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ミレイユの脱走(三) 焼け跡に、線を引く

そして、次の日。


 私は、焼け跡の真ん中に立っていた。


 朝の光が、灰の上にまっすぐ落ちている。焦げた匂いはもうほとんど消えていた。かわりに、乾いた土と秋の風の匂いがした。ミレイユが来た。避難所を、と口にした。——だったらそろそろだ、と思った。ずっと心のなかであたためていたものを、形にする、その時が。


「ガンツさん」


 私は、ちょうど木材を見に来ていた棟梁を呼んだ。


「ちょっと、聞いてほしいんです。……新しいお社の、かたちを」


「おう。どんな社にするね。前のより、ちっとは、まともな門をつけるかい?」


 ガンツさんが、からからと笑った。前のお社は、門なのに壁がないへんてこなお社だと言われていた。それは、全くかえるつもりはないのだけれど。


 私は足もとの焼けた木の枝を一本、拾った。そして、灰の上にしゃがみこんで線を引きはじめた。


 まず、四角。それを、田んぼの「田」の字のように四つに区切る。


「まん中に太い柱を一本。……とても、太い柱です。この柱がお社のいちばん大事なところ」


 ガンツさんが、ひげ面をこちらに寄せた。


「まん中に、柱? 壁じゃなくて?」


「はい。柱です。それから——」


 私は、その四角の上に屋根の線を描いた。ただの三角ではない。両端が、ゆるやかにそりあがる。鳥が、翼を広げたときのような。


「屋根は、こう。まっすぐじゃなくて、両端がやわらかくそりあがるんです」


「そりあがる……?」


「そして、床を高くします。地面から、うんと。人の背より、もっと高く。だから、こう正面に長い階段をつけて」


 私は、階段の線を描き足した。灰の上に少しずつ、見たこともないお社の形が浮かび上がっていく。


 ガンツさんが、それをじいっと見つめて。それから、目を丸くした。


「……棟が三つあるじゃねえか」


「はい。三つです。本殿と、拝殿と、それから——舞を舞うための、舞殿を」


「舞う……?」


 まわりにいつのまにか、大工の若い衆が集まってきていた。みんな、灰の上の絵をのぞきこんで口々にざわめいた。


「高い床に、そりかえった屋根」


「まん中に、でっけえ柱」


「棟が、三つだと?」


「そのうちの一つは高床で柱と屋根だけだって? また壁がないのかい」


「こんな建物、見たことねえぞ」


 そう。この世界には、こんな建物はどこにもない。石造りの四角い神殿なら王都にある。けれど、こんな——木の香りのする、高い床のそりあがった屋根の、こんなお社は。


 どうして、私がこれを知っているのか。ガンツさんは、けれど、それを聞かなかった。


 前世で、私はこういうお社を見て育った。いいえ、見て育ったどころではない。私の生まれたあの小さな社も、うんと小さいながら、この形をしていた。高い床。そりあがる屋根。まん中を貫く心御柱(しんのみはしら)、壁のない舞殿。祭りの日には、その社で笛と太鼓が鳴り、巫女が鈴を鳴らして舞った。あの形が、あの木の匂いが、私のいちばん古い、いちばんあたたかい記憶だった。


 けれど、それは言えない。だから私はいつものようにぼかして言った。


「なんだか、こういう形を、知っている気がして。……どこかで、見たような」


 ガンツさんはふうん、とうなって腕を組んだ。それから、灰の上の絵をもう一度、頭のてっぺんから足の先まで、なめるように見た。棟梁の職人の目になっていた。


「……面白え」


 ぼそりと、そう言った。


「見たことねえ。作ったことも、ねえ。……だから、面白え。お社さま、これ、おれにやらせてくれるのかい」


 私はうれしくなって大きくうなずいた。


「もちろんです。ガンツさんに、お願いしたいんです」


 その日から、焼け跡は造営地に変わった。


 地面をならして、清める。四隅に木の杭を打って縄を張る。ここが、本殿。ここが、拝殿。ここが、舞殿。灰だらけだった焼け跡に、だんだんと新しいお社の輪郭が浮かびあがっていく。


 私はその舞殿の場所に、しばらく立っていた。


 ここでいつか舞を舞う。神さまに、感謝と祈りをささげる舞を。そのためには、笛と太鼓が要る。けれど。


「……ジークさま」


 私は、縄張りを見に来ていたあの人に声をかけた。


「一つ困ったことがあって。……舞に使う笛や太鼓、鈴、弦楽器が、この辺りには、ないんです。ちゃんとした音の出るいいものが」


 言いながら、私は少ししりごみした。楽器なんて高いものをねだるみたいで、気が引けた。


 けれど、ジークさまは私が最後まで言い終える前に、こともなげに言った。


「作らせる」


「え」


「王都の商会になら、伝手がある。……いくつか、作らせよう」


「そ、そんな。……いくらかかるか」


「スズ」


 名前を呼ばれて、私は口をつぐんだ。


「社に、要るんだろう」


 それだけ、言った。


 まるで味噌を切らしたから買ってくる、とでも言うようなあっさりした口ぶりで。この人は、いつもそうだ。私が遠慮して小さくお願いしたものを、なんでもない顔で、まるごとそろえてしまう。


「あ、あの。それと、できたらその楽器を演奏してくれる人も、いつか。……旅の楽師さんとか、吟遊詩人さんとか、この門前町に住んでもらえたら」


「そっちは、ロッコに言うといい。あれの隊商が、方々を回っている」


 ジークさまはそう言って、縄の張られた焼け跡を、ぐるりと見渡した。まだ、なにもない。ただ灰と木の杭と縄だけの更地。けれど、その目はたしかにまだ建っていない、大きなお社を見ているようだった。


 私の胸が、あたたかくなった。この人は、私の途方もない夢を。笑いもせず、あきれもせず、ただいっしょに見てくれる。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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 ——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。

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