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門前町、できました(一) 呪いの山に、朝から槌の音。地代は、いただきません

朝もはやくから、山じゅうに槌の音が響くようになりました。とんてん、かんてん、とんてんてん。石段のわきでは真新しい柱が組みあげられ、ふもとでは屋根板を打ちつける音がひびき、参道のあちこちで木を挽くのこぎりの音までかさなって、朝からそれはにぎやかなことです。ガンツさんと弟子たちは、遠くから来る客が泊まれるようにと宿をもう一軒建て、マーサさんは山道のちょうど中腹に茶屋の二号店をこしらえ、ロッコさんときたら、どこから仕入れてきたのか、土産物を並べる店の場所を、鳥居のすぐわきに、それはもう目ざとく確保していました。ついこのあいだまで、だれひとり寄りつかなかった呪いの山だったはずなのに。いまでは朝から晩まで、人の声と槌の音が、やむことなく響いているのです。


 私はその槌の音を聞きながら、授与所の縁に腰かけて、うんうんと、ひとりで頭をひねっておりました。だってそうでしょう。これだけの店が、私の社の参道に、ずらりと軒をつらねるのです。ここはひとつ、この土地を預かる者として、しかるべき地代を、いただくべきなのではないかしら。


「ええと。宿から月に銅貨でいくら、茶屋からいくら、土産物屋からいくら……ふふ、それをぜんぶ、こう、集めれば」


 と、頭のなかで、みるみる積みあがっていく銅貨の山を思いえがいて、私の口もとは、だらしなく、にんまりとゆるみかけました。——けれど、そこで、はっと、われに返ったのです。いけません、いけません。ぶんぶん、と私は首を横にふりました。祈りの値段は、祈った人の一食ぶん。それが私の、たいせつな信条だったはずです。参道でお店を開くみなさんから、上前だけをはねてうまい汁を吸うだなんて。それではまるで、私を追い出した、あの、教会のやり口と、そっくりおなじではありませんか。


「……よし。地代は、いただきません」


 そのかわり、私はひとつ、いいことを思いつきました。授与所の板の間に、大きな帳面をひとつ、どんと据えたのです。名づけて、「社の修繕つけ帳」。参道で商いをするみなさんには、その日の儲けのなかから、ほんの一口、ひとにぎりの銅貨を、この社の直しのために寄進していただく。鳥居がかたむけば、そのお金で直し。石段が欠ければ、そのお金でつくろう。この社を、だれかひとりの持ち物ではなく、参道みんなの、みんなのものにするのです。


「へえ。地代を取らずに、つけ帳ねえ」


 私の話を聞いたマーサさんは、あきれたような、それでいて、どこかうれしそうな顔で、笑いました。


「お社さま。あんた、ほんとに欲がないねえ。地代でがっぽりいただいたって、だれも文句は言わないよ」


「いいえ。だって、みんなの社ですもの。——それに、そのほうが、鳥居が壊れたとき、みんなで『しかたないねえ』って、直してくれるでしょう?」


 私がそう言うと、マーサさんは、ふん、と鼻を鳴らして、それでも、いちばん先に、じゃらりと銅貨を、つけ帳の箱へ入れてくれたのでした。地主でございと威張って地代をむしるより、そのほうが、なんだか、ずっと私の性に合っていたのです。


     *  *  *


 その、みんなの参道に、いつのまにやら、名前がつきました。


 だれが言い出したというのでもありません。ふもとから鳥居まで、店と宿がぽつぽつと軒をつらねたこの一角を、山にのぼってくる人たちが、ごく自然に、こう呼びはじめたのです。——門前町、と。「門前町の茶屋で、ひと休みした」「門前町の宿に、泊まってきた」。はじめはだれかのなにげないひとことだったものが、口から口へとうつるうちに、いつしか、あたりまえの呼び名になっていました。私が知らないところで、私の社の門前が、勝手に、名前を持ちはじめていたのです。


 そうしてとうとう、それがまぎれもない、正式な町の名になったのは、ある一日のことでした。ふもとと領都のあいだを行き来する、乗合馬車の御者が、その日、鳥居の下で客をおろしながら、大きな声で、こう言ったのです。


「はい、門前町ぁ。次は門前町だよぉ。お社にお参りのお客さん、忘れもの、ないようにねぇ」


 私は、思わず、手にしていた箒を、取り落としそうになりました。だって、まだどこのお役所も、この町の名を、決めてなどいないのです。それなのに、乗合馬車のほうが先に、「門前町」という行き先を、当然のように、堂々と読みあげてしまった。お役人がむずかしい顔で紙に書きつけるより先に、乗合馬車の御者が、町の名を決めてしまうだなんて。


「……お役所より、馬車のほうが、早かったですね」


 私が、ぽかんとしたまま、ぽつりとつぶやくと、そばで石段を直していたガンツさんが、のみの手を止めて、にやりと笑いました。


「なあに。お社さま。名前なんてのはな、お上が紙に書くもんじゃねえのさ。人の口が、決めるもんだ」


「人の口が、決める」


「そうさ。人がそう呼びゃあ、そいつが名前よ。——げんに、あんただって、そうだろう」


 ガンツさんは、そう言って、私のことを、あごでしゃくりました。そういえば、私のことを「お社さま」と呼びはじめたのも、だれあろう、このガンツさんとマーサさんでした。なるほど、それもそうかもしれません。こうして私の社の参道は、だれの許しも待たずに、「門前町」という、りっぱな名前を、ちゃっかりと手に入れたのでした。

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