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復帰命令(一) 復帰命令の使者に、深々と一礼して——「お断りいたします」

その日のお客さまは、朝からずいぶんとまぶしかった。


 掃き掃除をしていると、参道の下のほうから、押し殺した言い合いの声が聞こえてくる。何ごとかと目をやれば、りっぱな身なりの男の人がふたり、鳥居を見上げたまま、動かずにいた。


 先頭に立っているのは、白髪まじりの恰幅のいい年配の方だった。金糸の縁取りが入った、教会の位の高い人が着る式服を着ている。首には黄金の鎖に大粒の宝玉をぶらさげた、これ見よがしの首飾り。手にした杖の握りにも、高そうな石がいくつも埋めこんであった。歩くたびに朝日を受けてちかちかと光る。


 その後ろで荷物にうずもれるようにしていたのが、痩せぎすの従者だった。両腕に大きな荷物を抱え、脇には日傘背には毛布の包み。汗みずくで、ひいひい言っている。


「おい、日傘だ。日が差してかなわん」


 年配の方が振り返りもせずに言うと、従者は荷物を抱えたままあわてて日傘をさしかけた。抱えきれずに毛布の包みを落として、またあわてて拾う。年配の方はそれを手伝うでもなく、ぶつぶつとひとりごとを言っていた。


「まったく、大司教さまも人が悪い。なぜこの私が馬車を十日も乗り継いで、このような田舎の山奥まで、足を運ばねばならんのか……」


 どうやらこの遠出がよほどご不満らしい。


「司教さま」と、従者がおずおずと口を開いた。「そのこの門は異教の……くぐって、よろしいので……」


「ばかを言うな」


 司教さまと呼ばれたその人は、杖の先で、とんと地面を突いた。自分に言い聞かせるみたいに、低い声を絞り出す。


「門だ。ただの門だ。木を組んで朱を塗っただけの、ただの門ではないか。これしきのもの、なにを恐れることがある」


 そう言うわりに、足は一歩も前に出ていなかった。私は笑いそうになるのをこらえて、参道を小走りに下りていった。


「いらっしゃいませ! どうぞ、遠慮なさらずにおくぐりください」


 私が下から声をかけると、司教さまはびくりと肩を跳ねさせた。それから覚悟を決めたように大きく息を吸って、目をつぶって鳥居をくぐった。従者も日傘と荷物でつっかえながら、そのあとに続く。


 ふたりともくぐりきったあとで、そっと自分の身体をあちこち確かめていた。とくに変わりはないと分かって、ようやく肩の力が抜けたらしい。司教さまは首飾りの宝玉をこれ見よがしに指でつまんで、私を見下ろした。


「そなたが、聖女スズランか」


「はい。いまはこの鈴の社の、ただの巫女でございますが」


 私が頭を下げると、司教さまはふん、と鼻を鳴らした。


 私は、おふたりを社務所にご案内した。


 板の間に座布団を出して、上座をすすめる。従者のほうは「おまえはそこで荷を見ておれ」と、土間の隅に追いやられていた。司教さまはどっかりと腰を下ろして、ふう、と息をついた。


「あらためまして。ようこそ、遠いところをお運びくださいました」


 私は教会にいたころに叩きこまれた、いちばん丁寧な礼をとった。背筋をのばして、両手を膝の前で重ねる。祈りの前の、正式な拝の形だ。十年毎日やらされていたから、身体が勝手に覚えている。


 この礼を見たとたん、司教さまの目が少しだけ見開かれた。


「……ほう」


 なにか、意外だったらしい。追放された落ちこぼれ聖女が、辺境で作法も忘れて暮らしているとでも思っていたのかもしれない。私は奥へ立って、お盆に甘酒とみたらしのお団子を用意した。お団子はこのあいだ思いついて、参道の茶屋にならべてもらっている新しい甘味だ。


「どうぞ。うちの新作でございます。甘酒は、うちの井戸の水で仕込んだものですよ」


 司教さまは長旅で喉が渇いていたのだろう、甘酒の椀を取ってひと口すすった。その瞬間眉がぴくりと動いた。それからお団子を一本つまんで、たれのからんだところを、おそるおそる口に入れる。もぐもぐと噛んで飲みこんで——ふと、その表情がゆるんだ。


「……うまい」


 ぽろりと、そうこぼした。ご自分でも、言うつもりのなかった言葉だったらしい。けれど今度は口をつぐまなかった。


「ふむ。田舎にしては、なかなか気の利いたものを出すではないか。もう一本、もらおうか」


 すっかり、ご機嫌になっていた。二本目三本目とお団子を平らげ、足を崩してくつろぎはじめる。従者が土間の隅で物ほしそうにそれを見ていたけれど、司教さまは一本も分けてやらなかった。


「いやはや長旅の疲れが、少しは取れるというものだ。どうだ、湯などは沸いておらんのか」


 私はにこにこと給仕をしながら、うちのいいところを、たっぷり見ていってもらおうと思っていた。ところがすっかり満足した司教さまは、お団子の最後の一本を口に放りこむと、ふと思い出したように姿勢を正した。


「——そうだ。危うく、忘れるところであった。私は、遊びに来たのではない。おい、筒だ」


 司教さまがあごで使うと、従者が革の筒をうやうやしくさし出した。司教さまはその筒から、封のされた一巻きの書状を取り出した。


 教会の紋が、上のほうに金の箔で押されている。ずいぶん、ものものしい。司教さまはひとつ咳ばらいをして、朗々と読み上げはじめた。


「——聖女スズランの件につき、大聖堂はこれを審議した。かねて申し渡していた破門審査は、これを保留とする。よって、あらためて命ずる。聖女スズランはすみやかに大聖堂へ帰参し、聖女の務めに復すべし。任地は——大聖堂、奉納品管理室とする」


 奉納品管理室。聞きなれない部署だ。お供え物の帳面でもつける、地味な仕事だろうか。まあ、どこだっていい。私はべつだんなにも思わなかった。


「以上である」


 司教さまは書状を巻きもどして、こちらへ身を乗り出した。まだ口のはしにたれがついていた。


「聞いてのとおりだ、聖女スズラン。教会は、そなたを許すと言っている。破門をまぬかれ聖女の位に戻り、ふたたび光神さまにお仕えできる。このうえない、ご恩情ではないか。——さあありがたくお受けするがよい」


 当然、受けるものと思っているらしい。上機嫌のまま鷹揚にうなずいてみせる。従者もその横でうんうんとうなずいた。


 私は、膝の上でそっと手を重ねた。そして教会仕込みのいちばん丁寧なお辞儀をして、顔を上げた。


「——お断りいたします」

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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 ——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。

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