護送馬車は今日も快晴(一) 護送される本人が、鼻歌まじりで小銭を数えている
「銅貨、二十三枚」
がたごと揺れる荷馬車の上で、私は膝に広げた財産を、指先で一枚ずつ数えていました。
これが、教会に十年勤めた私の、全財産です。餞別としていただいた——いえ、正確には、荷造りをしていたら床に落ちていたのを拾い集めた、なけなしのお金。
二十三枚。うーん。
(少ない、と思ってはいけません。二十三枚**も**ある、と考えるのです)
物は考えようです。前世でも、社の修繕費が足りずに眠れない夜は、こう自分に言い聞かせていました。ないものを数えても仕方がない。あるものを、大事に数える。
「姉さん、ずいぶん熱心に数えるねえ」
荷物の山の向こうから、のんびりした声がしました。
同じ馬車に乗り合わせた、行商人のおじさんです。名前は、ロッコさんというそうです。反物やら、鍋やら、色とりどりの小間物やらを山と積んで、それに半ば埋もれるようにして座っている、恰幅のいい、陽気な人でした。北の町へ商売に行く途中で、たまたま同じ馬車になったのだとか。
「大事なお金ですから」
「はは、いい心がけだ。……にしても、姉さん。あんた、変わってるねえ」
「そうでしょうか」
「辺境送りだって聞いたよ。護送されてる本人が、鼻歌まじりで小銭を数えてる。……普通、もうちょっと、こう、めそめそするもんだろ」
めそめそ。うーん。する理由が、あまり見当たらないのです。
私はといえば、実に晴れやかな気分でした。だって、天気がいい。空は青く晴れて、道の脇には春の名残の雪。辺境ノルデンまでは、聞けば、馬車でおよそ十日の道のりだそうです。長い長い旅ですが、その果てには——住み込みで三食付きの暮らしが、待っているかもしれないのですから。
「めそめそしても、お腹は膨れませんので」
「違えねえ!」
ロッコさんが、腹を抱えて笑いました。愉快な人です。
一方、手綱を握った御者のおじさんは、朝からずっと、この世の終わりのような顔をしていました。私が銅貨を数えて、にんまりするたびに、痛ましそうにこちらを見る。まるで、処刑台へ向かう罪人でも運んでいるような、悲壮なお顔です。
同じ馬車に、こんなに温度差のある三人が乗っているのも、なかなか珍しいのではないでしょうか。
なにしろ、これから十日、この三人で北を目指すのです。旅の夜は、街道沿いの安宿に泊まり、食事は、教会が持たせてくれた、石みたいに固い旅パンと水だけ。それでも、律儀に十日ぶん、きっちり数えて持たせたあたり、いかにも教会らしい念の入りようです。おかげで、私の銅貨二十三枚は、旅のあいだ、一枚も減らずにすみそうでした。倹約は、得意なのです。
旅の初日。やがて御者のおじさんが、たまりかねたように口を開きました。
「……あんた、その、聞いてるかい。これから行く先のこと」
「ノルデン辺境伯領、ですよね」
「そうだ。……あんた、あそこの領主さまの噂は、知ってるのか」
知りません。私は首を横に振りました。噂話にはうといのです。教会では、噂をする暇があったら水を汲め、という教育方針でしたので。
「あそこの領主さまはな……触った相手を、凍らせちまうんだ」
「まあ」
「素手で触れられた者は、氷みたいに冷たくなって、動けなくなる。だから、屋敷の連中はみんな、手袋をしてるって話だ」
「へえ」
「もう十年だ。あの領主さま、十年も、誰にも触れちゃいない。人にも、獣にも。触れれば、凍らせちまうからな」
「……で、お給金は出るんでしょうか」
「話、聞いてたかい!?」
「聞いてましたよ、ちゃんと」
ロッコさんが、また笑いながら口を挟みました。
「姉さんは、肝が据わってるねえ。おれなんか、その話を聞いただけで、背筋がひやっとしたよ。凍る呪いだぜ? 冗談じゃねえ」
「凍る呪いだろうと、なんだろうと。個室と三食があるなら、教会よりよほど好待遇です」
「三食! そこかい!」
そこです。とても大事なところです。
ただ——正直に申し上げると。私が本当に気にかかったのは、お給金でも三食でもなく、別のところでした。
十年間、誰にも触れていない。誰の手も握らず、誰の肩も抱かず、誰にも触れられずに生きてきた。それは、いったい、どんな心地なのでしょう。凍える、というより。
……なんだか、ずいぶん、寂しい話です。
でも、それを口に出しても、御者のおじさんには、また「そこ!?」と叱られてしまうでしょうから。私は、その考えを、いったん胸の奥に、そっとしまっておきました。
馬車は、なおも北へ進みます。
日を追うごとに、御者のおじさんの怪談は、なぜかどんどん盛られていきました。二日目には「見ただけで凍る」になり、五日目には「近づいただけで凍る」になり、七日目にはとうとう「領主さまが庭を歩くと、木の枝の小鳥がぽとぽと落ちてくる」ということになっていました。
小鳥が落ちるのは、さすがに気の毒です。掃除も大変でしょうに。




