ。




