御朱印帳の旅人(四) 待って。うちの参道、勝手に町になろうとしてません?
御朱印が評判を呼んで、参拝客がどっとふえたころ。ある日の夕暮れの縁台は、いつのまにか妙な熱気に、包まれていました。
「——決めた。あたしゃ山道の、ちょうど中腹あたりに。茶屋の二号店を、出すよ」
マーサさんが、どんと胸を叩いて宣言したのです。御朱印を目当てに遠くから登ってくる客がふえたぶん、長い山道のちょうど半ばで、ひと息つける茶屋があれば、たしかにみんな喜ぶにちがいありません。
「なるほどな」と腕を組んだのは、石工のガンツさんです。「中腹に休み処ができりゃあ、遠くの客も、いっそう登りやすくなる。……そうなると、ふもとの宿だけじゃ、もう泊まりきれんぞ。あの宿を、もう一軒、増やさにゃなるまいな」
「宿がふえるなら」と身を乗り出したのは、ちゃっかり者のロッコさんです。「そりゃあ、参道に、屋台のひとつもふたつも、出てくるぞ。旅の客ってのは、帰りになにか買って帰りたいもんさ。土産物も要る。おれが行商のついでに、めぼしい品を見つくろってきてやるよ」
「いいねえ!」「そりゃあ繁盛するぞ!」
縁台に居あわせた人たちまで、口々にあれがいる、これがいると言いはじめました。あそこに井戸を掘ろう、こっちに馬をつなぐ場所がいる、いっそ荷車の通える道に広げなきゃ——。話はどんどん、大きく大きくふくらんでいきます。誰かが「なら、名前もいるな」と言えば、別の誰かが「宿の名は鈴屋がいい」と言い、それを聞いたマーサさんが「じゃあ中腹の茶屋は、鈴の茶屋の二軒目で、鈴々亭だね」と、もう看板の名まで決めてしまう始末です。私がなにか口をはさむ間もなく、話は私の頭の上を、びゅんびゅんと飛び越えていきます。
私はその輪のまんなかで、ひとりぽかんと口を開けていました。……あの、ちょっと、待ってください。私はただ、追い出された辺境で、小さな神社をひとつ、ひらいただけなのです。銅貨五枚のお守りを売って、おみくじを引いてもらって、御朱印を書いて。——ただそれだけの、つもりだったのに。
けれど、あらためてぐるりと見まわせば、この山は、ほんとうに変わりました。何ひとつなかった呪いの山に、いまは鳥居があって、石段があって、茶屋があって、ふもとには宿まで建って。朝から晩まで、人の声と笑い声が、絶えることなく響いています。それはぜんぶ、あの銅貨五枚のお守りが、ひとり、またひとりと、この山へ呼んでくれた人たちなのです。追い出された先の、だれも寄りつかなかった山が、いつのまにか、こんなにも。——町に、なろうとしている。そう思うと、なんだかこわいような、それでいて、どこか、くすぐったいような心地がしました。
二号店を出すよ、とマーサさんが言い。宿ももう一軒だな、とガンツさんが言い。屋台に土産物も要るぞ、とロッコさんが言う。
——待って。うちの参道、勝手に、町になろうとしてませんか?




