門前町、できました(四) 「この町で、この子を産みたい」/参道を、端から端まで
門前町には、よその土地から移り住んでくる人も、ぽつぽつとふえてきました。あるとき、新しくできた宿の手伝いに雇われたという若い夫婦が、私のところへあいさつに来てくれました。ふたりとも、まだあどけなさの残る初々しいご夫婦です。そして奥さんのおなかは、それはもう、まるく大きくふくらんでいました。
「聖女さま。あたしたち、ずっと王都のはずれで、その日暮らしをしておりました」
奥さんはおなかをそっと、いとおしそうにさすりながら、はにかんで言いました。
「暮らしはいつもぎりぎりで。この子がおなかに来てくれても、ちっとも素直には喜べなくて。——こんな世の中に産んでやっていいものかって」
「まあ」
「そんなとき、この町の噂を聞いたんです。呪いの山に、あったかい聖女さまのいる鈴の社があるって。銅貨五枚で、だれにでも祈りを分けてくれるって。ここなら、きっとなんとかなる。——あたしたち、この町でこの子を産みたいんです」
この町で、産みたい。——その、なにげないひとことが、私の胸にじんわりと沁みました。ただお参りに来る場所ではなくて。この門前町が、だれかにとっての暮らしていく場所に、生まれてくるあたらしい命を迎える場所に。——そんなふうに、なりはじめている。それは、お守りが何個売れたとか、御朱印が何枚出たとか、そんな数字なんかより、ずっとずっとあたたかい手ごたえでした。
「……ええ。ええ、もちろんです」
私はしっかりとうなずきました。
「だいじょうぶ。この町で、元気な赤ちゃんを産みましょう。私、心をこめて、いちばんの安産のお守りをおつくりしますね。赤ちゃんが生まれてくるまで、ずうっとこの社が見守っていますからね」
奥さんはぱっと顔を輝かせて、それからうれしそうに、なんどもなんども頭をさげて帰っていきました。その、しあわせそうなうしろ姿を見送りながら、私はこの子が生まれる日が、いまからたのしみでしかたなかったのです。
* * *
その日の夕暮れ、私は当主さまと二人で、できあがったばかりの参道を、はしからはしまで歩くことになりました。名目は、いつもの視察です。けれど、槌の音のやんだ静かな夕暮れの参道を、こうしてのんびり二人でそぞろ歩くのは。なんだか、視察というより、ただの散歩のようでもありました。
軒さきには、ぽつり、ぽつりと提灯の灯りがともりはじめています。店じまいの支度をしていた人たちが、私たちを見つけては、口々に、気やすい声をかけてくれました。
「聖女さま、当主さま。今日も、おつとめ、ごくろうさまです」
「まいど、ごひいきに! 帰りに、鈴の焼き菓子でも、いかがです」
「うちのちびが、こないだの、おみくじのお守りで、熱を出さずに冬を越しましたよ。ほんとに、ありがとうございます」
マーサさんも、ガンツさんも、ロッコさんも。宿のあるじも、土産物屋の女房も。みんなもう、当主さまがこうして山に通ってくることを、ごくあたりまえの景色として受けいれているようでした。触れれば凍る呪いを持つ、氷の辺境伯。あれほど恐れられていたお方なのに。いまでは、こうして参道を歩けば、あちこちから、あたたかい声がかかるのです。当主さまは、それにいちいち返事こそなさいませんが。ほんの少し、あごを引くようにして、うなずいておられました。
夕日が、参道をあかね色に染めていきます。二人の影が、石だたみの上に、長く長くのびていました。私はなんとはなしに口をひらきました。
「……賑やかに、なりましたね」
「ああ」
「なんにもなかったのに。だれも寄りつかなかった呪いの山が。こんなに、たくさんの人でにぎわうようになるなんて。——私、ほんとうに、来てよかったです。この領に」
私が心からそう言うと、となりを歩く当主さまが、ふと足を止めました。そうして、なにかを言おうとして口をひらきかけ——けれど、その言葉をそっとのみこむように、いちど口をつぐんだのです。夕日が、そのけわしい横顔を赤く照らしています。しばらくの間があって。当主さまは前を向いたまま、ぼそりと、ひとことだけ、こうおっしゃったのです。
「……こちらの、台詞だ」
「え? いま、なにか、おっしゃいました?」
「……なんでもない」
当主さまは、ふいと顔をそむけて、また、ゆっくりと歩きだしました。私はその広い背中を、あわてて追いかけます。こちらの台詞、って。いったい、なんのことでしょう。何度聞きかえしても、当主さまはもう、なにも答えてはくれません。ただ、その耳の先が、夕日よりもほんのりと赤かったような。——きっと、あかね色の夕焼けの、いたずらだったのでしょう。私はそう思って、また、とことことその背中を追いかけたのでした。
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