門前町、できました(五) 「あの二人、まだなのかい」/「祭りは、やらないのかい?」
そんな二人のうしろ姿を、茶屋の二号店の前から、じいっと見送っている人たちがおりました。マーサさんと、その娘のリナさんです。
マーサさんは、店先の縁台で、お盆を小わきにかかえたまま、遠ざかっていくふたつの影を、目を細めてながめておりました。それから、ふう、とため息まじりに、となりのリナさんにたずねます。
「……ねえ、リナ。あの二人。まだ、なのかい」
「まだ、みたいですねえ」
リナさんも、あきれたような、それでいて、どこかほほえましそうな顔で、こっくりとうなずきました。
「当主さまのほうは、あんなにわかりやすいのに。山ほど貢いで、三日にあげず通いつめて。——それなのに、聖女さまときたら、まあ、これっぽっちも気づいてらっしゃらないんですから」
「まったくねえ。うちの店のテオとリナだって」と、マーサさんはちらりと娘の顔を見て、にやりと笑いました。「あんなにじれったかったのが、縁結びのお守りひとつで、あっさりくっついたじゃないか。——お社さまにも、いっそ、自分で自分のぶんの縁結びを書いてもらったら、どうだろうねえ」
「お母さんったら」
リナさんは、ぽっと頬を赤らめて、母親の背中を、ぺしり、とはたきました。マーサさんは、やれやれ、と大きく肩をすくめます。
「若いってのは、もったいないねえ。——あたしがもう二十若けりゃあ、こんなじれったいこと、しちゃいないよ。とっくに当主さまの首根っこ、つかまえてるさ」
二人は顔を見あわせて、くすくす、と笑いあいました。夕暮れの参道を、なにも気づかずに、のんびり歩いていく聖女と辺境伯を。門前町の人たちは、今日もあたたかく、そして、たいそう気をもみながら、見守っているのでした。
* * *
その晩のことです。一日の商いを終えた門前町の人たちが、茶屋の縁台に三々五々あつまって、夕涼みをしておりました。夏の宵の、なまあたたかい風が、参道の提灯を、ゆらゆら、ゆらゆらと揺らしています。私もその輪のはしっこにまぜてもらって、冷やした蜜湯を、ちびちびと飲んでおりました。
あちこちで、今日の商いの話やら、明日の天気の話やら、生まれてくる赤ちゃんの話やら、とりとめのないおしゃべりが、のんびりとつづきます。だれかのあくびがうつって、だれかの笑い声がはじけて。ずいぶんと平和で、しあわせな夜でした。何ひとつなかった呪いの山に、いまはこうして人の輪ができて、笑い声が絶えない。——ほんとうに、うそみたいだと、私はしみじみ思っておりました。
と。となりで、ぱたぱたと団扇を使っていたマーサさんが、ふと、その手を止めました。そうして、なにかいいことでも思いついたような顔で、私のほうを見て、こう言ったのです。
「そういえば、お社さま」
「はい?」
「——夏越しのお祭りは、やらないのかい?」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークと★での応援をいただけますと、更新の励みになります。
——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。




