おみくじ騒動(二) 銅貨一枚の、神様からのお手紙/いいことずくめは、お昼まで
そうと決まれば、まずは、道具です。私はさっそく、石段の手直しに来ていたガンツさんのところへ、図面を持って走りました。
「ガンツさん。この、六角形の、細長い筒をこしらえてほしいんです。中には、番号を書いた棒をたくさん入れて。振ると、上の小さな穴から、一本だけ、ころんと転がり出てくる、そういう仕掛けで」
ガンツさんは、図面をしばらくにらんだあと、太いため息をひとつ、つきました。
「……お社さま。あんたの注文ってのは、いつもこうだ。壁のねえ門に、金を入れっぱなしにする箱に、こんどは、棒の飛び出す筒ときた。ふつうの職人なら、とうに逃げ出してるよ。まったく、また、変てこな注文だねえ」
口ではさんざん文句を言いながらも、ガンツさんの手つきは、それはもう、たしかなものでした。夕方に社をのぞきに行くと、つやつやと木肌の光る、りっぱな六角の筒が、もう、ひとつ、出来上がっていたのです。文句を言う口と、動く手が、まるでべつべつの人のよう。これが、ガンツさんの、いいところなのでした。
さて、道具ができれば、次は、中身です。そして、この中身を考えることこそ、私の、いちばん大事な仕事でした。ここばかりは、たとえ誰に手伝ってもらうとしても、人任せには、できません。
どんな運勢を、いくつ入れるか。大吉、吉、中吉、小吉、末吉、それから——凶に、大凶。神様のお告げが、いいことばかりでは、おみくじになりません。よい目と悪い目を、どんな割合でまぜるか。そして、そのひとつひとつに、どんな助言を添えるか。私は幾晩もかけて、おおもとになる運勢の言葉を、一枚ずつ、心をこめて、練り上げていきました。
なかでも、いちばん時間をかけたのは。じつは、悪い目のほうでした。
凶や、大凶。そこにこそ、私はいちばん丁寧に、いちばんやさしい言葉を、選びました。ただ「悪いことが起きます」と頭ごなしに脅すのでは、意味がありません。何に気をつければいいのか。どう備えれば、その悪い目を避けられるのか。読んだ人が、青ざめるのではなく、ふっと背すじを正して、今日を大事に過ごしたくなるような。そんな一行を、ひとつ、ひとつ。
「……凶にこそ、いちばん丁寧な言葉を書くんです」
筆を置いて、私はひとりごちました。悪い報せを、ただの脅かしで終わらせない。転ばぬ先の、あたたかい杖にする。それが、私の神様の、やり方なのですから。
こうして、おおもとの言葉が、できあがれば。あとは、それを、たくさんの紙に、書き写していく番です。そこで活躍してくれたのが、町で見つけてきた、三人の書き手でした。手のあいた宿屋のおかみさんに、隠居して暇をもてあましていた元帳付けのおじいさん、それに、読み書きが得意で、目端のきく、しっかり者の町娘。三人とも、私の頼みを、快く引き受けてくれました。
鈴の社の裏の小屋では、それから来る日も来る日も、三人が、せっせと、私の書いたおおもとを、紙に写しとってくれます。おかげで、あの、途方もない紙の山が、なんとか、間に合いそうになってきました。何もなかった山に、また、ひとつ。あたらしい仕事が、生まれたのでした。
* * *
おみくじの発売は、その翌朝から、はじまりました。
お代は、なんと、銅貨一枚。お守りの、五分の一のお値段です。参拝客のみなさんは、その安さに、そろって目を丸くしました。
「た、たったの銅貨一枚で、いいのかい。ずいぶんと、気前がいいねえ」
「はい。だって、これは、今日一日の、ちょっとした道しるべですから。お守りみたいに、一年間大事に持つものじゃなくて。毎日でも、気軽に引いて、その日の心づもりに、してほしいんです」
安さと、めずらしさが、たちまち評判を呼びました。六角の筒の前には、あっという間に、朝の行列が、鳥居の外まで、長く延びていったのです。
「おっ、大吉だ! やったぞ、今日はいい日だ!」
「なんだこりゃあ。"末吉"って、書いてあるぞ。……おい、末吉ってのは、いいのか、悪いのか、どっちなんだ」
「さあてねえ。字のならびからすると、まんなかより、ちょいと下、ってとこかい」
筒を振って、紙を開いて、みんなで、あれこれ言い合う。ただ、それだけのことが、こんなにも、人を笑顔にするのです。縁台は朝から、笑い声で、いっぱいでした。
みんな、六角の筒を両手で受け取ると、それはもう真剣な顔で、じゃらじゃらと振るのです。願いをこめて、そうっと振る人。えいやっと、勢いよく振る人。振り方ひとつにも、その人らしさが出て、見ているだけで、飽きません。ころん、と棒が転がり出るたびに、縁台からは、笑い声と、ため息が、こもごも、あがりました。
鳥居の下では、狛犬のアンとウンが、その騒ぎなど、どこ吹く風、といった顔で、どっしりと参道の先を見すえています。さすがは、社の守り神。おみくじひとつの騒ぎくらいでは、みじんも動じません。——もっとも、陽気なアンのほうは、ときどき、羨ましそうに、筒のほうを、ちらちら見てはいましたが。それでも、持ち場を離れたりは、しないのです。えらいものでした。
——ええ。この日のお昼までは。ほんとうに、いいことずくめだったのです。




