門前町、できました(二) 「銅貨五枚の物売りが、領を乱す気か」——当主が、静かに
その門前町が、こんどはお役所のほうを、動かすことになりました。
ある日のこと、私はなんと、領都エルデの、辺境伯領の評議の席に招かれたのです。聞けば、あれよという間にふくれあがった参道の町を、これから領の正式な町として扱うかどうか、その大事な話しあいがあるのだとか。そうして、社のあるじである私からも、じかに事情を聞きたい——というのが、当主さまじきじきの、お召しの理由でした。
燭台級の聖女ふぜいが、領政のいかめしい席にまねかれるなど、そうそうあることではありません。私はもう前の晩から、そわそわして落ちつきませんでした。作法はどうしよう、末席でお茶をこぼしたりしないかしら、うっかり居眠りでもしたら大ごとです。——そんなことばかり、気に病んでおりました。
いざ評議の間に通されてみると、ずらりと居ならぶ年配の評議員のかたがたの、いぶかしげな、それでいてもの珍しそうな視線が、私の背中いっぱいに、ぐさぐさと刺さります。いっそ帰りたい。けれど、こうなってはもう、逃げるわけにもまいりません。私はいちばんの末席で、ただひたすら、小さく小さくなっておりました。
案の定、まっさきに口火を切ったのは、いかにも気むずかしげな、白いひげの評議員でした。
「——して。その、鈴の社とやら。聞けば、お守りひとつを、たったの銅貨五枚で配っておるそうだな」
「はい。さようでございます」
「まるで、物売りではないか。かりにも聖女ともあろう者が、銅貨を数えて商いのまねごととは。そのようなあやしげな儲けで、こんな山奥に民を集めて。……いずれこの領を、乱すつもりではあるまいな」
あやしげな儲け。領を乱すつもり。——なんだか、たいそうな言われようです。けれど、私はここで、しゅんとしてはいられません。だってそれは、私のいちばん、ゆずれないところなのですから。私はぴんと背すじをのばして、はきはきとお答えしました。
「いいえ。乱すだなんて、とんでもございません。——ただ、儲けのことでしたら。ええ、それはもう、しっかり、いただいております」
「な、なにっ」
「お守りが銅貨五枚、おみくじが銅貨一枚、御朱印が銅貨三枚。ちゃあんと、一枚残らず帳面につけております。ひと月で、これこれ、これだけ。——なんでしたら、ご覧になりますか?」
私が、ふところから帳面を取り出して、ついにんまりと差し出してみせたとたん、評議の間が、しいん、と静まりかえりました。白ひげの評議員は、あんぐりと口を開けたまま、絶句しています。……あ、あれ。わ、私、もしかして、なにか、とんでもないことを、言ってしまったでしょうか。
(う……せっかくの評議の席で、儲けの自慢を、してしまった……!)
冷や汗が、つうっと、背中を伝います。しまった、と思っても、もうあとの祭りです。
——その、凍りついたような沈黙を、破った声がありました。
「……ゲッツ」
それまで上座で、ひとことも発しなかった当主さまでした。低く、静かに、その名を呼ばれただけで、白ひげの評議員が、びくりと肩をこわばらせます。
「銅貨五枚が、あやしげな儲けだと言うのなら。貴殿は、そのたかが銅貨五枚が、このひと夏で、我が領になにをもたらしたか、まるで知らぬと見える」
当主さまは腕を組んだまま、静かに、けれど、ぴしりと言い放ちました。
「街道の人通りは、二倍。領都の宿場の実入りは、三割の増し。よそからこの地へ移り住みたいという願い出が、いくつも役所に積まれている。——呪いの領と、だれもが忌みきらった、この地にだ。ひと夏で、それをなしたのは。貴殿がいま『物売り』と呼んだ、その者ひとりだ」
しん、と、評議の間の、だれもが言葉を失いました。当主さまの、氷のように静かな、それでいて、びりびりと肌をさすような、その威厳。——ふだんは、山で「銅貨五枚です!」と私に金貨を突き返されては、ウンと二人でしょんぼり肩を落としている、あのお方と。とても、同じ人とは思えません。黒い装いに身を包み、上座から、居ならぶ評議員をひとりのこらず黙らせてしまう、その姿は。まるで絵物語に出てくる、ほんものの、辺境の王さまのようでした。
……私は、思わず、ぽう、と見とれてしまいました。
いけない、いけない。私はあわてて、ぱちぱちと、まばたきをします。なにを、ぼうっと。あのお方は、私が呪いを解いてお給金をいただく、大切な患者さまではありませんか。——それなのに、なぜだか胸のおくが、とくん、と、ひとつ、妙な音を立てたのを。私は気づかないふりをして、ぎゅっと、ひざの上でこぶしをにぎったのでした。
やがて、いちばん奥に座っていた白髪のご老体が、そのしわ深い手で、そっと長いひげをなでながら、しみじみと、つぶやきました。
「……長生きは、してみるものだ。わしがこの領に生まれて、はや七十年。呪いの領と呼ばれ、だれからも忌みきらわれ、若い者はみな出ていくばかりだった、この地に。——人が、来るようになるとはな」
その、たったひとことに、はりつめていた評議の間が、ふっと、やわらぎました。居ならぶかたがたが、みな、深くうなずきます。私はなんだか、胸のおくがじいんとしてしまって。うつむいたまま、ひざの上でにぎったこぶしに、そっと力をこめました。呪いの領と呼ばれたこの地に、人が来る。——それは、私ひとりの手柄なんかでは、ぜんぜんありません。銅貨五枚のお守りをひとつ買いに、はるばるこの山まで登ってきてくれた、そのひとりひとりの足が。いつのまにか、この北のはての領を、まるごと、変えていたのです。




