おみくじ騒動(四) 「大凶をくれ」と客が並ぶ、あべこべの社
その話が、あちこちに広まると。おみくじの評判は、私の思いもよらない、とんでもないことに、なっていきました。
「鈴の社のおみくじは、ほんとうに"当たる"らしいぞ」
「なかでも、大凶が、すごいらしい。引いた者が、命拾いしたっていうじゃないか」
——そうして、なんと。にわかには信じられないことが、起こりはじめたのです。
ある朝、六角の筒の前に立った、いかつい木こりのおじさんが、腕を組んで、大真面目な顔で、こう言いました。
「聖女さま。おれに、その、大凶ってやつを、一枚、くれ」
私は、思わず、目をまるくしました。
「……はい?」
「大凶が、いちばん、ご利益があるんだろう。命が助かるっていうじゃねえか。だったら、その、いちばん効くやつを、たのむ。なあに、銅貨一枚なら、安いもんだ」
「い、いえ、あの、それは。それだけは、選べないんです」
私は、両手を、ぶんぶんと横に振りました。
「おみくじというのは、神様が、いまのあなたに、いちばん必要なお言葉を、選んで、くださるもの。こちらから、大凶をください、なんて、注文するものでは、ないんです。——それをしてしまったら、もう、占いじゃありません。ただの、お買い物です」
木こりのおじさんは、しばらく、むむむ、とうなって考えこんでから、結局しぶしぶ、ふつうに筒を振りました。ころんと出たのは、中吉。おじさんは、なんだかこの世の終わりみたいに、がっかりした顔で、とぼとぼと山を下りていったのです。
……はて。いったい、いつのまに。この鈴の社は、大凶がいちばんの人気者という、なんとも、あべこべな社に、なってしまったのでしょう。私は、六角の筒を抱えたまま、しばらく、ぽかんとしていました。
* * *
その、にぎやかな筒の前に。夕暮れどき、ふらり、と、見慣れた黒い影が、立ちました。
言うまでも、ありません。当主さまです。今日も、三日にあげずの参拝——もとい、視察に、登ってこられたのでした。
「当主さまも、引いてみますか。おみくじ」
「……ああ」
当主さまは、長い指で、無造作に、筒を振りました。ころん、と転がり出た棒の番号の紙を、私が手わたすと。当主さまは、その紙を、静かに開いて——ふと、その動きを、止めました。
じっと、その一枚を読んでいます。一度読んで、それから、なぜだか、もう一度はじめから読みなおしました。そうして、しばらく黙ったあと、何も言わずにその紙を、丁寧に四つに畳んで。すっと、黒衣の懐のいちばん奥深くへ、しまいこんでしまったのです。
その、氷のように白い、耳の先が。沈みかけた夕日のせいだけとは、とても思えないほど、赤く、染まっていました。
「……当主さま。何が、出ましたか」
私が、のぞきこもうとすると、当主さまは、ふいと、大きく顔をそむけました。
「……大吉だ」
そう、ぼそりとおっしゃって。当主さまは、まるで逃げるように、足早に、山を下りていかれます。その背中を、私は、きょとんと見送りました。
……はて。大吉なら、そんなに、後生大事に、しまいこまなくても。それに、大吉を引いた人というのは、もっと、こう、飛び上がって喜ぶものですが。あの畳み方は、なんだか、大切な宝物を、そっとしまうときの、手つきでした。
その、当主さまの足もとで。ちゃっかりお供をしていた、無愛想なウンだけが。じいっと、あの懐のあたりを、見つめていました。当主さまの引いたおみくじに、ほんとうは、なんと書かれていたのか。それを知っているのは、この広い世界で、たった一匹。この、もふもふの毛玉だけ、なのでした。
——『待ち人、来たる。すでに、近くにあり』。
* * *
やがて、すっかり日が暮れました。
私は帳場に座って、その日の売上を勘定します。銅貨の山を一枚、また一枚と数えあげていく、このなんともしあわせな時間。ふふ。おみくじは、大当たりでした。お守りとはまた別にこれだけの銅貨が積み上がるのですから、笑いが止まりません。
けれど、算盤がわりの指を弾きながら、私はしみじみと思うのです。おみくじというのは、じつによくできた商いだなあ、と。
お代はたったの銅貨一枚。もしそこに書かれた助言が、その日なんの役にも立たなかったとしても、損はたったの銅貨一枚きりです。ところが、もしその一行が、あのロッコさんのときのように、その人のかけがえのない何かを守ったとしたら。——そのときの値打ちは、もう銅貨一枚どころの話ではありません。
外れても銅貨一枚。当たれば、まるごと人生の儲けもの。
安くて気軽で、それでいて、ときにその人の命さえ守る。祈りがちゃんと暮らしの助けになって、その人自身のもとへ返っていく。商いと祈りが、こうしてひとつの小さな筒のなかで、仲良く手をつないでいるのです。——ああ、なんていい商品を思いついたのでしょう。
私は帳面に今日の売上を書きつけながら、ひとり、うっとりとにんまり顔になりました。もっとも、このにやけきった商売人の顔だけは、マーサさんにも当主さまにも見られないよう、そっと内緒にしておくのが、よさそうです。
* * *
さあ、そろそろ社を閉めて、屋敷へ下りようか、というころ。
私は、ふと、あることに、気がつきました。
もう参拝客もまばらになった、その夕暮れの縁台のいちばん隅っこに。ひとり、若い男の子が、さっきからずっと、ぽつんと座っているのです。
歳のころは、十七か八つか。がっしりとした肩に、木くずのついた前掛け。あの子はたしか、ガンツさんの一番弟子のテオくんです。腕はめっぽういいけれど、女の子の前ではまっ赤になってしまう、とびきりのはにかみ屋さん。
そのテオくんが。さっきから何か言いたそうに、私のほうをちらりちらりとうかがっては、思いきったように口を、ぱくり、と開けて。けれど結局、ひとことも言えないまま、また、ぱくり、と閉じてしまう。
それを、もうかれこれ五回もくりかえしているのです。
私はそっと帳面を置いて、微笑みました。この社をひらいてからずいぶん長いこと、いろんな人のいろんな相談ごとを聞いてきましたから、もう、ちゃあんとわかるのです。あの、口を開けては閉じる顔。あの、そわそわと落ち着かない目のいろ。
店じまいの縁台の隅で、若い大工が、さっきから五回、口を開けては閉じている。ガンツさんの一番弟子の、テオくん。——これは、あれだ。恋の相談だ。




