使い道のない山(三) 「ここに、神社を建てます」「じゃ、じゃしん……?」「邪神ーっ!?」
私は勢いよく立ち上がると、後ろで所在なさげに立っている当主さまとホルガーさん、それに猟師さんのほうへ、くるりと振り返りました。そして、高らかに宣言したのです。
「決めました。私、ここに——神社を、建てます」
しん、と静まりかえりました。
三人が、そろってきょとんとした顔で、私を見ています。
「……じん、じゃ?」
ホルガーさんが、おそるおそる聞き返しました。
「はい。神社です」
「じゃ、じゃしん……?」
「邪神ーーっ!?」
猟師さんが、飛び上がりました。持っていた杖を取り落として、顔を真っ青にしています。
「せ、聖女さま、正気ですかい!? こんな山ん中に、邪神を建てるだなんて。……だ、だから言わんこっちゃねえ、この山にゃ祟りがあるって! あんた、まさか、こんな寂しい山に、悪いモンを呼ぼうって——」
「違います、違います! 邪神じゃありません! じ、ん、じゃ、です!」
私は、慌てて手を振りました。とんだ聞き間違いです。よりにもよって、邪神だなんて。おかげで猟師さんは、すっかり腰を抜かして、地面にぺたんとへたり込んでしまいました。ホルガーさんまで、青い顔で胃の薬に手を伸ばしています。
……これは、きちんと説明しないと、いけないようです。
私は、こほん、と咳払いをして、居住まいを正しました。
「神社、というのは。私の故郷にあった、祈りのための場所です。教会とは、まったく逆のものなんですよ」
「逆、と申されますと?」
ホルガーさんが、薬を握ったまま、恐る恐る尋ねます。
「教会は、聖女の祈りを、人々に上から授けるでしょう。まばゆい光で、ぱっと傷を治して。そのお礼として、お金を集める。……言ってみれば、人の願いを、上から吸い上げる場所なんです」
私は、涸れかけの泉を、そっと手のひらで示しました。
「でも、神社は、その逆です。ここでは、お参りに来た人が、自分で祈るんです。自分の願いを、自分の言葉で。私は、その祈りに、そっと私の聖力を重ねてあげるだけ。そうしてお守りにして、その人にお返しする」
「お返し、する……」
「そうです。祈った本人のところへ、祈りが返るんです。祈りを吸い上げる場所じゃなくて——お返しする場所。それが、神社なんです」
たとえば、と、私は続けました。
「病の子を持つお母さんが、お参りに来たとします。教会なら、聖女が上から光をかけて、はい治りました、お代はいくらです、で、おしまい。でも、うちは違います。まず、お母さん自身に、その子のために祈ってもらう。子どもの熱が下がりますように、ぐっすり眠れますように、って。その祈りに、私が、そっと聖力を重ねる。そうしてできたお守りを、お母さんが、自分の手で、子どもの枕元に置くんです」
「……それは。教会の治療と、何が違うので?」
「治すのが、聖女じゃなくて——お母さんの祈りになる、ということです」
ホルガーさんが、はっと、目を見開きました。
「聖女が去っても、お守りが切れても。祈った気持ちは、その人の中に、ちゃんと残ります。うちの祈りは、いつか、その人自身が、自分の大事な人のために祈れるようになるための——いわば、そのお稽古なんです。だから、私がいなくなっても、大丈夫。そういう場所を、作りたいんです」
言葉にしながら、私は、自分の胸がぽかぽかと温かくなっていくのを感じていました。
これは、ずっと前世から、私の中にあった思いでした。祖母が、いつも言っていたのです。祈りというのはね、鈴。こちらから授けてやるものじゃない。あの人たちが自分で抱えてきた願いに、そっと手を添えてあげる、それだけのものなんだよ、と。教会で過ごした十年のあいだ、ただ働きにこき使われながら、私はずっと思っていました。祈りは、こんなふうに、上から売り買いするものじゃない。もっと、あたたかいものだったはずだ、と。
ここでなら。この静かな山でなら。私の思う祈りが、できるかもしれません。
「……なるほど」
ホルガーさんが、ゆっくりとうなずきました。そうして、いかにもお屋敷の財布を預かる家宰さんらしく、いちばん肝心なことを尋ねてきたのです。
「それで——それは、儲かるので、ございますか」
さすが、良い質問です。私は、食い気味に答えました。
「薄利多売です」
「はくり、たばい……?」
「はい。ひとつひとつは、うんと安く。でも、たくさんの人に、末永く。銅貨を、こつこつと積み重ねていく。それが、いちばん長続きする商いなんです」
尊い思想を語ったその口で、そのまま、そろばんを弾いてみせる。我ながら、たくましいものです。けれど、これでいいのです。きれいごとだけでは、社は続きません。志と、算盤。その両方がそろっていなければ、どんなに立派な社も、いつかは傾いてしまう。祖母の社が、まさにそうやって傾いていったのを、私は、この目で見てきたのですから。
ずっと黙って泉を眺めていた当主さまが、そのとき、ようやく口を開きました。
私は、少しだけ身構えました。何もない山に神社を建てるなど、荒唐無稽だと笑われるか、いい加減にしろと叱られるか。そのどちらかだろう、と思ったのです。
けれど、当主さまは、ただひとこと。
「———好きにしろ」
それだけを、言いました。
遠い雪の稜線を見つめたまま、低く、静かな声で。突き放すようでいて、その実、私のすべてを許してくれる言葉でした。この何もない山を、好きにしていい。あなたの好きなように、やってごらん——そう言われた気がして、胸が、じんわりと温かくなりました。
ところが、その、じんわりも、つかの間のことでした。
当主さまは、続けて、こともなげにホルガーさんへ命じたのです。
「ホルガー。山道を直せ。あの獣道では、参拝の者が怪我をする。石段を組め。手すりもいる。夜道のために、灯りも要るな」
「か、当主さま!?」
「費用は、私が持つ」
私は、慌てて割って入りました。
「ちょ、ちょっと、お待ちください! それ、褒美の範囲を、完全に超えてます! 山をまるごと一ついただいた上に、道の整備までしていただくなんて、そんな、いくらなんでも」
「領内の、道路整備だ」
当主さまは、こちらを見向きもせずに、しれっと、そう言い切りました。
……領内の、道路整備。
はて。ついこの間、地図に載せる意味もないと言われた山の、しかも、今のところ私しか使う当てのない参道が。いったい、いつのまに、領を挙げての公共事業に格上げされたのでしょう。おかしいですね。どう考えても、おかしい。それなのに、当主さまの横顔は、どこまでも大真面目でした。まるで、それが世界でいちばん当たり前のことである、とでもいうように。
私は、なんだか、これ以上言い返すのが野暮な気がして、ありがたく頭を下げておくことにしました。
——この方の、妙な気前のよさの、その本当のわけを。私が知るのは、まだ、ずっと先のことになります。




